「食べ物で人を喜ばせる」 僕らの思いはコロナでも変わらない【前編】

コロナ時代のニューノーマルをつくれ!/ 佐藤 裕久

コロナ禍で大打撃を受けている、飲食業界。以前、日興フロッギーに登場したバルニバービも例外ではない。同社は全国に91店舗(2020年7月末時点)のカフェやレストランを展開し、チェーン化・マニュアル化に頼らない個性的な店づくりを特徴としている。業界の異端児・佐藤裕久社長は、コロナ時代をどう見ているのだろうか。

コロナがあろうと、なかろうと

――新型コロナウイルスの流行で、飲食業界は大きな打撃を受けています。バルニバービも例外ではないと思いますが、厳しい状況をどう受け止めていますか。

正直なところ、僕らは何も変わらないんですね。たしかに、短期的な売上減は厳しい。でもそれはコロナという外部環境によるもので、僕らが目指していることを変える理由にはなりません。

25年前に1号店をオープンして以来、「自分やったら絶対に行きたい!」と心が動かされる店を、ひたむきにつくってきました。うちに集まってくる仲間も同じです。いくらメシのためとはいえ、嫌な仕事を惰性でするのはつらい。せっかくなら、自分の心が喜ぶ仕事がしたい。そんな考えを持ち、「食べ物で人を喜ばせたい!」と思って働く人が、うちにはたくさんいてくれます。

コロナ禍での新店オープンに意気込む仲間たち

そんな仲間たちといい店をつくろうと試行錯誤し、行き着いたのが「美味しくて、楽しくて、健康になれて、安い」という4つの原点。

そんなの当たり前やと思うでしょうけれど、できている店は意外と少ない。だからこの4つを追求していると、どんどん飲食店の“常識”から外れて、「バルニバービはアヴァンギャルド」と言われてしまう。または、その時々の“流行”に合わず、「リスクが高い」と言われたりする。

でも実際は逆で、僕らほどコンサバティブに、飲食の原点にこだわる会社ってないと思うんです。

わかりやすい例に、テラス席があります。バルニバービが経営する店には多くの、テラス席がある。その総数は3500席ほどで、おそらく日本でいちばん多い。理由はシンプルです。「太陽が降り注ぎ、風が吹く青空の下でごはん食べたら、気持ちいいよね!」と僕らが思っているから。そしてそれをお客さまに体験し、喜んでいただきたいからです。

50坪のテラスが広がるイタリアン「青いナポリ」

そんな僕らを、世間はどう見るか。

去年の秋は、台風がきつかったですよね。雨が降って、テラス席の稼働率がゼロになる日が続きました。3500席が仮に1回転、3000円程度の売上だとして、雨が降ると1日で1000万円以上の損失になります。

それを見た投資家の方々は、こんな風に言いました。「バルニバービはテラス席に力を入れているが、天候不順が増えている昨今、リスクが高まっている」。

たしかに、そういう側面もあるでしょう。じゃあテラス席を減らすかといったら、絶対そんなことはしません。だって僕らが好きで、お客さまを喜ばせたくてやってることですから。

最近、この見方が一変しました。コロナ以後、投資家の方々の評価はこうです。「密になりにくいテラス席を最大限持っているバルニバービは時流に合っている」――。

もちろん、ありがたいですよ。でもきっとそのうち、また同じように見方が変わるときがくる。だから外部環境になんて振り回されず、僕らは原点を愚直に追求するだけです。

コロナについても、同じことが言えます。当然、対策はしていますよ。スタッフのマスク装着、席の間隔を広くとり、検温や消毒、営業時間の変更など最大限の注意を払っています。テイクアウトやデリバリーなど、外食を控えているお客さまへのサービスも増やしています。

でも僕らがやりたいことの根本は、お客さまに飲食で喜んでもらって、自分らもうれしがること。コロナがあろうとなかろうと、その根っこは変わりません。

少しのお金で豊かに暮らす

――佐藤社長の経営者としてのスタンスは、まったくブレないですね。アフターコロナを見据えて、いま、どんなことを考えていますか。

あえてアフターコロナを語るなら、お客さまが戻ってきたとき、さらに磨き上げる軸は2つ。1つは、先ほど申し上げた、テラスの活用です。日本では欧米に比べて、飲食業界が屋外を活用しきれていない。理由は、効率の悪さにあると思います。

テラスが快適な状態で使えるのは、年に25%程度。365日のうち、100日にもなりません。だからどの会社も力を入れないけれど、自然を感じながらの食事ってやっぱり気持ちがいい。だから効率が悪くても、あえてテラスにこだわり、稼働率を上げる努力をしてきました。

例えば、バーベキュー用テラスが、冬になるとビニールで覆われ、景色を眺めながら温かいこたつで飲食できる「こたつガーデン」になる。効率が悪いから諦めるんじゃなくて、こういう工夫を重ねれば、気持ちいいロケーションを増やせます。

寒い季節もテラスを楽しめる「こたつガーデン」

もう1つの軸は、地方です。バルニバービは創業時から、ポテンシャルはあるけれどさびれた場所にカフェやレストランをつくり、にぎわいを創出してきました。というのも、「美味しくて、楽しくて、健康になれて、安い」を実現しようとすると、地価の高い都心では成り立たないからです。

人通りがない、駅から遠いなど、世間一般には「いけてない」とされる場所にあえて注目し、その場所にしかない歴史や地形・風土、食材を見つけ出す。それらを活かして、家賃が浮いた分を料理とサービスにつぎ込み、「こんなところにこんな素敵なお店が!」と驚かれるような店をつくる。そんなやり方で、成功を重ねてきました。

例えば、去年、淡路島にオープンした「GARB COSTA ORANGE(ガーブ コスタ オレンジ)」。ここはもともと、誰もこないガランとした海辺でした。しかし実際に訪れてみると、海からの風が気持ち良く、サンセットを独り占めできる最高のロケーションだった。「ここにレストランがあったら、絶対に行く!」。そう強く思って店をつくり、オープン後は土日に行列ができるほどの人気店になりました。

たくさんの客でにぎわう「GARB COSTA ORANGE」(コロナ以前に撮影)

これを「地方創生」として意識したのは、東京オリンピックの開催が決まった2013年のこと。東京への一極集中が進み、ますます家賃が上がり、東京は“お金さえあれば楽しめてしまう”場所になると想像しました。

もちろん、お金があることは悪いことではありません。でも同じように、お金がないことだって悪いことではない。お金がなくても、都会を離れて環境の良い場所で、豊かに暮らせるライフスタイルがあればいい。そういう考えのもと、地方創生にもっと力を入れようと決めました。

そして、2020年。コロナショックによるリモートワークの広まりで、地方回帰の動きが起きています。ただし、せっかく地方に住んでも、面白くなければまた都会に戻ってしまう。そこに素敵なカフェ、家庭的なビストロといった魅力的な飲食店があれば、街に奥行きが生まれて定住する人が増えるでしょう。

地方創生のために、われわれ飲食店が果たす役割はとても大きいのです。

「知ったこっちゃない」と言う覚悟

――「これからは地方の時代だ」といっても、実際に人を集めるのは簡単ではありません。地方創生の失敗例が後を絶たない中、バルニバービはどうやって、多くのプロジェクトを成功させてきたのですか。

物事を変えるのは「よそ者・馬鹿者・若者」だと、よく言われますよね。僕はもう若者ではないですが、地方でことを起こすときはいつも、「よそ者・馬鹿者」の視点をなくさないようにしています。

同じ場所にずっと住んでいる人は、良くも悪くも、その土地の魅力に気がついてないことが多い。でも「よそ者」の目で見たら、新鮮な驚きがたくさんある。

東京だってそうです。僕が東京に初めて出店したのは、2005年。東京タワーの目の前に物件を見つけたとき、東京で成功している飲食のプロたちは口をそろえて止めました。「東京人にとって、東京タワーは遠くから眺めるもの。実際に行くのは田舎者だけだよ」と言うのです。

でも僕は関西から来たよそ者ですから、ピンとこない。その物件を昼間、夕方、真夜中と、1日3回見にいきました。そのたびに、目の前の頭上にそびえ立つ東京タワーの迫力、美しさに心打たれる。こんなところにテラス付きのカフェがあったら、絶対に行きたい。そう思ってつくった店は、「絶景を見ながら食事できる」と感動を呼び、連日満員になりました。よそ者の先入観のなさが、功を奏したのです。

そして、もう1つ。人がやらないことをやるには、「馬鹿者」じゃないと無理です。

「GARB COSTA ORANGE」を提案したとき、周囲はこぞって反対しました。理由は、交通の不便さ。ふだん僕の考えを理解している役員会にすら、否決されそうになりました。

賢い人ほど、ロジックで動きます。みんなは言いました。「佐藤さん、淡路島には電車がない。バスもほとんど通らない。レストランで、どうやってビールやワインを売るんですか」。ロジックで考えたら、その通り。正論ですよね。対する僕の答えは、明確です。

そんなの、知ったこっちゃない!

やや乱暴に聞こえるかもしれませんが、こんな意味が隠れています。ロジックが成立するかどうかは、重要じゃない。例えば秘境の温泉に行く人は、困難を乗り越えてたどり着くことに、喜びを感じるでしょう。交通の便の悪さは、むしろ魅力になります。

電車やバスがないのに、どうやって人が来るか? 友達4人でじゃんけんして負けた人が車を運転したら、楽しいじゃないですか。「ああ、ビールがおいしい! 残念やね」とか言い合って。そこには、人と人が情を交わす喜びがある。「車だとアルコール飲めないからダメ」というロジックだと、その価値は切り捨てられてしまいます。

ロジックを打ち負かすのは、“覚悟”しかありません。多数決したら絶対に負けます。でも、ロジックで導かれた奇想天外さのない、全員の意見の平均値のようなプロジェクトは、ありきたりなものにしかなり得ない。たいていの場合、話題にもならず失敗します。

最終的な決断の一番の肝は、「こんな店があったら、自分が絶対に行きたい!」という確信のような、妄想です。そしてどんなハードルを乗り越えてでも、「絶対に行きたい」と思える場所にできるか、どうか。

ちなみに、「GARB COSTA ORANGE」はコロナショックの最中も、晴れた土日には1日150万円ほどの売上を叩き出しています。グループ全店の売上トップにも、数回なりました。さらに、7月には近隣に「KAMOME SLOW HOTEL(カモメ スロー ホテル)」をオープン。現在稼働率は95%を超えています。

全室が海を臨む「KAMOME SLOW HOTEL」

こんな時期なので、十分な告知はできていないにも関わらず、これだけ人が来てくれることに、大きな可能性を感じます。

アフターコロナの時代、いよいよ地方創生が本格化する。バルニバービが25年間培ってきた知見を活かし、人々の真に豊かな暮らしに、ますます貢献したいですね。

バルニバービ