「『平日だって鍋を食べたい』、お客様の声が『個食鍋』という市場につながったんです」【前編】

なぜ売れ続ける? 担当社員が語る、あの企業の定番商品/ 日興フロッギー編集部

「1プチッと1人前!」ーー2013年に発売し、「個食鍋」という新ニーズを開拓した鍋物調味料の『プチッと鍋』。ガムシロップなどに使われるポーション容器を調味料で使ったこともユーザーの目を引いて、エバラ食品工業の主力商品に成長中だ。開発の中心的存在だった同社・現マーケティング部の伊藤史子さんにヒットの裏側を聞いた。

鍋料理を「もっと作りたい」のに作れない理由は何か?

――『プチッと鍋』の開発がスタートしたのは2012年の春。当時、エバラ食品の鍋物調味料群は『すき焼のたれ』や『キムチ鍋の素』などのロングセラーブランドが支えていたことから「新たなヒット商品を生み出す」気運が高まっていたそうですが。

1999年に弊社が発売した『キムチ鍋の素』は和風一辺倒だった鍋つゆの常識を変え、新しい味付き鍋つゆとして定着しました。その後もさまざまな鍋物調味料を打ち出してきましたが、2000年ごろからは、弊社が得意とする瓶やペットボトルに入った濃縮タイプの鍋つゆ市場は縮小傾向にあったんです。

キムチ鍋ブームをけん引したエバラ食品の『キムチ鍋の素』

主流は1回使い切りのストレートつゆ、いわゆるパウチ商品へと変化していました。弊社もストレートパウチの鍋つゆ市場に参入していたものの、大きなシェアを取るまでには至りませんでした。そんな時、マーケティングの戦略として挙がったのが「鍋の可能性を広げる、これまでにないオケージョン(場面や機会)の訴求」というものでした。

そこで、鍋料理に関する消費者の意識調査を実施したところ、「鍋は野菜も肉もとれる。経済的で簡単だし、できれば、もっと作りたい」という声が多く寄せられました。

「もっと作りたい」のに、日常的に作れないのはなぜなのか?

「鍋は家族みんなが揃わないと食べられない」と考える方が多かったためです。

「平日に作ると遅く帰って来た家族が食べる頃には具材がクタクタ」になるし、「子どもの好みに合わせると親は好きな味を食べられない」、また、単身世帯の方からは「鍋を作っても一度に食べきれないので、連日残り物の鍋になってしまう」という話も聞きました。

リモート取材に答える伊藤さん

課題に向き合うなかで見えてきたのが「1人分ずつ小分けになっている鍋つゆ」というコンセプトです。平日に1人分の夕食として、あるいは親子2人だけでも、家族がバラバラの時間に帰っても、手軽に鍋を作ることができる。こうしたニーズに対応するため、最終的に「個食鍋」というキーワードにつながっていったのです。

大手調味料メーカーでは初! ガムシロップのポーション容器に目をつけたわけ

――今でこそ「個食鍋」は浸透していますが、当時、社内の反応はそれぞれだったとお聞きします。「鍋は家族全員で囲むもの」という固定概念も強かったと思いますが。

まさに、そうした意見も出ましたね。

個食鍋は市場としては未知数で、海のものとも山のものともわからない状態でした。これまで「キムチ鍋」や「担々ごま鍋」など新しい味付き鍋を定着させてきた弊社ですが、個食鍋に多くの部署が不安を感じていたのは確かです。

流れが変わったきっかけのひとつが、他社が個食向けの鍋物調味料を発売したこと。ちょうど『プチッと鍋』のコンセプトが固まってきた頃で開発グループの一員としては心がざわつきました。他社とは形状こそ違いましたが、最初に投下したい気持ちは当然ありましたから。

反面、同じ時期に同じことを考えていた方たちがいたんだなと驚く気持ちも強かったんです。個食鍋のニーズは間違いなくある、市場としてのチャンスはあると確信した出来事だったとも言えます。

この一件により、およそ1年半を予定していた開発期間が急きょ繰り上げになり、半年で完成させるスケジュールへと変更になりました。自社ノウハウをそのまま活かせる分野ならその期間でも可能ですが、『プチッと鍋』はチャレンジ事項も多かったんです。自社にはないポーション容器を使い、小さな容器に高濃縮の液体調味料を均一に充てんして、問題が起こらないか検証をしたり。以降、開発チームの怒涛の日々が始まりましたね(笑)。

――ポーション容器はコーヒーのミルクやガムシロップでおなじみです。「調味料でポーション」という目新しさもヒットの要因になったわけですが、アイデアはどこから?

実は、ポーション容器には以前から目をつけていました。

調味料として使われたことはほぼなかったものの、みんなが使い勝手を知っていて、子どもからお年寄りまで簡単に開けられる。こんな容器は他にないと感じていて、いつか調味料をつめてみたいと思っていたんです。目新しさもあるし、売り場でも目を引くだろうと。

ガムシロップでお馴染みのポーション容器を調味料に!

容器案としてはほかに小瓶やペットボトル、小袋に入れるなどのアイデアもありましたが、消費者調査ではポーション容器の評価が高く、採用は早い段階で決まりました。

ただ、当時の容器サイズは20mlのみ。この容量で1人分の鍋つゆを作るとなると約8倍という希釈濃度が必要になります。弊社には業務用ラーメンスープなど、同程度の希釈濃度を有する商品を手掛けてきた経験から、独自の「高濃度ブレンド技術」があったものの、この技術がなければうま味や風味を出すことは難しかっただろうと思います。

キムチ鍋は工場からNGが出された

――最初に発売された『プチッと鍋 キムチ鍋』の開発は特に大変だったそうですが。

『キムチ鍋』は当初、生産に協力していただいた工場からNGが出ました。

ポーション容器にトウガラシの粒やこしょうやゴマなどの固形物を入れるのは難しいと言われたんです。シンプルな寄せ鍋くらいしかできないだろうという話でした。

同時に「キムチ特有の魚介類やにんにくの匂い」や「キムチの赤い色」も工場側の懸念として挙がっていました。その工場ではコーヒーに使用するガムシロップなどの商品を生産していたため、製造ラインへの色残りやにおい移りを心配していたのです。

個人的にはキムチ鍋なしのラインナップでもいいかなとも思いましたが、これには他の社員から、「エバラ=キムチ鍋」でしょ、キムチ鍋なしでは全国展開なんて考えられないでしょ! との声が挙がりました。エバラの社員はキムチ鍋への愛が強いんです(笑)。

その頃、商品開発部で新規カテゴリー商品を担当していたのは上司を含めた4人のチームで、それぞれが担当アイテムを持ち、ほかのメンバーがそのサブにあたるという編成でした。開発期間が半年へと短縮されたなか、『プチッと鍋』のメイン担当である私がまずやるべきことは、工場側にも納得してもらえるような解決策を見つけること。途中からは協力工場に行きっぱなしで「会社にぜんぜんいない人」という存在になりましたね(笑)。

におい移りなどの対処法についてはキムチ鍋を生産している弊社の工場にノウハウがありました。そこで、協力工場の担当者を弊社工場に招いて洗浄方法を共有。工場をはじめとする関連部署を巻き込んでいるうちに「こうしたらどう?」「こっちで試してみる?」といった流れも出てきました。

エバラ食品工業のものづくりの根幹となる研究所

味づくりもとても苦労しまして、当時は「キムチ」と聞くだけで胸焼けしそうになったほど試食を繰り返しました(笑)。キムチ鍋のポイントって酸味と辛みだと思うんですが、酸味や辛みを立たせすぎるとうま味がともなわなくなるんです。配合によってはぼんやりした味になってしまいますし。私自身、以前は研究所で味作りを担当していたこともあって、その難しさを理解しながらも、求める味を出すために研究所には何度も試作をお願いしていましたね。

そうやって、さまざまな部署からの協力を得て、2013年8月、『プチッと鍋』の3商品(寄せ鍋、キムチ鍋、白湯鍋)の発売に至りました。初年度から予想した以上の売れ行きとなりましたが、ヒットの要因については後編でお話ししたいと思います。

エバラ食品工業