シバタナオキさんによる「決算が読めるようになるノート」のフロッギー版第17回。今回取り上げるのは、ビジネスチャットツールを運営するChatworkです。国内主要SaaS企業の中でも驚異的な成長を遂げる同社の強みと今後の成長戦略を深掘りします。
Chatwork株式会社2021年12月期 本決算説明資料(2022年2月10日)
※以下の解説で使用したスライドは、Chatwork株式会社2021年12月期 本決算説明資料より引用しています。
本日は、ビジネスチャットツール『Chatwork』のARPUを急成長させた新しい収益源を解説します。
Chatworkは2000年7月に創業された企業で、2019年9月に東証マザーズ上場後、コロナ禍の追い風を受けて大きく成長したSaaS企業の1つです。読者の皆さんも社内外のコミュニケーションツールとして、一度は利用したことがあるのではないでしょうか?
そんなChatworkの2021年10−12月の売上成長率は、後述の通り国内主要SaaS企業と比較して最も高く、YoY+63%と驚異的な成長を遂げています。
この記事では、この驚異的な売上成長の理由を、ChatworkのKPIを分析しながら解説します。それに加え、Chatworkが実践している戦略として、米国を中心に非常に注目されているPLG戦略をご紹介します。
国内主要SaaS企業の売上成長率推移
上図の通り、国内の主要SaaS企業の2021年10−12月の四半期売上の前年同期比成長率を比較すると、ChatworkがYoY+63%で最も高く、2位の「 プレイド 」のYoY+46%を大きく引き離しています。
Chatworkと言えば、前述の通りコロナ禍でリモートワークが普及したことで大きく成長した企業の1つですが、なぜコロナ禍の始まりから2年弱が経過した2021年10−12月でも、YoY+63%の高い成長率を実現できたのでしょうか?
Chatworkの決算概要
ChatWorkの売上が急成長した理由を考察する前に、Chatworkの全体の決算内容を簡単に整理しましょう。
まず、2021年10−12月の四半期売上は10.6億円(YoY+63%)です。そのうち、中小企業向けのビジネスチャットツール『Chatwork』の売上は10.1億円(YoY+72%)で、大半の売上がChatworkセグメントで構成されていることが分かります。
次に、2021年10−12月の営業利益は、人件費や広告宣伝費といった先行投資が継続したことで▲3.5億円と赤字で着地しました。
Chatworkの売上増を因数分解すると?
それでは、Chatworkの売上急成長の理由を考察するために、まずはChatworkの売上を以下のように分解して考えます。
注:ここでは、簡略化のためにChatworkの月額収益のみに限定して記載しています。
それでは、課金ID数とARPUの推移を整理しましょう。
まず、2021年10−12月の課金ID数は54.9万件(YoY+19.8%)で、2021年7月に実施した無料プランの制限強化によって有料プランへのシフトが加速したことで、右肩上がりに成長しています。
次に、2021年10−12月のARPUは528.1円(YoY+28.9%)と、価格改定や料金プランの一本化により、大幅に成長しています。
このように、課金ID数とARPUは共に順調に成長していますが、それでも双方のKPIの成長率をかけ合わせると、+119.8% × +128.9% = +154.4%、つまり、YoY+54.4%となり、前述した全体の売上成長率であるYoY+63%には届きません。
このギャップが生まれている理由は何なのでしょうか。記事の後半では、その理由を深掘りして解説することに加えて、SaaS企業を中心に、新しい成長戦略として非常に注目されているPLG(Product-Led Growth)戦略を解説します。
Q.ChatworkのARPUを急成長させた新たな収益源とは? の答え
Chatworkの新たな収益源
Chatworkは、中期経営計画の戦略として以下の3つを掲げています。
(1)PLG(Product-Led Growth)戦略
(2)Horizontal×Vertical戦略
(3)DXソリューション戦略
そのうち、DXソリューション戦略とは、ChatworkをプラットフォームとしたDXソリューション事業の展開や、後述するスーパーアプリ構想に向けた周辺事業の拡張を進める戦略です。
具体的には、Chatworkのカスタマーサクセス部門によるDX相談窓口を設けることで、DXを推進したい顧客向けに、提携しているITサービス企業を紹介してフィー(紹介料)を獲得するDXソリューションサービスを展開しています。
Chatworkの競合サービスであるSlackは、エンジニア向けの機能の豊富さをウリとして、「比較的ITリテラシーの高い企業」をターゲットとしている一方で、ChatworkはシンプルなUIをウリとして、「ITリテラシーがそこまで高くない中小企業」をターゲットとしています。
そのため、Chatworkには「ITリテラシーが高くない顧客」との接点が既にあり、その顧客に対して、相談窓口を介して適切なDXサービスを紹介することで更なるマネタイズを実現しています。既存のターゲット層と合致しているうまい戦略と言えるでしょう。
提携しているサービスは、オンラインビデオ会議サービスのZoomやメール配信サービスのメールディーラー等があり、このDXソリューションを含む周辺サービスの売上は、2021年で1.7億円(YoY+39.8%)で右肩上がりに成長しています。
2021年のChatworkの全体の年間売上は33.7億円のため、周辺サービスの売上は全体の約5%(=1.7億円÷33.7億円)を占める収益となっています。
Chatwork利用料金のみのARPUとDXソリューション込みのARPU
前述したChatworkのARPUは、Chatworkの月額収益を課金ID数で除したものです。ここではChatworkの月額収益にDXソリューションを含む周辺サービスの売上を加えて、課金ID数で除した「DXソリューション込のARPU」を算出すると、以下のようになります。
・Chatwork利用料金のみのARPU:528円(YoY+28.8%)
・DXソリューション込みのARPU:614円(YoY+43.5%)
それぞれのARPUの四半期推移を見ると、いずれも右肩上がりに成長していますが、特にDXソリューション等の周辺サービスの売上を加えたARPUは、2021年7−9月から大きく成長しています。
このように、Chatworkを軸としたDXソリューション等の周辺サービスが成長したことでARPUが急成長。加えて課金ID数の成長も進んだ結果、2021年10−12月のChatworkの売上がYoY+63%と驚異的な成長を遂げた、ということが分かります。
ビジネス版スーパーアプリという未来像
Chatworkは以前から、長期的にビジネス版のスーパーアプリを目指しています。スーパーアプリとは、1つのアプリをプラットフォームとして、あらゆるサービスの起点となるアプリを指します。
例えば、決済サービスのPayPayもスーパーアプリを目指す戦略を掲げています。PayPayは積極投資を行うことで、「決済」というユーザーの生活基盤となる領域をおさえることに成功し、このユーザー接点を活かして、店頭決済から請求書払い、オンライン決済等の隣接領域へのサービス拡充を進めています。
同様に、Chatworkも「コミュニケーション」というビジネスの基盤となる領域を抑えています。その上でこのユーザー接点を活用して、前述したDXソリューションや資金調達等の様々なサービスとの連携を進めることで、ビジネス版のスーパーアプリを目指しています。
このようなChatworkの戦略は、競合サービスであるSlackにはない独自の戦略だと思いますので、今後の動向に注目です。
おまけ:Chatworkが実践するPLG戦略
ここで、前述したChatworkが掲げている中期経営計画の戦略の1つである「PLG戦略」について、簡単に紹介します。
PLG(Product-Led Growth)戦略とは、米国で注目されている顧客獲得戦略(Go-to-Market戦略)の1つで、簡単に言うと「営業マンがプロダクトを売る(Sales-Led Growth:SLG)のではなく、プロダクトでプロダクトを売る」という戦略です。
PLG戦略では、営業ではなくプロダクトの力によってユーザー獲得を目指すため、より短いセールスサイクル、より低い顧客獲得コスト、より高い生産性に繋がりやすいという優位性があります。
また、ZoomやShopify(ショピファイ)等がPLG戦略を採用して高成長している事もあり、PLG戦略はSaaS企業を中心に非常に注目されるようになりました。
Chatworkは、上図のようにインサイドセールスとフィールドセールスを組み合わせたPLG戦略戦略を掲げています。
具体的には、無料でサービスを提供することで多くのユーザーを獲得し、インサイドセールスやフィールドセールスが既に利用しているユーザーの有料化を進めます。これに加えて、既存ユーザーが取引先との連絡手段でChatworkを提案する等のネットワーク効果が生まれ、プロダクトによって新たなユーザー獲得が促進されます。
フィールドセールス:相手先を訪問する外勤型営業のこと
ビジネスチャットツールというネットワーク効果の働きやすいプロダクト特性が、この戦略を実現可能にしているとも言えるでしょう。
まとめ
ここまで、記事の前半ではChatworkの2021年10−12月の決算内容を整理し、後半ではChatworkの売上がYoY+63%と急成長している理由に繋がる新しい収益源と、PLG戦略を紹介しました。
・Chatworkの主要KPIである課金ID数とARPUは、双方右肩上がりに成長している
・Chatworkを軸として、既存顧客に対してDXサービスを紹介するDXソリューションサービスを含む周辺サービスの売上が急成長した結果、DXソリューションを含むARPUはYoY+43.5%と驚異的な成長を遂げた
Chatworkの主要KPIである「課金ID数」と「月額収益のみのARPU」が順調に右肩上がりに成長していること自体がかなり素晴らしいのですが、これに加えて、DXソリューションサービスを含めた周辺サービスの売上を含めたARPUの成長はかなり驚異的と言えるでしょう。
また、主要事業のターゲット戦略と合致するDXソリューション戦略を進めていることや、米国を中心に注目されているPLG戦略を取り入れる等、今後の成長戦略も練られている印象を受けました。
Chatworkの成長が今後どのように推移するのか、ビジネス版スーパーアプリ化への取り組み等、Chatworkの今後の動向に引き続き注目したいと思います。
Chatwork