Q.ユーザベースの4つのSaaS事業が全て優秀である理由とは?

フロッギー版 決算が読めるようになるノート/ シバタ ナオキ

カエル先生の一言

シバタナオキさんによる「決算が読めるようになるノート」のフロッギー版第15回。今回取り上げるのは、NewsPicksなどを運営するユーザベースです。他社の事例を参考にしながら同社の展開する4つのSaaS事業が優秀な理由を深掘りします。

株式会社ユーザベース 2021年12月期通期決算説明資料(2022年2月9日)
株式会社ユーザベース 2021年12月期第3四半期決算説明資料(2021年11月4日)
株式会社マネーフォワード 2021年11月期 通期決算説明資料(2022年1月14日)
Sansan株式会社 2022年5月期 第2四半期 決算説明資料(2022年1月13日)
株式会社ラクス サステナビリティレポート

※以下の解説で使用したスライドは、株式会社ユーザベース、株式会社マネーフォワード 、Sansan株式会社決算説明資料、株式会社ラクス サステナビリティレポートより引用しています。

ヒント:以下2点により効率的に競合優位性を築けているため。
理由1:●●を共同活用し、競争優位性を実現
理由2:●●の体制を統一し、コストを効率化

2022年2月9日、株式会社ユーザベースが2021年12月期の第4四半期決算を発表しました。

ユーザベースは、ソーシャル経済メディアの「NewsPicks」が一般的に認知されていると思いますが、元々は企業データなどを扱う「SPEEDA」を祖業としており、直近ではその他にも複数のSaaS事業を行っています。

SaaS(サース/サーズ):Software as a Service(サービスとしてのソフトウェア)の略

そして、それらのSaaS事業は情報やコンテンツを取り扱う強みが存分に活かされており、指標面で見ても非常に「優秀」です(何をもって優秀と言っているかは後述します)。

今回は、ユーザベースの2021年第4四半期の決算資料を基に、4つのSaaS事業が「優秀」である理由に迫っていきたいと思います。

ユーザーベースの事業内容おさらい

ユーザベース2021年12月期通期決算説明資料より

まずは、ユーザベースの事業内容を簡単におさらいしていきます。

ユーザベースの事業セグメントは、前四半期のFY2021Q3(2021年第3四半期)までは経済情報プラットフォームの「SPEEDA事業」、顧客分析プラットフォームなどの「その他B2B事業」、ソーシャル経済メディアプラットフォームの「NewsPicks事業」の3つに分かれていました。

FY:financial yearの頭文字。会計年度
Q:quarter。四半期
B2B:BtoBと同義。BtoBとは「Business to Business」のことで、企業間の取引関係をさす。一般消費者と直接ビジネスを行うのではなく、あくまで別の企業と商取引を行うこと

そのセグメントが、今期(FY2021Q4)から「SaaS事業」と「NewsPicks事業」の2つに再編され、以下のように整理されています。

SaaS事業
・SPEEDA:企業、業界、市場データなどの経済プラットフォーム
・FORCAS:B2B事業向け顧客戦略プラットフォーム
・INITIAL:スタートアップ情報プラットフォーム
・AlphaDrive:法人向けコンサルティング及びユーザベースのSaaSサービス導入支援
・NewsPicks Enterprise:組織学習プラットフォーム
・NewsPicks Learning:動画学習プラットフォーム

NewsPicks事業
・NewsPicks:ソーシャル経済メディアプラットフォーム

ユーザベースFY2021業績

ユーザベース2021年12月期通期決算説明資料より

次に、FY2021の通期業績を見ていきましょう。
連結の業績と今期再編されたセグメントごとの業績と売上比率は以下のようになります。

著者シバタナオキ氏作成

連結売上ではYoY(前年同期比)+25%増加し、そのうちSaaS事業はYoY+32%と全体の成長を牽引しました。

そのため、FY2020(前期)のセグメントごとの売上比率が現SaaS事業(当時のSPEEDA事業+その他B2B事業)が54%、NewsPicks事業が46%とほぼ半々であったのに対し、FY2021の売上比率はSaaS事業が62%、NewsPicks事業の内訳が38%とSaaS事業が比率を高めています。

このようにSaaS事業により注目が集まった決算であり、今後SaaS事業へ注力していく方針が見て取れる決算であったと言えます。

NewsPicks事業の業績

ユーザベース2021年12月期通期決算説明資料より

続いて各事業の四半期の業績を詳しく見ていきます。まずはNewsPicks事業の進捗から確認していきましょう。

FY2021Q4のNewsPicks事業は、ARR(年間経常収益)が25.8億円、YoY+3%となっています。コロナ禍のFY2020Q2にユーザー数が増加した影響で一時ARRが26.0億円、YoY+44%も急増したものの、その後は成長がほぼ横ばいとなっており、直近ではFY2020Q2時のARRを超えることができていません。

ユーザベース2021年12月期通期決算説明資料より

FY2021Q4のEBITDAは▲0.1億円となっており、前年同期のEBITDA1.7億円から減少し赤字となっています。EBITDA率で見ると、FY2021全体では8%、FY21Q4では▲0.9%と、人的投資としてエンジニア数を増加させていることでコストがかさんでいるとはいえ、苦しい状況が続いています。

EBITDA:指標税引前利益に支払利息、減価償却費を加えて算出される利益を指し、「営業利益+減価償却費」で算出。グローバル企業の業績や多国間、同業他社間の業績を比較・分析する際に用いられる。EBITDAから企業の収益力(本業でもうける力)が分かる

SaaS事業の業績

ユーザベース2021年12月期通期決算説明資料より

次にSaaS事業の業績を確認していきます。

ユーザベース2021年12月期通期決算説明資料より

収益の柱であるSPEEDAのARRはYoY+21%と堅調に成長しています。

FORCAS、AD/NP、INITIALといった比較的新しい事業もYoY+40%以上の急成長をみせており、SaaS事業全体でARRが98.2億円、YoY+29%を記録しています。

著者シバタナオキ作成

ユーザベースは各SaaSごとのEBITDAを公開している珍しい企業であり、上記の表は各SaaS事業を40%ルールに当てはめたデータです。

カエル先生の一言

SaaS企業の決算スライドを見るときの基準として使ってほしいのが「40%ルール」です。
・売上高の前年比(YoY)成長率
・営業利益率
この2つの合計が40%を超えていれば許容範囲とするのが、シリコンバレーの投資家の間での一般的な考え方です。
「3分でわかる・会社の価値の読み取りかた」より

FORCASは31%と、40%ルール未達となっているものの、その他SaaSプロダクトは40%を大きく超えており、SaaS事業全体としても48%と、40%ルールをクリアしています。うまく売上の成長とEBITDAのバランスが取れており、SaaS事業が好調であることがわかります。

ここまで、セグメントが再編されたユーザベースの事業内容について確認し、FY2021通期の業績と、FY2021Q4の業績について見ていきました。経済メディアプラットフォームであるNewsPicks事業は成長が鈍化し赤字となっていますが、SaaS事業はどのプロダクトも着実に成長し、40%ルールに当てはめても利益とのバランスが適切であることがわかりました。

記事の後半では、SaaS事業が好調である要因について深掘り、分析していきます。

Q.ユーザベースの4つのSaaS事業が全て優秀である理由とは? の答え

A.以下2点により効率的に競合優位性を築けているため。
理由1:グループ内で経済情報を共同活用し、競争優位性を実現
理由2:開発、デザイン、データ・コンテンツ作成の体制を統一し、コストを効率化

それぞれの理由について解説していきましょう。

理由1:グループ内で経済情報を共同活用し、競争優位性を実現

ユーザベース2021年12月期通期決算説明資料より

まず1つ目の要因として、ユーザベースの強みであるデータ・コンテンツ・ナレッジの3つからなる経済情報システムのグループ内活用が挙げられます。

経済情報システム1:データ
国内外の企業データの保有数に加え、トップデータサプライヤーとの長期的なパートナーシップ、独自データの長期的な蓄積などがユーザベース独自の強みの1つとなっています。

経済情報システム2:コンテンツ
ニュース、記事、レポート、動画など多彩なコンテンツがあることに加え、それらのクオリティの高いコンテンツを持続的に生み出すことができる人員体制を有しています。

経済情報システム3:ナレッジ
各分野の専門家であるNewsPicksプロピッカーが200人以上関わっており、知見を共有できるコミュニティとしての価値を有しています。また、国内外のエキスパートとのネットワークを1万人規模で繋がることで、多種多様な知見を得ることができる素地を構築しています。

ユーザベース2021年12月期通期決算説明資料より

これらの経済情報システムを活かすことができる領域にSaaS事業を展開することで、高い競争優位性を実現しています。

経済情報のデータ収集には手間と時間がかかるので、事業の参入障壁も高く、独自のポジションを取りやすいと考えられます。また、NewsPick事業単体では成長が鈍化傾向にあり収益性も低下していますが、このようにSaaS事業に間接的に貢献できているため、NewsPicksの存在意義は大きいと言えるでしょう。

理由2:開発、デザイン、データ・コンテンツ作成等の体制を統一し、コストを効率化

ユーザベース2021年12月期第3四半期決算説明資料より

SaaS事業が優秀である2つ目の理由は、コンテンツ等の制作体制の統一化によるコスト効率化です。

上のグラフは、FY2021Q3の決算説明資料を抜粋したもので、「Product&Content(プロダクト開発に係る費用の合計)比率」と「Sales&Marketing(営業、マーケティング費用)比率」という売上に対するコストの比率の推移を表しています。

コロナ禍以前との営業・マーケティング費用を比較分析したことがありますが、対売上比率で40%を超える企業も複数あり、50%を超える企業もありました。

他の企業がそのような割合の営業費用を掛ける中で、ユーザベースはSales&Marketing費用が20%前後で推移しており、低く抑えられていると言えます。また、Product&Content費用も40%程度から30%を下回るよう抑えられてきています。

これらのデータから、より高い成長率とコスト効率のバランスをとることができていると考えられます。

おまけ:複数SaaSを保持することで生まれるシナジー効果

ここまで紹介してきたユーザベースのSaaS事業が好調である2つの要因は、複数のSaaSを保持するユーザベース独自の強みであると考えられますが、複数のSaaSを保持することで生まれるシナジー効果には他にも以下の3つがあると考えられます。

1.既存顧客へのクロスセル
2.既存SaaSで活用している技術を新規SaaSに転用
3.黒字フェーズSaaSで得た利益を赤字投資フェーズSaaSに積極投資
クロスセル:他の商品などを併せて購入してもらうこと

他社の事例も踏まえながらそれぞれ解説していきます。

1.既存顧客へのクロスセル

ユーザベース2021年12月期通期決算説明資料より

複数SaaSを保持する企業は、既存のSaaSで得た顧客に対するクロスセルを行うことが多く、ユーザベースもSPEEDAの顧客に対してクロスセルを計画しています。

SPEEDAの顧客(もしくは想定顧客)である事業会社に対しては全てのプロダクト、金融機関やコンサルティングファームにはSPEEDA EXPERT RESEARCHとINITIALのプロダクトが、クロスセルのポテンシャルがあると考えています。

マネーフォワード決算説明資料より

他社事例としては、Fintech企業である「 マネーフォワード 」の取り組みが参考になります。

個人の家計簿や資産管理サービスを提供する「HOMEドメイン」の確定申告のニーズがあるユーザーを「Businessドメイン」へ送客し、「Businessドメイン」で資金繰り、資金調達のニーズがあるユーザーを「Financeドメイン」に送客するなどしています。マネーフォワードが提供するサービス内でお金に関する様々なニーズが解決できる仕組みになっています。

2.既存SaaSで活用している技術を他SaaSに転用

Sansan決算説明資料より

2つ目のシナジーは他のSaaS事業への技術の転用です。

Sansan 」は名刺管理プラットフォームを提供している企業で、法人向けにサービスを提供しています。その法人向けサービスで培った名刺データ化のテクノロジーを、個人用SNSとして転用したのが「Eight」というサービスになります。この技術転用の成功により、「Eight」は国内SNSで最大級のアクティブユーザー数を誇るプラットフォームに成長しています。

3.黒字フェーズSaaSで得た利益を赤字投資フェーズSaaSに積極投資

ラクス「サステナビリティレポート」より

最後3つ目のシナジー効果は、黒字SaaS事業の利益を投資フェーズのSaaS事業に投下するというものです。

経費精算プラットフォームやメール配信プラットフォームを提供する「 ラクス 」は、新サービス開発期、高成長期、成熟期の段階別にSaaSを管理し投資戦略を決定しており、高成長期に売上高を増加させ、成熟期に得たサービスの利益を新サービス開発期のSaaSに投資することで高成長率を維持してきました。

ラクスは当初メール配信サービスからスタートした企業ですが、上記のようなシナジー効果を生む投資サイクルによって、販売管理システム、経費精算システムなどプロダクトを増やしていき、今では6つ以上のクラウドサービスを展開しています。

まとめ

今回は、セグメント区分を「NewsPicks事業」と「SaaS事業」に再編したユーザベースのFY2021Q4決算を分析していき、好調なSaaS事業の要因と、複数のSaaSを有する強みについて解説していきました。以下にポイントをまとめます。

SaaS事業が優秀である要因
1:企業や業界のデータ、経済ニュースなどのコンテンツ、専門家のナレッジなど、企業全体としての経済情報を共有することで競争優位性を実現している
2:デザインやコンテンツ制作の体制を統一化し、開発コストを削減、営業マーケティングコストを一定比率に維持し、コスト効率化を図っている

ユーザベースと言えば経済メディアであるNewsPicksがイメージとしてまず浮かぶと思いますが、これから注力していく分野は好調なSaaS事業であるということが決算書から見て取れました。

NewsPicksのような情報やコンテンツを扱う事業の強みを活かした経営戦略が取られており、その戦略性とシナジー効果によって優秀なSaaS事業を生み出していると考えられます。

今後もユーザベースのSaaS事業が順調に成長していくのか、注目していきたいです。

ユーザベース