菅総理大臣は4月、2030年の温室効果ガス(※)の削減目標を2013年度に比べて46%減らすという目標を新たに掲げました。この引き上げは大きな変化です。こうした国の動きが私たちの将来にどんな影響をもたらすのか、ESG投資を推進する環境省環境金融推進室の近藤崇史室長にお話を伺いました!
熱を吸収する性質を持つガスのこと。大気中に増えると、太陽の熱をどんどん吸収して地球温暖化の原因になるとされています。二酸化炭素や、一部の機器で使用されるフロンガスなどがこれにあたります。
環境金融推進室は、経済と環境の課題に同時に応えるために「金融の力をどう使っていくか」を考える部署です。
環境への取り組みというと、経済の動きにブレーキをかける様なイメージがあるかもしれません。けれども、そうではない。民間企業の環境への取り組みが、ビジネスの発展と共にあるように、そして、環境への取り組み自体がよりサステナブルになる様に、金融の力を活かせるような政策展開や活動を行っています。
業務には3本の柱があります。
ひとつめの柱は、環境・社会に関する企業と投資家の方々とのコミュニケーションの活発化。環境に関する取り組みをしっかりと行い、情報をきちんと公開するような、投資家と健全なコミュニケーションを取れる企業が評価される世界を目指しています。
ふたつめの柱は、環境・社会にインパクトのある金融行動の主流化です。例えばグリーンボンド(※)のような「企業が明確な環境改善効果のある事業に資金を投じることを約束して行う資金調達」の支援等が含まれます。
使い道を、再生可能エネルギーや省エネルギーなど、環境改善効果がある事業に限定して発行される債券です。2017年に環境省が国内でのグリーンボンドを積極的に支援しはじめてから急激に発行額が増え始め、2020年には初めて年間の発行額が1兆円を超えました。
みっつめの柱は、環境への取り組みを上場企業だけではなく中小企業など様々な世界に広げてゆく活動です。
温室効果ガスの削減目標とは?
パリ協定(※)で交わされた「国際社会みんなでCO2を含む温室効果ガスを減らそう」という約束を踏まえて、日本が決めていた目標のことを示します。今年4月、その目標が20%上乗せされました。アメリカも同様の動きをしていて、国際社会が温室効果ガス削減にますます本気になっているということが読み取れるニュースでした。
2015年に採択。世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をすること、このために世界の温室効果ガスの排出量を大きく減らすことが合意されています。
そうです。環境への取り組みには2つの側面があると思っています。
環境ビジネスを通じてチャンスをつかみ、業績を伸ばしていく側面と、環境への対応をきちんとしておくことで、いつか起こるかもしれない環境面でのリスクを小さくしていく側面です。
先ほど、「環境に関する取り組みをしっかりと行い、情報をきちんと公開して、投資家とコミュニケーションを取ろうとする企業が健全に評価される世界を目指したい」と言いました。
これはつまり、きちんと環境に対して取り組んでいる企業が今後ビジネスチャンスをつかめる、あるいはリスクが小さくなる企業である、といった評価を受けられるようになればいいということです。
ただこれは、全く新しい考え方というわけでは決してなく、今までの考え方が拡張されたといったものだと思っています。確かにそこにあったものの、これまで必ずしも見えていなかったリスクやリターンをきちんと意識していくということが重要なんだろうと考えています。
実は環境目標が上方修正される前から、私たちの考え方はあまり変わっていなくて。「ESG金融」という言葉が当たり前のように一般化し、極言すればその言葉自体を使う必要がなくなってしまうような状況をひとつのゴールだと考えています。
本業とは別に社会貢献事業を行うのも素晴らしいですし、スタートとしては重要だと思うのですが……やはり本業に据えていただくことが、環境問題への対応としてはもっとも強力でしょう。
本業の中心に環境対応を据えてきちんと取り組んでいく。金融機関や投資家も当たり前のようにESGへの取り組みを評価して、融資や投資を行う世界を目指しています。
例えば、「リスク・リターン投資」なんて誰も言いませんよね。投資するうえでリスクとリターンを考えるのが当たり前のことだからだと思うんです。同じようにESGを考えることが当たり前になる世界を実現させたいですね。
法律の整備やルールの策定といったことは重要なアプローチではあると思うのですが、法律や制度で規制し、企業や投資家をふるいにかける意味合いも含みますよね。
それよりも、金融推進室としては、まずは「こうしたほうがよりスムーズにお金が流れるんじゃないか」という考え方を提供して、企業にも投資家にも前向きに変わっていってほしいと思っています。
そうですね。ルールを全く変えないかというとそれはそうではない部分もあるかもしれませんが、ある決まった環境への取り組みをする以外生き残る道はないといったようにする意図はないです。環境対応に関していろいろなアプローチがある中で、きちんとしたものに対してはちゃんとお金が集まるというようにしたいんです。
難しいように聞こえますが、将来、社会に要求されるだろうということを先につかんでいる企業って先見の明があるってことじゃないですか。これって、ビジネスとしても指標になると思うんです。
ヨーロッパでは“タクソノミー”と呼ばれる独自の基準が設けられています。環境にやさしい事業の分類がなされ、その分類に基づく開示が求められるなど、ESGの発展のために様々な考え方や規制が生み出されています。
そうとも限らないと思いますよ。歴史を紐解くと、日本企業は今までは自主的に環境対応をしてきたと思うんです。ただそうした取り組みは、金融市場からの要請、といったものとは別の次元で行われてきたから、日本企業の取り組みは遅れているように見えるのかなとも思います。
地域金融の例を出します。地域の存続を自らのビジネスモデルとしてきた金融機関って日本では多かったと思いますが、これはESGの考え方に通じるものがあると思います。
ただ、環境そのものについて金融が企業に対して働きかけるといった発想は強くなかった様に思います。しかし、足もとでは環境問題が深刻化していて、取り返しのつかなくなる状態に陥るのに残り時間も少ないですから、我々の活動では、金融機関や投資家と企業が皆同じ方向を向いて活動していけるよう、しっかり働きかけていきたいですね。
“企業をふるいにかける”ということは、ESGの理念とはそぐわないものだと考えています。SDGs(※)の考え方が出てきて、ESGとSDGsがセットで語られるようになりました。
2015年に国連で提唱された概念。世界の課題を17のゴールと169の具体的なターゲットに分類する。“誰一人取り残さない”を基本思想とし、すべての国、すべての人が取り組むべきものとされています。
SDGsの基本思想は“誰一人取り残さない”なんです。取り組みが遅れた企業を取り残すというのはESGや我々が目指す世界とは異なります。投資家や金融機関の行動は企業の行動に大きな影響力があります。それが金融の力だと思うのですが、この金融の力を通じて、環境対応や社会問題の解決を図っていきたいですね。
CO2を46%減らすという目標、実現のためにもたらされる社会への変化は大きなものになりそうです。社会の変化をうまくとらえて成長し、株価を伸ばしていく企業を見極めることが今後重要になっていきそうです。次回後編では、私たちにとってESG投資が持つ意味とは」という視点で話題をさらに深堀りしていければと思います。