物理学者は近似が好き

“超”理系がゼロから投資はじめてみた/ 澤田 涼マツオカヨウスケ

「ギャンブラーの誤謬」を読む

明らかに本が取れない本棚の高さ

オシャレ本屋さんって、たまに明らかに本が取れない高さの本棚があったりしませんか?

先日オシャレ本屋さんに立ち寄ったときのことです。研究者ではない友人に、この話題を振られたのですが、“職業グセ”の強い僕の耳ではどうしても違って聞こえまして。

「身長170センチの人が、明らかに本を取れない本棚の高さはいくつか?」

面白そうな問題ですよね。これを求める方法は、(肩までの高さ)+(腕の長さ)でおおよそ出るはずです。

多くの人がざっくり7頭身くらいなので、(肩までの高さ)は身長の6/7。そして両腕を横に伸ばした長さが身長くらいなので、胴を除けば(腕の長さ)はざっくり身長の1/3。

2つを足すと、すごくおおざっぱに「身長の1.2倍」くらいまでは腕を伸ばすと届く高さになるわけです。

身長170センチの人で、およそ2メートル。これは思いの外よく解けたのでは……?

物理学者特有の「物事を理解するための、ざっくりした近似」をたくさん挟みつつも、上手く解けた気がする! というわけで、嬉々として友人にこの一部始終を説明すると

『問題より答えより、研究者やなぁの感想が勝るわ』と。

ただ、物理学者の「近似グセ」には理由があるんです。そもそも、物理学というのは、「アイザック・ニュートンが、世界を理想的に近似して表現することで生まれた学問」でありまして、「物理学」=「近似の世界」なんです実は。なので、物理学の上手さというのは、近似の上手さでもあったりするんです。

というわけで、僕のなかではこの自由研究でも、「“物理学者らしい自由研究”というのは、“近似と理想化の上手い自由研究”である」という密かな美学があったりします。

上がり調子(トレンド)を知る指標

さて、少しお待たせしてしまいました。今回の株の自由研究は、過去の自由研究に残していた“宿題”へのチャレンジをしてみたいと思います。

“宿題”というのはなんなの? を説明しますと、実は以前に調べた2つの指標の「ボリンジャーバンド(第2回)」と「RSI(第4回)」は、共通して「中長期的には、株価の変化が横ばいである」という仮定の上で組み立てられていました。

これ言い換えると、「株価が中長期的に上がり調子/下り調子の場合、これら2つの指標での株価予測は、精度が悪いかもしれない」ということなんです。

つまり、「株価が中長期的に上がり調子/下り調子の場合」を調べる手段をまだ持っていない……そして長い目での資産形成を考える人にとっても「中長期的に上がり調子が続くこと」を予測できることは大切ですよね。

というわけで、今回の株の自由研究は「中長期的な上がり調子(トレンド)を知る指標を組み立てたい」というお話です。

余談ですが、やっぱり自分の手で指標をゼロから組み立てると、こういった特徴を正しく把握できて面白いですね。資産形成よりも“株価予測の自由研究”が先立つ僕にとってはこういう部分がワクワクしちゃいます。へへ。

「平均比較法」

中長期的な上がり調子(トレンド)を見るだけなら、いわゆる株価の値動きを見て、目分量で「なんとなく」右肩上がりというだけで十分です。

けれど「なんとなく」の目分量では、未来の予測はできません。なんとか「数学的(定量的)」にこの上がり調子の度合を評価したい、これが今回の目標になるわけです。

ここで一番厄介なのが、株価は日々ギザギザと細かく変化してしまうところです。

例えば、「今日」と「昨日」の株価を比較するだけでは、来週・再来週の株価がいくらかなんてなにも分かりません。大局的な動きを見るにはある程度細かいギザギザ変化を無視しながら、上手く変化を追わないといけない……。

これを解決するひとつの方法が、「今日」と「過去数日間の平均」の株価を比較することです(この記事では、以降これを「平均比較法」と呼びたいと思います)。

「夏の毎日の最高気温の変化」を例に考えると、「おととい:31℃→昨日:34℃→今日:33℃」だけの情報では、「明日以降、最高気温がさらに高くなるかどうか」の予測は正直難しいです……。

けれども「過去5日間の平均:28℃→今日33℃」と聞くと、「最高気温が伸びている、きっと明日以降はまだまだ最高気温が上がるかも?」と予測できるわけです。もちろんあくまで予測です。けれど、未来の予測に“根拠”が生まれてきますよね。

そしてこの「平均比較法」というアイデア、株式投資に詳しい方ならお気付きかもですが、実は「今日の終値」と「●日移動平均線」を比較しているのと同じです。ただ原理から組み立てると、この比較から何が見えてくるのか、感覚が掴めてきますよね。

中長期的なトレンド予測

さてこの「平均比較法」という手段、原理が分かってしまえば、「どんな値でも変化の度合(トレンド)を“大まかに”掴むことができる優れモノ」だというのが見えてきます。

そこで次は、この平均比較法を応用して、実際の株価で『もっと中長期的な「ここ1ヵ月のトレンド」』を予測してみます。

今回は分かりやすいテストのため、最近(※原稿執筆時)上り調子が目でも確認できる「 商船三井 」の株価変化率で調べてみたいと思います。

さて、単純なアイデアだと「今日」と「過去25日平均」となるわけですが、この場合すこし精度に心配が残ります。というのも、夏の気温を想像しても、今月の平均と今日を比較してどれだけ明日のことが予測できるか……。

そこで、例えば「今週の平均(過去5日)」と「今月の平均(過去25日)」とするとどうでしょう。夏の気温を想像しても、今月の平均と今週の平均の比較なら、「来週の平均」はある程度確かに読み取れそうですよね。

というわけで、このアイデアを実際の株価で確認してみます。「商船三井の株価推移」に、「過去5日平均」と「過去25日平均」の平均を添えた図が下の通りです(7/2−9/6の商船三井の株価データを参照)。
このアイデアの結果はこの通り。うん、悪くない! 当然、近似精度の“大雑把さ”はありますが、確かに原理どおり「上昇/下降のトレンドを“大まかに”掴むことができる」様子です。

補充ノート:このモデルの確認と株式用語

そしてこのアイデアも、株式投資に詳しい方ならご察しの通り、「5日移動平均線」と「25日移動平均線」の比較と同じものであります。

夏の気温の例を思い出してみると、「5日平均」が「25日平均」よりも高くなるとき、上昇トレンドが見えてくるわけでして、これを株の世界で「ゴールデンクロス」と呼んでいるんです。

仕組みは単純ですが、原理から掴めると「ゴールデンクロスって何を、どのくらいの精度で、見ているのか」が分かってきて面白いですよね。

そして「何日移動平均線」と「何日移動平均線」を比較したらどんな期間の予測ができるか、感覚が掴めてくるはずです。

すこし口うるさい補足にはなりますが、今いちど夏の気温を想像しても、

「今週の平均」と「今日」の比較⇒「明日・明後日」は大まかに予測できるけど、それより先は分からない。
「今月の平均」と「今週の平均」の比較⇒「来週の平均」は大まかに予測できるけど、明日・明後日の細かいことは分からない。

というのが感覚として掴めてきます! 株の世界では『「何日平均」と「何日平均」を比較したゴールデンクロスが便利だ』とか、いろんな“方法論”だけが独り歩きしているのを見かけます。

ただ、原理が分かれば、自分にとっていちばんベストな「僕の考える最強のゴールデンクロス」を探せそうですよね!

今回は、商船三井の株を10000円分買いました。物理学者としては、この「平均比較法」をさらに応用して、真に驚くべき面白いアイデアを思いつきましたが、この余白はそれを書くには狭すぎるので、また次回へと。

ひとつのアイデアで話が説明できるというのは気持ちよくって喜んでいます。へへ。次もよろしくお願いいたします。