コロナ収束後、「地球にいい会社」が伸びる予感

コロナ時代のニューノーマルをつくれ!/ 山井 太

新潟県燕三条を拠点に、ハイスペックなアウトドア・ブランドを展開するスノーピーク。経営者をはじめ社員全員がキャンパーで、「スノーピーカー」と呼ばれる熱烈なファンを顧客に持つ。かねてから、アウトドアを通じた「人間性の回復」を会社の使命としている山井太(やまい・とおる)会長は、コロナ禍にあってますますその思いを強めている。アフター・コロナのアウトドアの可能性を、山井会長がリモート取材で語ってくれた。
仕事とは「やりたいことだけ」をやることだ【山井社長(当時)インタビュー前編】を読む

コロナ禍で実感した都市生活の限界

――4月7日の緊急事態宣言を受けて、御社は全国で展開する多くのアウトドア用品の店舗やキャンプ場を閉鎖しました。「人と自然をつないでユーザーを幸せにする」ことを掲げる御社が、アウトドアのベスト・シーズンに事業をストップせざるを得なかった。厳しい状況をどう見ていますか。

おっしゃるように、われわれはアウトドア事業を通して、地球を良くすることを会社の目標としています。

当社は全社員がアウトドア・パーソンであり、日頃からユーザーさんたちとキャンプをご一緒したり、お店で情報交換をしたり、リアルな場での交流が多い。それができないのはとてもさみしかったし、Stay Homeでユーザーさんたちが不安な日々を過ごしていないか、心配でしたね。

そうした状況への対策を講じてきた一方で、私は今、大きな希望を抱いています。意外かもしれませんが、最近、業界の人たちとの間で前向きな話題が増えているんです。新型コロナウイルスの流行が去った後、アウトドアの需要は爆発的に増える――。そんな“可能性”を感じているからです。

リモート取材に答える山井会長

アウトドアとStay Homeは、対極にある価値観です。今は世界中の多くの人々が自由に外出できず、閉塞感を募らせている。解除されたら外に出たい。自然の中で心身を解放し、思いっきり遊びたい。そんな欲求の高まりを日本で感じていますし、海外でも同じ話を聞きます。

われわれアウトドア・パーソンにとって、遊び場である自然環境はとても大事なもの。五感を使って野遊びを楽しむことで、都市生活で失われつつある人間性を回復し、地球上のすべてのものに良い影響を与える。それが、スノーピークがかねてから大切にしているミッションです。

図らずもコロナ禍によって、人々は密集した都市生活の限界を自覚しました。その反動で、アフター・コロナのアウトドア業界は、活況を呈するでしょう。その中で、われわれスノーピークは使命である「人間性の回復」を掲げ、真っ先にリーダーシップを発揮しなきゃいけない。

Stay Homeの間、移動が制限されて人々にとって物理的な壁は高くなったけれど、世界中の人々が同じ経験をすることで、精神的な壁はむしろ低くなった。アフター・コロナは、地球という広い視野において、アウトドアの可能性を広げる絶好の機会です。

10年前にハンコは廃止した

――今回のStay Home中の対応について、もう少しお聞かせいただけますか。緊急事態宣言がなされている間、御社はどう動きましたか。

本当なら今頃、私は米ポートランドの大自然に囲まれて仕事をしているはずでした。3月末に社長を三代目の山井梨沙に譲り、そこから米国事業に専念する予定でしたから。しかし、新型コロナウイルス流行の影響で3月17日に米国と英国の店舗を閉鎖し、日本もやがて同じ状況になるだろうと予想しました。

そこで社内で対策本部を立ち上げ、私が指揮をとりました。2月下旬に東京、3月下旬に新潟の本社を全員リモートワークに切り替え、ユーザーさんに向けてオンラインでできる施策を実行していった。

リモートワークやユーザーさんとのオンラインでのやり取りは、インフラがあったのでまったく困りませんでした。当社はもともと、“移動”が多い会社です。毎年開催しているキャンプイベント「Snow Peak Way」をはじめ、直営のキャンプ場や店舗でのユーザーさんとの交流を大切にしているので、本社でじっとしている社員が少ない。

キャンプイベント「Snow Peak Way」。2020年4月〜5月はコロナ流行で延期となった

私自身も仕事や野遊びでしょっちゅう外にいて、本社にいるのは働いている時間の2割くらい。どこにいても仕事ができる環境が必要で、リモートワークを早くから進めていました。決裁も10年前から全部デジタルにし、ハンコは使っていません。

SNSも早くから活用しています。リアルな活動であるキャンプなどを毎日はできないので、ユーザーさんたちとの会えない時間を埋めるものとして、SNSはとても有効です。ユーザーさんとは長い間、リアルとSNSの両方で密にコミュニケーションをとり、関係を醸成してきました。スノーピークはいわばファンとのコミュニティ・ブランドを築いていて、これは一朝一夕にできるものではありません。

今回のわれわれの思いとしては、キャンプができず、時間を持て余して不安になっているユーザーさんたちをなんとか癒してさしあげたかった。そのために、できることは何かを考えました。

まず「おうちでスノーピーク。(Snow Peak at Home)」をコンセプトに打ち出し、ホームページやSNSで、自宅で楽しめるアウトドア用品の利用シーンを紹介していきました。

さらに、おすすめセットの販売、おうちからの買い物を手助けする「オンラインコンシェルジュ」といったサービスも現社長が中心となって立ち上げました。

オンラインコンシェルジュでは、キャンパーの社員が商品についての質問にチャットで答えます。アウトドアに詳しいユーザーさんはもちろん、初心者の方の相談にも乗り、お買い物をサポートする。ふだん店舗で行なっている親密な接客を、そのままオンラインに移行しました。

また、社員が焚火をしながら語り合う「バーチャル焚火トーク」動画をInstagramでライブ配信したり、店長らが独自コンテンツをつくったりしています。私と新社長が出た焚火トークは、リアルタイムで1500人、アーカイブを含めるとトータルで1万人を超える方々に視聴していただきました。こういうときだからこそ、同じ思いでつながれることがうれしいですね。

有事の経験が事業継承に生きた

――現在は緊急事態宣言の解除が進み、各地で経済活動が再開されつつあります。御社も「スモールオープン」という呼び方で、キャンプ場や店舗を開き始めていますね。

緊急事態宣言がなされた当初は、何よりも社員とユーザーさんの「命を守る」ことを最優先して動きました。考えられるだけの店舗とキャンプ場を閉めて、かなり保守的な行動をとった。

その後、39県の解除がされる中で、われわれも“本分”の事業を再開することにしました。これからは安全に配慮しながら、キャンプ場でご家族と幸せな時間を過ごしていただきたい。世界中で広がった「やっぱり自然が大事」という思いに、率直に応えていきたいですね。

当社はアウトドア・パーソンが集まる会社なので、有事に強い。社員はみんな、仮に電気やガスが止まっても、火を起こして炭を使って生活できます。自然相手に培ってきた変化への対応力は、こういう状況で適切に判断しながら動く力になっていると思います。

新型コロナウイルスの流行は、当社にとって悪いことばかりではありませんでした。店舗やキャンプ場の閉鎖で一時的な売上げは落ちますが、オンラインコンシェルジュのような平時では立ち上げに時間がかかるサービスなど、一気に新しい動きが起きました。米国でも、Stay Homeでモヤモヤしている方々に「おうちでスノーピーク」のキャンペーンが日本と同じくハマり、認知度を上げるきっかけを得ています。

これはまったくの偶然ですが、事業承継にとってもよかった。

先ほど申し上げた通り、私は3月末に社長を交代してそのまま米国に軸足を移す予定でした。しかし今回の緊急事態宣言を受けて急遽、日本に残って危機対応にあたった。

そのプロセスで思いがけず、「会社存続のために必要なこと」「社会におけるスノーピークの役割」といった会社のコアについて、社長とみっちり意見交換ができました。リアルなケーススタディを経験できて、彼女にとって非常にいい世代交代になったんじゃないですかね。

アフター・コロナには、アウトドア業界、そしてスノーピークの黄金期が来ると感じています。皮肉なことに、世界中の経済活動がストップした結果、環境に良い影響が出ています。ロックダウン中に大気汚染が大幅に改善された、野生動物が街に出てきたなど、いろんなニュースが報道されましたよね。

裏を返せば、それだけ人間の経済活動が、環境に悪影響を与えてきたということ。自分たちの責任の重さを、企業経営者をはじめ、この惑星に住む誰もが突きつけられています。

もちろん、たくさんの方が亡くなったり、経済活動が止まったり、大変な被害が出ていることは忘れてはいけません。しかし悪いことばかりではなく、マスクやソーシャル・ディスタンシングの習慣以外に、地球環境への配慮が世界のニューノーマルになるとしたら、すばらしいことです。

未曾有の経験で人類が得た「自然が大切」という教訓を忘れず、これからの日常生活にフィードバックしていけば、この惑星はもっと良くなる。この機会を通じて、日本だけでなく、地球上すべての人々に、野遊びの楽しさを伝えたいですね。

スノーピーク