Q. ラクスルが段ボール事業とSaaSに注力する理由は?

フロッギー版 決算が読めるようになるノート/ シバタ ナオキ

カエル先生の一言

シバタナオキさんによる「決算が読めるようになるノート」のフロッギー版第14回。今回取り上げるのは、ネット印刷が主力のラクスルです。業績絶好調の同社にて注目を集めたのが、段ボール会社の完全子会社化でした。さらに同社は今後3つのSaaSに注力するとしています。ラクスルの展望を深掘りします。

2022年7月期第1四半期決算説明会資料(2021年12月9日)

※以下の解説で使用したスライドは、ラクスル株式会社2022年7月期 第1四半期 決算説明会資料より引用しています。

※同社は、2022年2月1日に2022年7月期通期連結業績予想を発表しています。

ヒント:
ラクスルは、売上総利益が企業価値に直結する指標と考えています。

先日、ラクスルの2022年7月期1Q(2021年8−10月)の決算が発表されました。ラクスルは2018年に東証マザーズ上場以来、売上は右肩上がりに成長を続けており、今期も好調に推移しています。

ラクスルは、「EC/マーケットプレイス+SaaS」のビジネスモデルを持つ企業で、主力ネット印刷事業(ラクスル事業)に加え、新規事業である物流のシェアリングプラットフォームのハコベル事業や、テレビCM・動画の広告プラットフォームのノバセル事業の成長も顕著です。

SaaS(サース/サーズ):Software as a Service(サービスとしてのソフトウェア)の略

また、これらの新規事業に関連して、ラクスルは今後3つのSaaSビジネスに注力する方針を掲げており、今回の決算発表の注目ポイントである「ダンボールワンの完全子会社化」と併せて、更なる成長が期待されています。

この記事では、ラクスルが3つのSaaSビジネスに注力する理由と、話題となっているダンボールワンの完全子会社化がなぜ注目されているのかを解説します。

ラクスルの決算概況(2021年8−10月)

ラクスル決算説明会資料より

ラクスルの2021年8−10月の3ヵ月間の売上は70.1億円(YoY+30.4%)で、通期業績見込みに対する進捗率は21.1%と、好調に推移しています。

YoY:前年比。year over yearの略

一方で、2021年8-10月の営業利益は4800万円(YoY▲69.9%)と、前年同期から大きくマイナスとなりました。これは、広告宣伝費を中心とした顧客数の増加や認知度向上に向けた積極的投資によるものです。

ラクスル決算説明会資料より

次に、事業別の売上は以下の通りで、すべての事業が前年同期比で大きく成長しています。特に、ノバセル事業がYoY+123.2%と急成長しているため、上図のように全体の売上構成比が変化しており、ハコベル事業と併せてラクスル事業に次ぐ収益の柱となりつつあります。

●2021年8-10月のラクスルの事業別売上
(1)ラクスル事業:印刷ECサービスや集客支援のシェアリングプラットフォーム
売上54.6億円(YoY+23.3%)
(2)ノバセル事業:テレビCM・動画の運用型広告プラットフォーム
売上7.2億円(YoY+123.2%)
(3)ハコベル事業:物流のシェアリングプラットフォーム
売上7.4億円(YoY+34.1%)

急成長しているノバセル事業のKPI

急成長中のノバセル事業のKPIは以下の通りで、全てのKPIが好調に推移しています。特に、月平均単価の成長がYoY+72.1%と、驚異的な数字になっています。

KPI:重要業績評価指標。Key Performance Indicatorの略

ラクスル決算説明会資料より

●ノバセル事業のKPI
・2020年11月〜2021年10月の年間利用者数:180社(YoY+29.5%)
・平均放映月数:2.16ヵ月(YoY+13.5%)
・月平均単価:1950万円(YoY+72.1%)

また、機動力が高く、柔軟な事業運営の体制構築を目的に、ラクスルは2022年2月にノバセル事業を分社化することを発表しました。代表にはラクスルCMOの田部正樹氏が就任する予定で、今後の更なる成長が期待されます。

CMO:Chief Marketing Officerの略。最高マーケティング責任者

今回の決算の注目ポイント:ダンボールワンの完全子会社化

ラクスル決算説明会資料より

今回(2022年7月期1Q)の決算の注目ポイントは、冒頭でも記載した通り、「ダンボールワンの完全子会社化」です。

ラクスルは、2020年11月末からダンボールワンの株式49%を保有していましたが、2022年2月に追加取得を行い、完全子会社化することを発表しました。

ラクスル決算説明会資料より

国内の段ボール市場は約1.8兆円、そのうち国内段ボールECの市場規模は約85億円と推計されています。EC市場が全体に占める割合は1%未満ですが、ダンボールワンはこの市場の50%超のシェアを占めています。

また、2021年7月の経済産業省の調査(https://www.meti.go.jp/press/2021/07/20210730010/20210730010.html)によると、BtoCの物販系分野のEC市場規模は2013年から成長し続けています。段ボールEC市場はこの成長の恩恵を受ける市場で、CAGRは+30%程度と推計されていることから、今後の市場規模拡大が見込まれる市場です。

CAGR:年平均成長率。Compound Annual Growth Rateの略

ラクスル決算説明会資料より

ダンボールワンは、国内シェアNo.1の段ボール・梱包材専門の通販EC事業で、ラクスル事業とビジネスモデルが類似していることが特徴です。

そのため、前述した追い風の市場環境に加え、ダンボールワンの完全子会社化後に、ラクスル事業のノウハウを活かしたPMIに注力することで、今後のダンボールワンの成長が期待されます。

PMI:M&A後の統合プロセス。Post Merger Integrationの略

ここまで、ラクスルの2021年8−10月の好調な決算内容と、特に急成長しているノバセル事業について整理し、今回の決算の注目ポイントであるダンボールワンの完全子会社化について紹介しました。

記事の後半では、ダンボールワンの完全子会社化に注目する理由を決算内容から深掘し、ラクスルが3つのSaaS事業に注力する理由をまとめています。

Q. 業績絶好調のラクスル、注目のダンボール事業と3つのSaaSに注力する理由とは? の答え

A.
2022年2月のダンボールワンの完全子会社化により、連結決算によるラクスルの売上は約20%増加する。また、ラクスルの企業価値の源泉の1つに売上総利益があり、SaaSビジネスは売上総利益率が高いことから、SaaSビジネスを成長させることが、ラクスルの企業価値向上に直結すると考えられる。

ダンボールワンの業績

ラクスル決算説明会資料より

ダンボールワンの2021年7月期の年間売上は50.15億円(YoY+50%)です。売上総利益と共に、過去3年間の売上は、CAGR+50%で急成長しています。

また、2021年7月期からテレビCM等の顧客獲得を目的とした投資を行ったことで、2021年7月期の年間営業利益は▲8.54億円で、2021年8−10月の3ヵ月間の営業利益は▲1.10億円と、赤字が続いています。

ダンボールワン連結後のラクスルの2021年8−10月の連結決算(試算)

上図は、2021年8−10月時点で、ダンボールワンの完全子会社化による連結決算内容を試算したものです(上図は単純な試算のため、内部取引や完全子会社に伴うのれん償却費等を加味しておらず、完全子会社化前の2021年8−10月時点の決算内容をもとにしています)。

連結決算とラクスル単体の決算を比較すると、売上は+19.6%、売上総利益は+21.2%増加する計算となります。また、連結決算の年間売上は単純計算で83.82億円×4=335.28億円です。

また、完全子会社後のダンボールワンの業績はラクスル事業の一部として開示予定のため、連結によるラクスル事業の売上は、2021年8−10月の3ヵ月間で54.61億円+13.75億円=68.36億円、年に換算すると、68.36億円×4=273.44億円と推計されます。

そのため、ダンボールワンの完全子会社化後のラクスル事業は、業界大手のプリントパック(2021年4月期の売上297億円)やグラフィック(2020年の売上243億円)と並ぶ、国内最大規模の印刷・パッケージ材のEC事業者となります。

ラクスルがSaaSビジネスに注力する理由

ラクスル決算説明会資料より

ラクスルは上場時から、「売上総利益」を企業価値の源泉と捉えています。これは、ラクスル事業がマッチングビジネスのため、取扱高(=ラクスル事業の売上)よりも、手数料収益を計上した売上総利益がより重要な指標だからでしょう。

また、今後の成長が見込まれるラクスルのSaaSビジネスは、マッチングビジネスと比較して売上が小さい一方、売上総利益は大きい(=売上総利益率が高い)という特徴があるため、売上よりも適切な指標である売上総利益が、より企業価値に直結する指標となります。

次章から、ラクスルが注力している3つのSaaSビジネスを紹介します。

ラクスルの3つのSaaSビジネス

●ラクスルの3つのSaaSビジネス
(1)ノバセルアナリティクス
(2)ハコベルコネクト
(3)ジョーシス

ラクスルホームページより

1つ目の「ノバセルアナリティクス」とは、テレビCMのCV数やCPA等の効果を、番組別・クリエイティブ別にリアルタイムで可視化することで、テレビCMの広告効果を最大化する分析ツールです。

CV:コンバージョン。成果のこと
CPA:顧客獲得単価。Cost Per Actionの略

2021年8−10月時点で、ノバセルアナリティクスの累計導入社数は無償利用を含めて149社です。2020年11月〜2021年10月のノバセル事業全体の年間利用社数が180社であることから、多くの顧客がノバセルアナリティクスを利用していると思われます。

ラクスルホームページより

2つ目の「ハコベルコネクト」とは、荷主や運送会社向けに、案件情報などの運送業務に関する様々な情報を、オンライン上で一括管理できるサービスです。

多くの運送会社はドライバー不足のため、案件を受注しても自社のトラックだけでは配車できず、各運送会社間の協力が不可欠な状況です。ただ、各運送会社間の連絡は電話やFAX等のアナログな手段が多く、情報管理や情報伝達に課題があります。

そこで、ハコベルコネクトは、荷主や運送会社などの運送に関係する企業をオンラインで繋ぐことで、運送業務に関する情報の一元管理や、各運送会社の配車キャパシティの可視化等で情報管理や情報伝達をサポートしています。

ラクスルホームページより

3つ目の「ジョーシス」とは、情報システム部門向けに、ITデバイスやSaaSの統合管理クラウドで、従業員の入退社に応じたITデバイスの調達・返却やSaaSアカウントの管理等が可能です。

テレワークを中心とした新しい働き方やSaaSの普及等により、企業のITインフラを管理する情報システム部門の業務負担が増加しています。そこで、ジョーシスでは、従来のアナログ管理を自動化することで、業務効率の改善や管理コスト削減、セキュリティ向上をサポートしています。

これほど多くのプロダクトを開発できる理由:海外の開発拠点

ラクスル決算説明会資料より

ここまで、ラクスルが注力する3つのSaaSを見てきましたが、これだけ多くのプロダクトを開発できる理由の1つとして、「海外の開発拠点」が挙げられます。

ラクスルは、開発体制の強化を目的に、2020年6月にベトナム、2020年10月にインドに開発拠点を設立しました。前述したジョーシスは、ほぼインドの開発拠点で開発しているとのことです。

まとめ

ここまで、業績絶好調のラクスルについて、記事の前半では2021年8−10月の決算情報と急成長しているノバセル事業について整理し、後半では今回の決算の注目ポイントであるダンボールワンの完全子会社化と、ラクスルがSaaSビジネスに注力する理由について整理しました。

・2021年8−10月の売上は70.1億円(YoY+30.4%)、特にノバセル事業がYoY+123.2%で業績成長を牽引している
・ノバセル事業のKPIはいずれも好調に推移しており、特に月平均単価がYoY+72.1%と、驚異的な成長を遂げている
・国内シェアNo.1の段ボール・梱包材専門の通販EC事業を運営するダンボールワンを、2022年2月に完全子会社化予定で、ラクスルの連結の売上は+20%増加する見込み
・ラクスルは売上総利益を企業価値の源泉の1つと捉えており、売上総利益率の高いSaaS事業に注力することで、企業価値向上に繋げる方針

これまで整理してきたように、ラクスルの事業は、既存のビジネス慣習や業界構造を、インターネットを活用することで変革するビジネスを展開しており、どの事業も業績は好調に推移しています。

今回ご紹介した3つのSaaSビジネスに加え、ダンボールワンの完全子会社化により、ラクスルがグループとして、どのような成長を遂げるのか、引き続き注目していきたいと思います。

ラクスル