誕生から35年、日本の紅茶市場をけん引してきた『キリン 午後の紅茶』。一方で「甘くて美味しい」レギュラー3品(ストレートティー、ミルクティー、レモンティー)の人気ゆえ、「無糖」や「微糖」カテゴリーの定着には数十年を費やしたとも。ブランドの第4、第5の柱はどのようにして市場を開拓したのか。キリンビバレッジ・マーケティング部のシニアブランドマネージャー、加藤麻里子さんに伺った。
「発売1ヵ月で大ヒット! 午後ティーの誕生秘話」を読む
紅茶の戦い方じゃダメなんです
これまでの紅茶ブランドの戦い方ではダメだと思ったんですね。売上を伸ばすには、容器サイズで需要を掘り起こすか、フレーバーを展開していくかがセオリーでした。けれど、フレーバー勝負ではパイの奪い合いになりかねません。「レモンティーとアップルティーを両方飲もう」みたいなことにはならないですからね。
紅茶の市場はそもそも清涼飲料水のなかで5%程度です。マックスのシェアを取ったとしても大きなものではありません。一方、コーヒーの市場ならその3倍くらいはある。コーヒーも紅茶も嗜好飲料です。無糖(ブラック)があって、カフェラテのような有糖や微糖があり、甘さのレベルによってカテゴリーが確立しています。すでに成功体系のあるコーヒー市場を参考にすることは理にかなっていると考えました。
『午後の紅茶 ザ・マイスターズ』の第一弾をミルクティーにしたのもカフェラテを意識したから。とくに当時は某メーカーのラテ系のペットボトルコーヒーが大ヒットし、ミルクティーのお客様が流れていた頃。もともとミルクティーとラテ系のユーザーは行き来する傾向にありましたが、「あの周辺にヒットの芽がありそう」と感じていたのです。
同じ棚に置いてもらえるよう、ボトルやパッケージも工夫しました。社内では、太めで丸っこいペットボトルコーヒーのことを”ふとまる”と勝手に呼んでいたのですが(笑)、「”ふとまる市場”に入れたら飲んでくれる人は増えるよね」と話していたんです。
というのも、紅茶は陳列棚のだいたい下の方にあるんです。紅茶を探しているような人じゃないとまず目に入らない場所なんです。かたや”ふとまる”は棚の中でも目につきやすい場所にある。「”ふとまる”と同じ棚に並べてもらえれば非紅茶ユーザーの目に留まるのでは? 」と。
砂糖を減らすだけではただの薄いミルクティーになってしまうから
試飲は3ケタとはいいませんが、確実に2ケタは行っていますね(笑)。最初の試作品は衝撃的で「いったい何を飲んでいるのか?」と思うくらい薄かったです。微糖は食品表示基準で「製品100mlあたり糖類の含有量が2.5グラム以下」と決まっています。けれど、糖分をそのまま減らすだけだと「薄いだけの、美味しくないミルクティー」になってしまう。
紅茶も茶葉とミルクのコクがしっかり感じられる”ボディ感”が大事なんですが砂糖が欠けると厚みもどんどん欠けていく。試飲の最初の段階で「砂糖って無敵だったんだな」と気づきました(笑)。
最終的に、開発チームは一定の湯量に対して茶葉を多く使用して抽出し、そのバランス感で絶妙な着地点を決めていきました。通常よりも1.5倍の茶葉が使われていますが、これより多すぎてもまろやかさが足りなくなってしまう。少しの砂糖とミルクを足す配合の妙で味に厚みを出していったんですね。
ミルクティーは特に、舌に味が残りやすいんですよね。そうなると比較ができなくなるので間に水を飲んだりしています。あとは、普段何かを飲むときと試飲との決定的な違いですが、「初発の香味」「真ん中」「最後の香味」の3地点を徹底的に意識するようにしています。
初発で「紅茶の香りがいいな」とか「いきなり甘さが来るな」とか。「真ん中でミルク感が立ち上がって来て、最後はまた紅茶感が戻ってくる」とか、その逆で「最後にミルク感が残るから口の中がまったりする」とか。3つの地点で味を意識していますね。
今年35周年ということで1986年発売の「午後の紅茶 ストレートティー」を再現し、現在のものと飲み比べてみました。86年版はびっくりするほど甘かったですね(笑)。あの時代、市場を見回してみても水やお茶など無糖飲料のラインナップも少なく、日本人の嗜好自体が今より甘い飲み物に向いていた気がします。
「甘いんだけどスッキリ」が好まれるようになったのはその後に台頭してきたフレーバーウォーターや炭酸水などの影響もあったのではないでしょうか。清涼飲料水市場の変化のなかで『午後の紅茶』も3年に1度くらいの間隔でリニューアルを行ってきたのですが、甘さのレベルは段階を経て抑えられてきていると感じます。
スリランカの茶葉は『午後ティー』だけで日本の輸入量の約4分の1!
共通価値の創造。社会的ニーズや社会問題の解決に取り組むことで社会的価値の創出と経済的価値の創出を実現し、成長の次なる推進力にしていくこと
スリランカの茶葉は日本人の好みによく合うんです。標高差のある地形もあり「苦すぎない」「渋すぎない」茶葉のバリエーションが多く、発売当初から使い続けています。『午後の紅茶』の美味しさはスリランカの茶葉あってこそです。
けれど、同国は内戦も長く続いたこともあり豊かとは言えず、農業の知識レベルも高くはありません。良かれと思って農薬を使い過ぎ、作物の安全性や周辺環境に影響を及ぼす恐れもありました。
「午後の紅茶」の品質を保ち、現地農園の持続可能性を高めるためにはどうしたらいいのか? 模索のすえ、国際的な農園認証制度「レインフォレスト・アライアンス」取得に向けた教育支援を2013年にスタートしました。
具体的には農薬や肥料を減らして品質の高い茶葉を収穫する方法であったり、地滑りや豪雨など現地の災害対策、周辺の野生動物と共存する保護活動などについてトレーニングを行っております。
現在、弊社の支援によって、94の大農園と120の小農園が認証を取得済みで、2025年末までには1万以上の小農園をサポートする見込みですね。現地農業と経済の活性化かつ「午後の紅茶」の安定供給に繋がるwin-winの取り組みだと考えています。
もちろん、CSVとひと口にいっても文脈のない取り組みでは、CSVウオッシュ(見せかけだけのCSV)になってしまいます。キリンとしては、やはりそのブランドらしさを大切にしたいんです。スリランカ支援のように、お客様が『午後の紅茶』と結び付けやすい、ストーリーとして伝わる活動を続けていきたいと思いますね。
商品開発はあくまで一部。ブランドの経営をしてこそマーケティング
わたしは転職組なんです。社内でも珍しいと思いますが、以前は外資の食品メーカーにいました。キリンの面談でよく覚えているのは「うちに入ったら何を担当したい?」と聞かれたこと。『午後の紅茶』と答えたものの、内心はムリだと思っていましたね(笑)。プロパーでもない人間に会社を代表するブランドを任せてくれるはずはないだろうなと。
配属が決まった時は嬉しくてありがたくて、一方で、すごい決断をする会社だなと思いました。その覚悟に応えなきゃいけないという責任も感じつつ、入社した前後はキリンが変わろうとしていた端境期(はざかいき)でもあり。
極端にいえば、マーケティングは商品開発が中心のカルチャーだったのが、「商品開発はあくまで一部。ブランドを経営してこそマーケティング」の方向に変化していた時期だったんです。
上司からはこれまでのキリンのやり方にとらわれず「新しいことにどんどんトライして」とアドバイスがありました。それこそが自分が採用となった理由だとも思うので、非常に自由に、いろいろなことに取り組んできました。
プロパーではない自分ですが、『午後の紅茶』には思い入れがあります。中高生の頃、部活帰りに実は禁止行為(!)でしたがコンビニに立ち寄って、『午後の紅茶』を買って飲むのが楽しみで。いってみれば、青春とともにあったブランドだったんですね(笑)。そんなブランドの担当であることに今でもワクワクしていますし、実際、仕事をとても楽しんでいます。
「好きなブランド」上位に挙がった”午後ティー”のビジョン
『午後の紅茶』は消費者が選ぶ「清涼飲料水で好きなブランド2位」を取っています。売上で2位というわけではないのですが嬉しかったですね。「好意」ってブランドにとって大切なことなので。お店に入って飲み物を衝動買いするシチュエーションを想像してください。特に商品を決めていない、でも、何か飲もうかな、そんな時に「好きなブランド」というのは購入につながりやすいと思うんです。
『午後の紅茶』のターゲットは老若男女問わずで、あえて絞り込むことはしていません。実際には10代で初めて飲むお客様が圧倒的に多く、その後は飲んだり飲まなかったりの時代もあるかもしれません。ですが、人生を振り返った時に「ああ、『午後の紅茶』ってなんだかずっと好きだったな」と思ってもらえるブランドでいたい。本当にそう思っています。
『午後の紅茶』のブランドビジョンは「日本で一番多くのお客樣のずーっと大好きな飲み物になる」、ブランドパーパスは「お客様に幸せなときめきを届ける」こと。紅茶市場自体はまだ清涼飲料水の5%足らずです。これからも、ここをさらに広げていく、紅茶を飲んでくださるお客様を増やしていきたいですね。