ギャンブラーの誤謬

“超”理系がゼロから投資はじめてみた/ 澤田 涼マツオカヨウスケ

「ドルコスト平均法を、ガチで分析してみた」を読む

“人間らしさ”をモデル化したい

株の研究を少し続けていて、ふと気づいたことがあります。

「数理モデルによって未来を予測しようとしているけれど、そもそも株価は人間の判断で決まるから、もっと”人間らしさ”を持ち合わせたモデル化をすべきなのでは……??」

すこしゆっくりと説明しますと、これまでの僕の数理モデルは、「すべての投資家が、スーパーコンピュータクラスの計算能力を持って、瞬時に完全合理的に判断して行動している」ことで成り立つモデルなんですね。

いやあ、中々に理想的すぎる仮定ですよねえ……。ジュースを買うなら近くのスーパーのほうが安いと分かっていながら、ついついずぼらにマンションの下の自販機に頼ってしまう僕が、何をそんな仮定をしているんだと、お叱りの声が聞こえてきます。

物理学者はこういう理想的な環境をついつい考えたがるクセありまして、空気抵抗を無視したり、重りの大きさを無視したりしてしまうんです。

けれども、”リアルな株価推移”を予測するためには、”人間らしさ”は無視してはいけない重要な要素なことも分かっております。難しいから目をつむっていたところもあるのですが……。

今回の株の自由研究は「もっと”人間らしさ”のあるモデルを考えたい」というお話です。

ギャンブラーの誤謬

さて、”人間らしさ”をどのように数理モデル化しようか。すこし考えたとき、まず浮かんだのは「数学的な意味で優れた乱数と、人にとって自然に”見える”乱数は異なる」というお話です。

分かりやすい例だと、コイントスを連続で行ったときに「4連続で表が出ているとき、そろそろ次は裏が出るはずだ」という、人間心理あるあるなのですが、数学的な乱数には存在しない「確率の揺り戻し」を信じてしまうというものです。

株価推移を人が判断するときはきっと、この人間心理が働いているに違いない! そう僕は踏んだわけなのです。

ちなみにこの話、数学の世界では「ギャンブラーの誤謬(ごびゅう)」と呼ばれていて、”人間らしさ”を代表する認知バイアスとしてたくさん研究されていたりするんです。

ここで注目してほしいのが、「数学的な意味で正確な確率の乱数(表裏50%)」よりも、「表裏の入れ替わりを過剰に調整した乱数」のほうが、人にとって自然なように”見える”という点です! 人はついつい、〇と×は”どのタイミングでも均一”であるほうが自然なふるまいっぽさを感じるようなのです。

さて、ここからが本題です。これをどう株価推移に使うのか? この認知バイアスを株式投資の世界に言い換えると、「株価の値上がり/値下がりが偏って数日続いたときに、反対方向に値動きしだすことを心理的に”集団として”期待してしまう」と今回考えたわけです。

いやいや、そんなの当たり前よ人間だもの……と思った方は少しお待ちを! 僕のアイデアはここからです。この曖昧な感覚を、数字で評価したい。これが今回の目標です。

もっと具体的には、どのくらいみんなが「株価の値上がり/値下がりが偏りだしているな」と感じているのか、「認知バイアス」を使って”人の気持ち”を数字で表現しようというチャレンジです。

僕ひとりの、ではなく、株を買う集団全体の、気持ちを数値化できれば、次どう動くかは”人間らしい判断”のままに予測できるはずで、これが今回の目標である”人間らしい未来のふるまい”を数学的に予測するモデリングになるのではないかと考えました!

実際に株価に当てはめてみよう

さて、仮説が立ったら実際の株価で試してみよう! ということで、今回は「 マネーフォワード 」の株価を例にこのアイデアを検証していきます。

さて、ある日のマネーフォワードの株価変化率を図にしたのが下の通りです。今回は、値上がり率(プラス)/値下がり率(マイナス)の”大きさ”に注目したいので、棒グラフでの表現も添えています(※グラフは2021/7/8−2021/8/13のマネーフォワードの株価データを基にしたもの)。

さて、”人間らしさ”の視点に立つと、「どのタイミングでも”ある程度”プラスとマイナスのバランスが均一であるほうが自然に感じる」というお話でした。

これを数学的に使える形に言い換えると、【ある期間内の[プラスの棒グラフ]と[マイナスの棒グラフ]の合計は、ゼロに近いほうが自然に感じる】のではないか? となるわけです!

その振る舞いを数字で見るために、直前10日間の「値上がり率[%](プラスの棒グラフ)」と「値下がり率[%](マイナスの棒グラフ)」の合計というものを計算してグラフにしました。それが次の通りです、ドン。

「計算した合計値が、ゼロに近いほうが自然に感じる」という人間心理を使おうというのが今回の戦略でした。つまり、

ゼロより大幅に高いとき、ゼロに戻るマイナス方向=値下げするよう株価を動かしたい
ゼロより大幅に低いとき、ゼロに戻るプラス方向=値上がりするよう株価を動かしたい

という”人間らしい”判断が起こる、と予測できるというわけなのです。では実際に過去のデータと比較するとどのように……?

ドン、結果はこの通り。うーん……難しい笑。正直、確かに予想どおり「合計値をゼロに戻す方向に株価が値動きする」箇所も確認はできるものの、そうでない箇所も多かったり。あとは、”合計値が極端になる”ことの判断基準も難しかったり。

というわけで、全体的に曖昧な部分が多く残ったなあ、というのが研究者としての本音ではあります。むむむ、”人間らしい未来のふるまい”を数学的に予測するというのは想像以上に難しく、苦手な分野への挑戦となりました……。

その一方で、この連載は、ホントに思いついたままのアイデアと試行錯誤の足跡日記で、あくまでも”株価予測の自由研究”である以上、こういう成功しきらない回(?)というのもあってもいいのかな、と自分を慰めて今回はおわります。

補充ノート:このモデルの更なる確認と株式用語

今回のモデルや考え方もまた、あまり過度な信用は厳禁です。

ただ毎回ではありますが、この指標を組み立てるうえであれこれ調べていると、株式投資の世界にはこれと比較的似た指標がありました。「Relative Strength Index(RSI)」と呼ばれる指標です。

僕のモデルでは、直近10日間の

(値上がり率[%])+(値下がり率[%])の値が極端になると、ゼロに戻ってくる

という理論で計算をしていました。

RSI という指標のほうでは、直近数日間の”株価の値動き[単位:円]”に注目して、直近数日間の「値上がり幅」と「値下がり幅」の合計をとって、「そのうちの値上がり幅が占める割合」というのを見ています。式に直すと

(RSI)=(値上がり幅[円])/(「値上がり幅[円]」と「値下がり幅[円]」の合計)
の値が極端になると50%に戻ってくる。

という理論です。似ていますよね……? 少なくとも、数学的にはかなり似たものを評価しています、はい。

最後になにより添えておきたいのが、以前連載第2回で紹介した「ボリンジャーバンド」とも、”珍しくなったら戻ってくる”というアイデアが似ていますよね。

「RSI」が「人間らしさ(認知バイアス)」に基づいた指標だとすると、「ボリンジャーバンド」は「数理評価(統計学)」に基づいた指標なのです。そう比較すると実は、この2つは実はうまく組み合わせると相性がとても良いのではないかと思ったりしています……!

さて、今回もこの手探りな自由研究にお付き合いいただき、ありがとうございました。今回も、自由研究の感謝の気持ちも込めて、マネーフォワードの株を1万円分買いました。次もよろしくお願いいたします。