第5回 キャッシュレス決済が変える「中国人のモラル」

中国トレンドマーケター直伝! 思わず話したくなる中国のリアル/ こうみく

第4回「顔認証技術大国・中国『プライバシーより治安』のワケ」を読む
中国トレンドマーケターのこうみくさんが中国のリアルをお届けする本連載。日本企業にも大きな影響を与える中国経済の動向は、投資をする際にも参考になるはずです。第5回は、中国最新キャッシュレス事情についてお伝えします。

ストリートミュージシャンへの投げ銭もQRコード

日本では、まだ現金が決済手段のメインと言われていますが、中国では、現金よりもキャッシュレス決済が主流。都市部では、普及率が9割を超えています。

中国におけるキャッシュレスのメインは、クレジットカードではなく、QRコードを読み取る電子決済。アリババが提供するアリペイと、テンセントが提供するWeChatPayの2つが市場を牛耳っています。

2019年1月、アリペイは世界で利用者数が10億人を突破したと発表。どんどん市場を広げ、その勢いは止まりません。

イプソス・チャイナが行った消費者調査によれば、中国の電子決済利用者数は約8億9000人。中国のモバイルインターネット利用者は約10億人と言われており、その9割を占めます。つまり、スマホを使うほとんどの人が電子決済を導入しているのです。

中国国内では、基本的にいつどこでも電子決済が可能。ストリートミュージシャンへの投げ銭だって、QRコードでできちゃいます。

筆者撮影

マナーを守って、信用スコアを獲得せよ!

キャッシュレス決済が普及する中国では、「信用スコア」という新しい評価基準が生まれています。信用スコアとは、預金額や返済データ、属性など様々なパーソナルデータを使って個人の信用力を分析するサービスのことです。

アリババグループの関連企業であるアント・フィナンシャル社が2015年よりスタートした「セサミ・クレジット(芝麻信用)」は、社会における個人と企業の「信用度」をポイント化したもの。

アリペイで行う日々の決済が、セサミ・クレジットのアプリと紐付き、公共料金の支払い情報等が記録されていきます。支払いが滞れば、信用スコアは下がります。

日本においても、自己破産や携帯料金の支払い延滞などが続くと、社会的な信用がなくなり、クレジットカードや住宅ローンの契約ができなくなるケースがあります。同じように中国でも、延滞や踏み倒しがあると、セサミ・クレジットの「失信被執行人リスト」、いわゆるブラックリストに記録されてしまいます。

つまり、社会のルールを守り、公共料金等を滞りなく支払って、真面目に暮らしている人ほど高いポイントがつくのです。

また、セサミ・クレジットでは、学歴や職歴など、個人情報を開示すればするほどポイントが高くなります。消費には直接関係のない、経歴や交友関係なども信用ポイントに反映されるのです。

では、スコアが高くなると、どんなメリットがあるのでしょうか。セサミ・クレジットのスコアは、350点〜950点で評価されます。

スコアがある一定数を超えると、シェアサイクルや図書館でのデポジット(保証金)が免除されたり、物件を借りるときの敷金が無料になったり、一部の国で個人観光ビザの申請が簡単にできたりします。例えば、信用スコア700点以上になると、ラトビアの観光ビザが免除になります。アリババの影響力の強さが現れていることが伺えます。

自主的に登録するサービスではありますが、社会的信用を可視化して、これらのメリットを受けたい人たちが積極的に登録し、セサミ・クレジットは都市部を中心に広がっているのです。

テクノロジーが道徳を凌駕!? モラルはこうして作られる

セサミ・クレジットが普及することによって、中国社会にどんな変化が起きているのでしょうか。

アント・ファイナンス社が2015年と2019年に、とある“社会実験”を行いました。中国4つの都市で24時間、ものを貸し出す無人の棚を設置し、返却率を計測したのです。

すると、2015年に約62%だった返却率は、2019年には95%以上と、劇的にアップ! 幼稚園の前におもちゃの棚を設置した実験では、親に促されて、子供たちが積極的に返し、その返却率はなんと100%。

これらの実験の数値が表しているように、上海で暮らしていた筆者の肌感覚としても、セサミ・クレジットの信用スコアの概念が中国に広がったことで、街中のモラルは高まっています。

数年前までの中国では、人々のマナー改善・モラル向上について、政府も頭を悩ませていました。それまでも倫理観の啓蒙などを行ってきましたが、セサミ・クレジットの普及により「マナーを守った方が自分にとってお得だ」という概念が広がったことで、社会全体が動き始めました。

人々の良心に訴えても解決できなかった社会課題が、システム化によって改善に向かっているのです。テクノロジーが道徳を凌駕したと言えるでしょう。

実証実験をしながら進める中国では、テクノロジーの進化も早く、それらが社会にどんな効果をもたらすか、結果が出るもの早い。サンプルの宝庫だと思って、中国での事例を日本に活かしてほしいと思います。

<中国で進むキャッシュレスがもたらした社会の変化>
・電子決済に紐づく「信用スコア」が普及!
・「良い行いをした方が自分にとって得である」という概念が社会に広がった
・モラルの啓蒙ではなく、システム化によって中国人のマナーが大幅に改善!