コロナと戦わない。カリスマ投資家の「身をまかせる」哲学

コロナ時代のニューノーマルをつくれ!/ 藤野 英人

今回は日興フロッギーでもおなじみ、「ひふみ投信」シリーズを運用するレオス・キャピタルワークス藤野英人社長が登場。同社は新型コロナウイルスの感染拡大で相場が下落することに備え、1月末まで0.7%だったマザーファンドの現金比率を2月末に31%まで高めた危機対応が話題となりました。藤野社長自身もライフスタイルをガラリと変え、いち早くアフター・コロナを見据えています。個人的な発見から社会の変化まで、藤野社長の“読み”を伺いました。

犬とトマトから学ぶこと

――まず、藤野さんご自身の変化についてお聞かせください。Stay Home期間中の2020年5月に、東京から神奈川県逗子市に生活の拠点を移されました。そこでは家庭菜園やパンづくりを始め、とうとう犬まで飼ったそうですね。犬を飼う行為って、「後戻りできない」象徴だと思うのですが……。

たしかに、後戻りできませんね(笑)。ちょうど一昨日、1匹目の犬「だんご」に続いて、2匹目の「おもち」がわが家にやってきました。犬の寿命を考えると、「10年以上はこの生活を続ける」コミットメントになります。

もともと東京がメイン、逗子は別荘という2拠点生活をしていました。新型コロナウイルスの流行をきっかけに、Stay Homeするなら環境が大事だと、主従を逆転したのです。逗子は自然が豊かで、食べ物がおいしく、庭が広い。ここでゆったりと健康的な生活を送るのが、当初の目的でした。

リモート取材に答える藤野社長

でも、実際に野菜を育てて犬を飼うと、時間ってぜんぜんゆったり流れない。スローライフとは程遠い日々が待っていました。

例えば、犬は人の7倍の早さで生きると言われています。そのぶん日々の成長が著しくて、目が離せません。植物だってそう。「はつか大根」はその名の通り、植え付けから収穫までたったの20日しかない。その間、虫は来るし雑草は生えるし、雨は降るし風は吹くし……。自然の変化ってダイナミックで、すさまじく早い。ついていくのにエネルギーがいります。

仲良くじゃれ合う、だんごくんとおもちくん

私の専門は、中長期の株式投資です。株価に影響するファンダメンタルズ(基礎条件)は、じわじわとしか変化しない。一方、自然はファンダメンタルズそのものが、日々激しく変化する。その違いがとても面白い。

こうやって犬や植物を観察していると、「成長する、増やす、競争する、実らせる」といったことの“本質”が見えてきます。会社経営や投資をしているだけではわからなかったことがすごくあって、これからの仕事に活かせます。

庭で育てているトマト。自然から日々学んでいる

自然を知ることは、コロナについて学ぶことでもあります。感染症も、自然現象の1つですから。薬や栄養を外から与えたときの効果と副作用だとか、自然のしくみも理解しやすくなる。私はいま、犬やトマトからたくさんの学びを得ています。

「マッチョ」から「家庭画報」へ

――ご自身の想定外の学びのお話、興味深いです。ひるがえって、今回のStay Homeの経験は、人々にどんな影響を与えるのでしょうか。投資家として、先々の流れを読んできた藤野さんなりのお考えを知りたいです。

大きな潮流として、「損得」でモノを判断する人が減るのではないでしょうか。
代わりに存在感を増すのが、「HAPPYか、HAPPYでないか」という価値観です。

Stay Homeは「地球的事件」でした。地球の大半の人々が家にこもるなんて、歴史上、初めてのことですから。そこで明るみに出たのが、お金を積んでも買えないものがあるということ。知り合いの超お金持ちの人たちは、それまで豪邸に人を招いて自家用クルーザーで遊んだり、高級寿司屋でポンと10万円使ったりしていました。だけどStay Homeで、そういう日常が送れなくなった。

代わりに何が大事だったかというと、家族との関係性ですよね。ふだんから仕事や遊びで外にいて、家族との時間をないがしろにしてきた人にとって、Stay Homeは苦痛だったでしょう。逆に仲のいい家族は、一緒にいる時間が増えて幸せそうでした。

ですからコロナによって、お金よりも身近な人との愛情が幸福度に直結していたという、当たり前のことに気づかされたわけです。

この経験は、家族や友人、地域とのつながり、健康であることなど、生活の“基本”を見直すきっかけになったと思います。派生する現象として、インテリアにこだわる、料理や園芸を楽しむなど、ライフスタイルの質を上げる行動が目立っています。雑誌に例えると、『家庭画報』『レタスクラブ』的な価値観が、これから広まるでしょう。

逆に、存在意義が問われるものも出てきました。上下関係のある飲み会やキャバクラ、タバコ部屋に象徴されるようなタテ社会型の「マッチョなリーダーシップ」的価値観は、ウィズコロナ時代に隅に追いやられました。Stay Home期間中、部下に出社を強要する上司が問題になりました。これはマッチョなおじさんたちの、存在意義をかけた必死の抵抗だったのではないでしょうか。

ほかにも、いろんな現象が予想されます。その1つとして、私のように、郊外に軸足を移す「多拠点生活者」が増えるでしょう。たとえば首都圏に近い場所だと湘南や房総半島など、関東圏にあって「都会的な価値観をもつ田舎」。さらに範囲を広げれば軽井沢、那須、箱根、熱海など豊かな自然環境と都会の共通した気風を併せ持つ地方は多くあります。

現役世代、とくに女性が移住を検討するとき、「結婚して子供をつくるのが幸せ」という価値観が残る地方は、けっこうきつい。自然環境や仕事の有無だけではなく、ダイバーシティへの許容性があるかどうか。今後これが、都会からの移住者を増やせる地方・増やせない地方の分かれ目になるでしょう。

経済的な面でいうと、Stay Homeで失職したり収入が減ったりする人が増えるため、市場では需要が減ります。一方、供給は変わらず、この機会に新しいものをつくろうという動きも見られるでしょう。結果として、供給が需要を上回り、デフレが続くことになります。

さらに、都市封鎖による国をまたぐ移動制限の反省から、サプライチェーンを組み直す動きも見られます。その際、新しくつくる工場や倉庫では、自動化・省力化が進むでしょう。こうした設備投資は、ロボットやマテハン(マテリアルハンドリング)関連の企業にとって追い風です。

ただし、それらの設備投資を回収できるかどうかが問題です。需要減=売上減が続く中、設備投資が回収しきれず、利益率が悪化する会社が増えるでしょう。長期的には、株価水準の低下が起きると見ています。

これらの兆候は、日本だけでなく世界中で見られます。いま起きていることをつぶさに観察し、そこから少し引いた目で未来を考える。そういう態度が、歴史的転換時に求められると思います。

コロナ対応が試金石になる

――「HAPPYか、どうか」が軸にある社会って、すごくいいですね。その中で、ひふみシリーズはどうやって存在感を示していきますか。

当社ではいま、ファンドマネージャーやアナリストが投資先を調査する際に重視していることがあります。それは、コロナ禍でどういう対応をしたかを、徹底的に調べるということ。今回の対応に、会社の競争力、将来にわたって生き残れるかどうかが如実にあらわれているからです。

例えば、サステナビリティー(持続可能性)があるか。調査した中には、緊急事態宣言が出された後、部内に持ち出せるパソコンが1台しかないとか、社外からメールが見られないという理由で、仕事がストップした会社がたくさんありました。リモートワークのための設備投資や、ITリテラシー教育を後回しにした結果です。こういう会社は、緊急事態宣言が解除されるとすぐに社員を出社させていました。

リモートワークに加えて、健康経営、気候変動対策をはじめとするSDGs(持続可能な開発目標)、LGBTQ(セクシュアルマイノリティ)の方々への配慮といったダイバーシティのニーズも加速し、会社の明暗を分けるでしょう。こうしたところに対応しているかをしっかりと調査して、投資先に反映していきます。

2020年5月にひふみブランドをリニューアルし、さらなる進化を目指す

私たち自身も、新しい流れを積極的に会社に取り込んでいきたい。柔軟な働き方を標準とし、「田舎に住んでリモートワーク」「都会に住んで出勤する」など、社員が望むライフスタイルを自由に選べる体制を整えます。そうすれば、配偶者の転勤や介護といった理由で、仕事をあきらめる人もいなくなる。これまでより、優秀な人にさらに長く働いてもらえるようになるでしょう。

また、商品にもダイバーシティを取り入れたい。今扱っているのは日本株と世界株ですが、債券をはじめもっと幅広い提案ができるようにし、お客様の選択肢を増やそうと考えています。

――御社はコロナ・ショックの直前に現金比率を3割にまで高め、株価回復の局面で強さを見せたことが話題となりました。すばらしい危機対応だと思いますが、どのようなことが念頭にありましたか。

あえて言うなら、マーケットと戦わない。

いま起きているのは歴史的なできごとであって、大きな川の流れの中にいるようなものです。ですから流れに逆らわず、うまく利用しながら身をまかせるようにしています。

今後、半年から1年くらいは、大半の人が「イラっとする」状況になると思います。マッチョなおじさんたちは、「出社しない奴が増えた」「飲み会が減った」など、以前とは異なる人々の行動にイラつく。一方、コロナを機に社会変革が起きると期待している人にとっては、状況が意外と変わらない。だからどっちの立場からも、「嘆かわしい」という声が上がってくるんじゃないでしょうか。

でも、それは健全なことだと思います。過去の歴史を見ても、人間は一気に大きく変化できない。だからわずかな変化を積み重ねながら、前に進んでいく。いきつくのはやっぱり、損得ではなく「HAPPYか、HAPPYでないか」の価値観ではないか。こんな感じで世の中動いていくのかなあというのが、いまの私なりの予想です。