明治大学・友野教授が解き明かす、あなたが陥りがちな投資の落とし穴

FROGGY LIVE – あなたのお金をカエル授業 –/ 友野 典男

皆さん、こんばんは。明治大学の友野です。
投資を始める、または投資をやっていると気をつけなくちゃいけない「落とし穴」があります。たくさんあるんですが、今日はその中から5つの「落とし穴」について説明したいと思います。

私の話は、「こうやればもうかる」とか「こうやったらいいよ」と勧めるものではありません。もし本当にそんな方法を知っていたら、人に教えませんね。黙って自分がもうけるのが一番いいはずなので、「こうやったらもうかりますよ」「確実にもうかる方法はこれですよ」と言う人がいたら、あるいはそんな本があったら、気をつける。それがまず大前提です。そういう落とし穴に落っこちないように気をつけていただきたいと思います。

では、最初のスライドです。

人間が「どの金融商品にどれだけの額を投資しようか」とか、「どんな物を買おうか」といった判断を下すとき、基本的には「感情」と「理性」の両方が働いています。
そんなの当たり前だと思われるでしょうけど、これがなかなか一筋縄ではいきません。われわれ行動経済学者はよく、「感情」を象に例えます。さらに、自己規制を生み出す「理性」を象使いに例えます。この絵を見てお分かりの通り、身体の大きな象に対して、象使いはあまりに小さい。

象使いは象をコントロールしようとします。つまり、人間は自分の感情や直感を理性、理性や思考でコントロールしようとするんですけども、これなかなかうまくいきません。うまくいくときもありますが、象は時々暴走します。象が勝手にどんどん走って行ってしまって、それを象使いがコントロールしきれないということはよく起きます。

もう1つ、感情や直感は間違いやすいという性質があります。直感的判断に従うとか、感情にとらわれて行動することって皆さんもあると思いますが、大体間違うことが多い。その間違いを正すために理性や思考があるのですが、こっちは怠けもので消耗しやすい。なぜかというと、ものを考えるのって大変ですよね。一生懸命意識しないと、人はものを考えない。ずーっと何かを考え続けるって、疲れちゃってなかなかできません。特に、他のことに考えがとらわれているとか、仕事の後で疲れているとかいう状況だと、象使いが消耗して、象をコントロールできなくなります。

感情によって間違った考えが作り出され、それを理性や思考がうまく修正できない。そのような人間の性質を「認知バイアス」または「感情バイアス」と呼びます。落とし穴を掘っているのは、これらのバイアスです。聞きなれない言葉かもしれませんが、Wikipediaで「認知バイアス」と引くと100種類以上も出てきます。その中から、今日は特に5つの落とし穴を選んで紹介します。

1つ目が、「損失回避性」です。

これは、人間が持っている「損したくない」という感情が強いがゆえに、得をすることよりも、損を嫌う傾向のことです。
例えば、自動販売機で100円を入れたけど、故障していてジュースが出てこなかった。これ、すごい腹が立ちますよね。自動販売機を蹴とばす人もいるかもしれない。でも逆のパターンとして、前に買った人が忘れたお釣りの100円があったとします。拾ってラッキーと思うかもしれません。実はこれ、比較すると100円を拾ううれしさよりも、ジュースが出てこなかったときの怒りの方が大きい。同じ100円なのに、得をするより損をするほうが、人の感情が動きやすいという話です。

こんな調査結果があります。
「0.5の確率で1万円を得られるが、0.5の確率で1万円を失う」というルールのゲームがあったとします。このルールだと、参加すると答える人はかなり少ない。では、「0.5の確率で1万円を損する」というルールはそのままで、得するほうの金額を上げていって、いくらになれば参加したいかを聞いていく。

そうすると、2万円から2万5千円という答えが多数を占めます。つまり、1万円を失う痛みは、その同額を得る満足感の2~2.5倍大きいというふうに考えられます。その痛みを回避しようとする人間の性質を、「損失回避性」と呼ぶわけです。

これを投資に当てはめると、どうでしょう。
いま持っている株で少し利益が出たとします。もう少し上がるかもしれないけれど、そうならずに下がる可能性もある。そういうときに「損失回避性」が影響して、「下がったら嫌だな」という気持ちが強く働くので、早く利益を確定しようとします。もし、持ち続けていて株価が下がり、損をしたら、「しまった。あのときに売っておけばよかった」という後悔が強く作用して、その後は早く売るようになる。ですから、もう少し持っていれば値上がりした株を、早く売りたがる傾向が人間にはあります。

損切りにおいても、同じことがいえます。株価が下がり始めたときに、早めに損切りをして他の株に買い替えるというのは、株式投資のコツですね。しかし、それをできない人が多い。なぜかというと、損切りをするというのは、損失を確定するということです。そこで「損をするのが嫌だな」という損失回避性が働いて、売らずにずっと持っていて、塩漬けにしてしまう。
このように、「損失回避性」によって合理的とはいえない判断をしてしまうことがよくあります。これが、1つ目の落とし穴です。

2つ目の落とし穴を見ていきましょう。

「メンタル・アカウンティング」という、また変な言葉が出てきました。「アカウンティング」は会計、家計簿のような意味なので、よく「心理的な家計簿」と訳されます。人間の心が損得勘定をどうとらえるかを表すのが、この言葉の意味です。

競馬の例で説明しましょう。1日のレースの中で、最終レースになると穴馬狙いの馬券を買う人がとても多いそうです。なぜかというと、1日単位で損得勘定を考える人が多いからです。その日、損した分を取り返そうと、穴馬を狙うのです。これは日本だけじゃなくて、競馬の本場であるイギリスや、アメリカでも、多くの人が同じ行動を取るようです。

でも本来は、1日単位でトントンにする必要は全然ないわけですよね。競馬をずっとやっているなら、1年単位で見てトータルでちょっと勝てばいいという考え方もできるわけです。そういう冷静な考え方をしないで、1日というやたら短い枠の中で損得を考えたくなるのが、人間の性質です。そういう枠に当てはめて、近視眼的に、目先の損を回避しようとするのが、「メンタル・アカウンティング」です。

株式投資でいうと、やたらと株価の動きを気にして、下手すると10分おきにチェックする。そうなると、例えば上昇と下落が半々だったとしても、先ほどご説明した「損失回避性」で下落のショックが上昇の喜びの2~2.5倍あるので、心理的なマイナスがどんどん増えます。額面上、もうけのほうが少し多いとしても、心理的負担によって売る必要がない株を売ってしまったり、投資そのものを嫌いになってしまったりする可能性も考えられます。

ですからここはやっぱり、「メンタル・アカウンティング」にはまらずに、長期で株を持って、株価もたまにチェックすればいい。目先の株価の変動に振り回されず、すこし放っておいて忘れるくらいのほうがいい。株式の格言で、「売るべし 買うべし 休むべし」という教えがありますが、その背景にあるのが「メンタル・アカウンティング」という人間の性質なんですね。

3つ目の落とし穴は「確証バイアス」です。

人間は、自分の考えを肯定する、または補強する証拠ばかりを集める傾向があります。自分の考えに賛成してくれる人の意見を聞くとか、意見が同じようなウェブサイトの記事ばかりを探して読むとか、そうやって「ああ、やっぱり自分は正しいんだな」と思いたがります。

なかなか面白い実験結果があって、死刑賛成派と反対派の人たちに、ある論説を読んでもらいます。その論説には死刑のメリットとデメリットが、両方書いてある。それなのに、賛成派の人はその論説について「死刑のメリットを強調している」とみなし、反対派の人は「これは死刑のデメリットを主張している」とみなす。同じ論説を読んでいるのに、反対の印象を持つのです。

このように人間は、自分の考えと合致する、都合のいいところばかりに目がいきがちです。こういう性質を「確証バイアス」と呼びます。

「雨男」の例もあります。誰かが、「あいつは雨男だ」と言うと、「そういえば、この前遊園地に行ったときも雨が降った」「あいつとハイキングに行ったときも雨が降った」と、その人が雨男だという前提でもって、その主張を補強する例ばかりを集め始めます。

そうすると、何が起きるか。先ほどの死刑賛成派の人であれば、自分の意見を補強する論説を読んで、ますます賛成という立場を強めます。逆の立場である、反対派の人にも同じことが起きる。ウェブサイトや本でもそうですね。現政権に賛成か反対かという記事がたくさんありますが、大体の人は自分と同じ意見の記事ばかりを読んでしまいます。客観的な材料を集めて、自分と違う意見にも耳を傾けて検討しようということが、実はなかなか難しい。

株式投資でいうと、「この会社の株価は上がりそうだ」と思ったときに、それを裏付ける証拠ばかりに目がいってしまう。「ああ、やっぱりここにも自分の意見を裏付ける証拠があった」「やっぱりこの株価は買いだな」というふうに、一度いいと思ったらそれを肯定する記事ばかりを集めるんですね。そうやって自分は「多数派の1人」だと認識して、安心します。自分と同じ意見の人がたくさんいるから、これは正しいはずだ。そういうふうに思ってしまうんです。

ところでみなさん、ウォーレン・バフェットという投資家をご存知だと思います。有名な投資家ですが、彼はいつも逆張りで成功しています。もちろん、ただ単に人の逆をいけば必ず成功するということではありません。多数派だからそっちにつくというような、気分的にはいいかもしれないけれど安易な考え方、確証バイアスに彼は陥っていないということです。少なくとも一度は、自分とは逆の観点をもつ意見、少数派の意見がないかを探してみる。これは投資だけではなくて、われわれの生活全般にも当てはまることですね。

さて、4つ目の落とし穴は「ハロー効果」です。

「ハロー」というのは挨拶ではなくて、「後光が差す」という意味です。スペルは「halo」ですね。これは何かというと、1ヵ所いいところがあると、他のところまで良く見えちゃうという現象です。企業がコマーシャルで人気のあるタレントを起用するのは、これです。タレントに好感度を持つ人がコマーシャルを見ると、そのタレントが宣伝する商品まで良く見えてくる。これ、本来は何の関係もないはずです。

それから、「美人は得」と言うように容姿がいいとか、高学歴、大企業に勤めているということを聞くだけで、何となくその人の人柄まで良く見えちゃったりする。大ヒット曲を持つ歌手が歌うと、他の曲まで売れるとか。特にいい曲じゃなくても、大ヒット曲のイメージに引きずられて聞いている。こういうのをみんな、「ハロー効果」って言います。

「ハロー効果」はいいことばかりじゃなくて、悪いほうでも同じことが起きます。「デビル効果」と呼ばれるのですが、1ヵ所悪いところがあると、全体が悪く見えちゃう。

投資でいうと、有名経営者がいるとか、コマーシャルの感じがいいとか、そういう1ヵ所だけを取り上げて、「だから、業績もいいはずだ」と見てしまうのが、「ハロー効果」。これも相当、落ち着いて考えないと自分で気がつきません。ちょっと古いですが、『エクセレント・カンパニー』や『ビジョナリー・カンパニー』のような経営学の本があります。アメリカで成功した企業を取り上げて、その原因がどこにあるのかを探った本です。2冊とも、経営者の人柄や経営戦略が優れているから、業績が上がったと主張しています。そういわれるとそうかなあとつい思ってしまうんですけど、実はこれも「ハロー効果」です。「業績がいい」という1ヵ所を取り上げて、すべてが良く見えてしまう。

この点について、スイスの経営学者が『なぜビジネス書は間違うのか』という本で批判しています。成功した企業の結果だけを見て、そもそも経営者の人柄がいいとか戦略がいいというのは、違うんじゃないかというわけです。実際、これらの本に取り上げられている会社はその後どんどん業績が悪化していきます。そして悪化したときには、もうそんな話をしません。失敗は取り上げないわけですね。成功してうまくいっているときにだけ、本にすれば売れる。業績が良くて名前が売れていれば、その会社のすべてが良く見えてしまうという、この現象の背景にあるのが「ハロー効果」なんですね。

さて、最後の落とし穴は「自信過剰」です。

これは自分には当てはまらないなあと、思っている人は多いかもしれませんが、そうでもないのです。運転に関する調査結果を見てください。「自分はどのくらい運転がうまいか」という質問に、80%以上の人が「平均よりもうまい」と答えています。平均の意味からいっても、これはあり得ません。これはアメリカで行った調査で、日本人の場合はもう少し数値が下がるようですが、それでも半分以上の人が「平均よりもうまい」と答えます。こういう実験結果はたくさんあります。

「自信過剰」の傾向が強いのは、起業家ですね。これもアメリカの例ですけど、3000人の起業家に成功するかどうかを聞いたら、ほぼ100%の人が「もちろん成功する」と答えます。失敗すると思って起業する人はいないので、当然の結果ですが、でも実際に起業家として成功する割合は30%でした。それくらい自信過剰でないと資本主義が成り立たないという側面はあるとは思います。みんなが合理的に考え、冷静になったら起業家が生まれず、経済が回らなくなりますから。でも、投資ということについては、「自信過剰」というのは気を付けたほうがいいですね。

「自信過剰」の親戚に、「楽観主義」というのがあります。「自分は大丈夫」「今までも大丈夫だったから、今回も大丈夫」と思ってしまう傾向です。

「自信過剰」な人の投資行動をいろいろと調べてみると、リスクをすごく低く見積もっていたり、やたらとリスクを取ったりします。それから、これは「確証バイアス」と関係しますが、自分の考えを補強する記事やデータばかりを見て、他は見ないで自分は正しいと思ってしまう。あとは、やたらと取引の回数を増やすというような傾向があります。

日本人って割と謙虚なのかなと思っていたら、「自信過剰」な人って意外にたくさんいます。特に、「直感には自信がある」という発言をする人は要注意です。特定の分野の専門家であれば、その分野での専門的直感は割と当たります。でもそうじゃないふつうの人の直感は、そんなに当たりません。これはもういろんな実例があります。また、過去に一度投資で成功して、「自信過剰」になっている人。それは偶然かもしれないと、一度冷静になって考えることが必要です。

時間が来そうなので、大慌てでまとめます。
落とし穴を避けるために、決定的な方法はありません。ただ、有効な方法はあります。
まず、今日ご紹介した5つの落とし穴のように、「どんな落とし穴があるか」を知ることです。やっぱり、分類を知らないと気がつけない。

次に、自分の意思決定についての記録をつけること。投資であれば、「どの銘柄をどういう根拠で売買したのか」ということの記録をつけておく。そして、何かあるごとに記録を読み返し、フィードバックをする。

また、自分でルールを作ってそれに従うことも大切です。「株価が10%上がったら売り、10%下がっても売る」というように、ルールを決めてしまって、感情が入る余地をなくしてしまう。感情に流されないようにするには、長期的な視点で物事を考えるというのも、効果的です。感情ってそんなに長続きしないので、長期的に考えることによって、感情の影響を薄めることができます。

どうぞ、感情や直感に振り回されず、理性的・合理的に考えて、充実した投資生活を送っていただきたいと思います。どうもありがとうございました。