【第2回】夕日しか見たことなかった県民に、朝日を見せようとした田中角栄【新潟県編】

思わずドヤりたくなる! 歴史の小噺/ 板谷 敏彦

47都道府県、「この県といえばこれ!」という、とっておきの歴史の小噺をご紹介する当連載。作者は、証券会社出身の作家・板谷敏彦さん。大の旅行好きで、世界中の主な証券取引所、日本のほとんどすべての地銀を訪問したこともあるそうです! この連載で仕入れた知識を今夜の飲み会で披露してみてはいかがでしょうか? まるで一緒に全国を旅するように板谷さんが語ってくれる連載、第2回は新潟県です。
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川端康成の小説『雪国』。トンネルの場所、知ってますか?

上越新幹線で東京から新潟への所要時間は最速で約1時間半だ。これは激混みのラーメン屋で列をなして待つようなわずかな時間である。東京から水戸よりも短く、また横浜から成田空港へ行く成田エクスプレスと変わらない。

この上越新幹線を高崎駅で降りて、わざわざ昔の在来線である上越線に乗り換える。上越線とは上州高崎と越後の新潟県長岡(正確には宮内駅)を結ぶ路線で、上越新幹線が開通する以前は新潟へ向かう数々の特急、急行や寝台列車が走った大動脈だった。

しかし高崎発下りは1時間に1~2本程度の普通列車のみ。しかも全列車が水上(みなかみ)温泉のある水上駅止まりで、県境の清水トンネルを越えて高崎から直接越後へ入る列車は皆無である。従って水上駅で乗り換えて清水トンネルを越えることになるが、こちらは休日だと1日にわずか5本しかない。
9時45分発を逃すと次は13時40分まで待たねばならない。典型的なローカル線である。

清水トンネルの開通が1931年、それまでは、東京から新潟へ列車で行くには碓氷(うすい)峠を越えて、大回りして信越本線で長野を経由するしかなかった。川端康成がこのトンネルを題材に「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた」から始まる小説『雪国』を書き始めたのが1935年のこと。トンネルが完成していなければ雪の季節に越後湯沢には行っていないだろうし、行けていない。したがって芸者の駒子とも出会ってはいないだろう。

ここです!

※この地図はスーパー地形アプリを使用して作成しています。

「雪を降らなくする」「朝日を見せる」スケールがケタ違いの田中角栄

越後の政治家、首相経験者の田中角栄は1918年生まれ、「カクエイ」と呼ばれた戦後日本を代表する希代の政治家である。彼が13歳の時、清水トンネルは開通した。画期的なことだった。しかしそれでも当時の越後は雪深く貧しい地域だった。

カクエイが初めて選挙に出馬したのは敗戦の翌年昭和21(1946)年冬の国政選挙、新潟二区は定数8人に候補者が37人ひしめいていた。カクエイは田中土建の社長で金は持っている。まとまった金を地域の有力者に配って票のまとめを願うも、その金を手に新潟の繁華街・古町で芸者をあげて飲みきってしまうような連中ばかりだった。若いカクエイはすっかり食い物にされたが、極寒の吹雪の中をソリを走らせて演説してまわった。

「三国(みくに)峠をダイナマイトで吹っ飛ばすのであります。そうしますと、日本海の季節風は太平洋側に吹き抜けて越後に雪は降らなくなる。出てきた土砂は日本海に運んでいって埋め立てに使えば、佐渡とは陸続きになるのであります」

これが有名な「三国峠演説」だ。そして当時長岡中学に通っていた作家・半藤一利はこうも聞いたそうだ。

「越後の人間はこれまで西の海にすとんと落ちる夕陽しか見たことがなかった。いいですか、みなさん、私がかならず皆さんに、東の海からゆらゆらゆったりと昇る朝日を見せてあげる。約束しますぞ、越後(三国)山脈のどてっぱらに穴を開け、高速の鉄道を建設し、道路を通し、2時間か3時間で東京に着くようにしてみせる。そうすれば朝日が確実に見られる」

新潟にとって三国山脈はとてつもない障害物であったのだ。そしてカクエイの政治家としての驚くべきスケールの大きさ。でも完成した上越新幹線は彼の予想以上に速かった。

出典:早野透著『田中角栄- 戦後日本の悲しき自画像』(中公新書)

新潟県のおすすめ観光スポット&グルメ

水上駅の時刻表には気をつけながら、ゆっくりと清水トンネルを抜けて越後まで行ってみよう。国境の長いトンネルを抜けると北国の雪景色が待っているかもしれない。越後湯沢で新幹線に乗り換えて長岡まで出ると、新潟県立博物館がある。県庁所在地でもないのに県の博物館が長岡市にあるのだ。

ここでは、何故カクエイが「三国峠を吹き飛ばせ」と言ったのか、また新潟県で見られる雪避け屋根の雁木(がんぎ)造をはじめとする、雪国での厳しい暮らしなどが見事に展示されている。また長岡には石油の取引所があったため、活躍していたブローカー達の人形が展示されている。それらの人形は女性である。数字に強いため、女性が活躍していたのだそうだ。

ループ式で有名な清水トンネルは上り線の景色が良いので、帰路に使ってみるのも良いだろう。下り線は「モグラ駅」として有名な土合(どあい)へ。何故モグラなのかは行けばわかる。

旅といえば、グルメが欠かせない。新潟は米どころ、美味しい魚に日本酒はいくらでもある。古町に出れば高級割烹もある。しかし、ここではまず群馬県高崎駅ホームの立ち食い蕎麦を食べよう。ここは囲いがない。赤城おろし吹きすさぶホームで、白い息をはきながらすする温かいキノコソバは格別だ。

そして越後は酒どころ、越後湯沢駅構内には150種以上の日本酒を味わえるお酒ミュージアムもあるから、乗り換え時にちょっとだけ寄ってみよう。

また長岡ではへぎそばが有名だが、ここは是非イタリアンに挑戦してみよう。イタリアンと言ってもオリーブオイルを使うイタリア料理ではない、焼きそばにミートソースをかけた新潟独特のもの。長岡では餃子とセットでペアというメニューになるーーペアの根拠はよくわからないが。新潟市と長岡市ではイタリアンは独自の発達を遂げているので、両方で試すと面白いだろう。その他にも、新潟ラーメンに万代(ばんだい)バスセンターの名物カレーと、新潟はB級グルメの宝庫だ。

新潟版イタリアンは焼きそば+ミートソース