時代に合う飲用シーンの提案で 「10年ずっと右肩上がり」を実現しました【前編】

なぜ売れ続ける? 担当社員が語る、あの企業の定番商品/ 日興フロッギー編集部

笑福亭鶴瓶さんのCMでおなじみの「健康ミネラルむぎ茶」。近年、売上が右肩上がりの商品ですが、ここに至るまでは長い道のりでした。緑茶を主力とする伊藤園で、むぎ茶は長年、パッとしないブランドだったのです。なぜ、「健康ミネラルむぎ茶」は売上を伸ばせたのか? 伊藤園マーケティング本部麦茶・紅茶ブランドグループブランドマネジャーの相澤治さんが話してくれました。

「暑さ=むぎ茶」を連想づけた

――御社の「健康ミネラルむぎ茶」は、むぎ茶飲料のシェアNo.1と伺っています。私も夏になると、外出時によく飲んでいます。甘みがあって飲みやすく、量もたっぷり入っているので、つい手が出るんですよね。

ありがとうございます。むぎ茶飲料は今とても好調ですが、ここに来るまでに結構、時間がかかっているんです。

当社は1988年に缶入りむぎ茶、1996年にペットボトル入りむぎ茶を発売するなど、かれこれ30年以上、むぎ茶飲料を手がけています。しかしその間、市場はずっと200億円台をウロウロしていました。緑茶飲料が4400億円超ですから、かなり小さい。当社の売上もパッとせず、横ばい状態が続いていました。

リモート取材に答える相澤さん

それがここにきて、市場が急拡大しているんですよね。2019年の市場規模は、10年前に比べて約3.5倍の1100億円程になりました。特にここ10年はずっと右肩上がりで、正直、私どもも驚いています。

ここ10年、むぎ茶市場は右肩上がりの伸びを見せている

――何かきっかけがあったんですか。

はい、2つございました。1つは、2011年の東日本大震災を機に、生活飲料を備蓄するご家庭が増えたことです。その際、水だけではなく、むぎ茶を買い置きなさる方が結構いらっしゃいます。おかげさまで、震災以降、2ℓの大容量ペットボトルがよく売れるようになりました。

もう1つは、猛暑です。最近は夏になると、テレビで「熱中症にご注意」「水分を摂りましょう」とアナウンスが流れますよね。外出時、ご家族のみなさんが1人1本ペットボトルを持って出かける風景も、当たり前になりました。

この影響で、毎年夏になると持ち歩きにちょうどいい600ml〜670mlの中容量ボトルがよく売れています。歴史的猛暑を観測した2018年には、前年比115%まで売上を伸ばすことができました。

「健康ミネラルむぎ茶」の中容量ボトル

――チャンスをうまく捉えたのですね。

むぎ茶飲料の発売以来、当社は「ごくごく飲める美味しさ」「無糖」「ミネラル補給」という、3つの軸をぶらさずに磨いてきました。

そして2011年の福島第一原子力発電所の事故後、節電によって夏の暑さ対策が課題となったとき、この3つを前面に打ち出しました。むぎ茶は水分とミネラル補給が同時にできることをアピールし、「暑さ対策にむぎ茶を飲みましょう」というメッセージを積極的に発信したのです。

こうした啓蒙活動というか、飲用シーンのご提案が、むぎ茶飲料の市場拡大に功を奏したのでしょう。当社は市場で常にトップシェアを維持し、現在は約45%を占めています。言い過ぎかもしれませんが、むぎ茶飲料の市場拡大を牽引したのは、「健康ミネラルむぎ茶」だと思います。

「新たなシーン」をつくり出すDNA

――時代にあった飲用シーンをタイムリーに提案できたのが、成功のポイントだった。

これは、当社のDNAと申しますか……。例えば、「缶入り煎茶」(現在の「お〜いお茶」)は、当社が1985年に世界初の缶入り緑茶飲料として発売したものです。

当時は、人々の忙しさやライフスタイルの簡便化、洋風化などから、急須で淹れる緑茶は飲まれる機会が減っていました。

そんな中、「お〜いお茶」は、緑茶を「家庭で飲む」インドア飲料から、「いつでもどこでも」飲めるアウトドア飲料に変えました。このことによって、オフィスや出張先で食事と一緒に飲むなど、緑茶の新しい飲用シーンをつくり出したのです。

緑茶の飲用シーンを大きく変えた「お〜いお茶」

むぎ茶も緑茶と同じく、古くから日本で飲まれている、国民飲料です。戦国武将が愛飲したといわれ、江戸時代に庶民に広まりました。昭和に入って冷蔵庫が普及すると、冷たいむぎ茶は夏の風物詩になりました。

飲用量がどんどん増えると同時に、やかんで沸かすだけでは間に合わなくなってきました。

そこで私どもは、やかんでじっくり煮出した甘く香ばしい昔ながらのむぎ茶を、缶入りやペットボトルの商品で再現し、現代の生活に合う飲用シーンが提案できないかと試行錯誤してきました。その積み重ねが、この10年で花開いたのだと思います。

「味づくり」に終わりはない

――むぎ茶飲料の市場が拡大した結果、他社の参入が増えています。差別化における「健康ミネラルむぎ茶」の強みは何ですか。

先ほど申し上げました、3つの軸。中でも冒頭に挙げた「ごくごく飲めるおいしさ」は、私どもが何よりも大切にしていることです。毎日ごくごく飲んでいただくために、味づくりは絶対に手を抜きません。

目指す味として私どもが使っている表現が、「やかん品質」です。

明治時代には、各家庭で麦を焙煎し、やかんでじっくり煮出してむぎ茶をつくっていました。さぞかしおいしかったでしょうね。私どもは、その品質を現代の技術を使って再現しようとしています。毎日味を確認し、お客様の声に耳を傾け、少しでも「やかん品質」に近づけようと努力しているのです。

やかんでじっくり煮出すむぎ茶の味を再現

――毎日、むぎ茶の味を確認しているんですか?

ええ。作り手の責任として、すべての工場から届いたお茶を毎日味見するのは、当然のことです。工場の品質管理を徹底しているので、いつも同じ味ですが……。

むぎ茶の味づくりには、終わりがありません。特にこだわっているのは、「甘さ、香ばしさ、後味スッキリ」という3つをバランスよく成り立たせること。そのために、むぎ茶づくりの工程である「原料、焙煎、抽出」が最適かどうか、常にチェックしています。

例えば2016年には「原料」を見直し、それまで使用していた六条大麦に、新たに二条大麦を追加しました。

きっかけは、お客様からの「むぎ茶の特徴はやっぱり甘さだよね」という声でした。甘さを強く出すには二条大麦が最適ですが、粒が大きいため、芯まで火を通すのが難しい。以前から原料の候補に上がっていましたが、加工の難しさがネックになっていました。

しかし、お客様の声に応えるためには、このハードルを超えなければいけません。原料の甘さと香ばしさを引き出しつつ、後味スッキリにするには、どうすればいいのか。高温の熱風を長時間あてるなどさまざまな工夫をし、1年半ほどかけて、ようやく理想の方法にたどり着きました。

――何気なく飲んでいるむぎ茶が、そんなに苦労してつくられているとは知りませんでした。

たかがむぎ茶、されどむぎ茶の精神です。根っこには、「みなさまの健康づくりをサポートしたい」という思いがあります。

むぎ茶はおいしいだけでなく、自然の素材を加工した、とても健康的な飲み物です。水分とミネラルが補給でき、糖分もカフェインもゼロなので、乳児からお年寄りまで皆さんに召し上がっていただけます。

そんなむぎ茶をみなさんにもっと飲んでほしい。そして毎日の生活を健康に送っていただきたいというのが、事業を通じたわれわれのシンプルな願いです。

――実直な社風が伝わってくるお話を、ありがとうございました。次回は、そんなむぎ茶の驚きの「新商品」について伺います!

伊藤園