ユリコ、28歳会社員。GWに親戚の法事で地元に帰ったところ、母親から「そういえばあなたの嫁入り資金の足しになればと思って貯めていた定期預金が満期を迎えたのよ。彼氏がいないなら、婚活資金にでも使いなさい」と、50万円貯まった銀行通帳を渡される。「婚活なんてしなくても、自力でイケメンの石油王と出会う予定だから!」と憤慨したユリコが50万円の使いみちを考えていると、投資関連の仕事をしている叔父が話しかけてきて……。
※この連載は、ひふみ投信のファンドマネージャー藤野英人さんによる投資入門です。投資ファンドの運用担当をしている「叔父」が、姪の「ユリコ」に、投資について、物語形式で教えていきます。
突然手に入れた50万円、どうやって使う?
ユリコ は〜〜、「婚活資金にしろ」って、急に50万円も渡されても困るんだけど。だったらいっそこのお金を使ってアラブにでも旅行に行って石油王を探すか……。
叔父 おや、ユリコちゃん。石油王がどうしたの?
ユリコ あ、叔父さん。ごぶさたしてます。母が急に「婚活資金に」って50万円も渡してきたんです。お見合いパーティーや街コンに使うくらいなら、石油王と知り合うためにドバイにでも行くのに使ったほうが将来のためになるんじゃないかと思って。
叔父 ははは。ユリコちゃんはなかなか野心があるんだね。石油王と結婚して大金持ちになりたいの?
ユリコ だって真面目に働いてコツコツ貯金はしてますけど限界があるし、キャリアに悩んで玉の輿に乗ろうとしても日本人男性の平均年収は500万円くらいだし……。夢がないんですよ!
叔父 なるほど。夢が見たいのか。それだったら、その50万円を使って「投資」をするという方法もあるよ。ぼくの仕事でもあるんだけど。
ユリコ えっ、投資って株とかですか? あー、そういえば叔父さんって株式投資の会社をやってるんでしたよね。
叔父 正確には投資信託の会社ね。これ、名刺。
ユリコ ありがとうございます。「ファンドマネージャー」ってお金や株式投資にかかわる仕事だというのは知ってるんですけど、実はよくわかってないんですよね。「株式投資」というと、億万長者になった人の話も聞くけど、損して「退場」する人もたくさんいるんですよね。ある程度お金を持ってる社長さんとかがやってるイメージで、私みたいな素人が手を出しても、すぐ一文無しになっちゃうんじゃないですか? それともこの50万円が2倍になる方法、あるんですか?
叔父 まあ、2倍にするのは簡単じゃないね。もちろん、半分になることだってあるよ。
ユリコ ほら、だったらこの50万円をタンスにしまっておいたほうがいいですよ。少なくとも減ることはないもん。それに、「投資」って、正直なんかお金に汚いイメージがあるし……。
叔父 なんだ、ユリコちゃんはお金持ちになりたいって言うから、お金にくわしいのかと思ったけどそういうわけじゃないんだね。そうか、わかった。ちょっとだけ、叔父さんの仕事の話を聞いてくれるかな。投資を始めるかどうかは、ユリコちゃんに任せるから。
ユリコ わかりました。どうせ法事で退屈してたし、ちょっとだけですよ。
タンスにしまった50万円はどんどん減っていく?
叔父 ユリコちゃんはさっき「50万円をタンスにしまっておけば減らない」と言ったよね? 日本人の多くが間違えているけど、タンスに入れている間もお金はどんどん減っていくんだよ。
ユリコ なんでですか? だってタンスに入れておけば、50万円は50万円のままでしょう?
叔父 そんなことはないよ。だって現金の価値は、現在どんどん下がっているんだ。
ユリコ どういうこと?
叔父 ユリコちゃんも「日本銀行」のことくらいはわかるよね。
ユリコ それはさすがに……。お金を刷ったり、日本の景気を良くするための経済政策をとったりしているんですよね。
叔父 そうそう。じゃあユリコちゃんは「景気がいい」というのがどういう状態かはわかる?
ユリコ みんながお金を使っていて、市場にお金が出回っている状態……?
叔父 合ってる合ってる。今ね、日本銀行は景気を良くするために、「2匹のタヌキ」がタンスの中にためこんでいる「木の葉」を放出させようとして、インフレを起こしているんだ。
ユリコ タヌキ?
叔父 それは「家計」と「会社」。ユリコちゃんは、日本人が貯金している現金って一体どれくらいの金額だと思う? ちなみに日本人の個人のいろんな金融資産の合計は、1750兆円くらい。
ユリコ うーん……じゃあ、300兆円くらい?
叔父 正解は、約900兆円だよ。
ユリコ え、金融資産の半分以上が、現金貯金なんですか!
叔父 そう。これは諸外国に比べても、ものすごく大きい割合なんだ。日本人は穴蔵にお金をためこむ「タヌキ」なんだよ。そして個人だけでなく、会社も「内部留保」といって会社のなかに現金をためておけるんだけど、そちらも2016年末に過去最高の375兆円に達している。10年前の水準から135兆円増加しているけれど、株主にも従業員にも回さずにためている。企業も「タヌキ」なんだ。この2匹のタヌキが現金を市場に回すともっと景気が良くなるんだよ。
「黒田バズーカ」によって木の葉の価値は3割減った
ユリコ 個人と会社という「タヌキ」のせいでお金が市場に回っていないのが日本の現在……なのはわかりました。でも、それとインフレというのはどう関係あるんでしょう? たしかインフレっていうのは、物価が上がることでお金の価値が下がる現象でしたよね。
叔父 そうそう。実はいま日本銀行は新しいお金をどんどん刷って、市場に出回るお金の価値を下げることでインフレを起こし、現金を放出させようとしているんだ。ニュースで「黒田バズーカ」って聞いたことない?
ユリコ 耳にしたことはある気がする……。今の日銀の総裁の名前がたしか黒田さん? その黒田さんがとってる政策ってことですよね。お金の量が増えると、お金の価値って下がるのか。
叔父 そう。1万円札っていうのは1万円の絶対的な価値を持つ存在じゃなくて、みんなが「1万円の価値があると思っているから1万円の価値を持つ」だけなんだ。量が増えれば当然1枚1枚の価値はこっそり減っていく。同じものを買うのにたくさんお金が必要になるから、使うお金は増えるよね。
ユリコ そうか。全体の量が増えれば、「木の葉」の価値は、下がるわけか。
叔父 その通り。2013年4月から始まった黒田バズーカは「異次元の金融緩和」ともいわれていて、お金の価値を下げることで、みんながお金を使って景気を良くすると同時に、国の借金1000兆円の重さを相対的に軽くしようとする政策でもあるんだ。実際、黒田バズーカによって円安が進んだから、2012年から円の価値はドルに対して「3割」下がっているんだ。
ユリコ ええええ! じゃあ、私の月給の手取り26万円の価値は、実際は18万2000円になってるってこと!? ひどすぎる……。
叔父 お金が好きなだけあって計算が早いね。でも、それが今の日本で現実に起きていることなんだよ。これから日銀はもっともっと現金の価値を下げようとするだろう。だから、ユリコちゃんの手に入れた50万円の価値もさらに下がっていく。これからは「現金をたくさん持っている人が損をする」時代なんだ。
株式ほどリアルなものはない
ユリコ この50万円をタンスに入れておくと減ってしまう……ということはよくわかりました。でも、だからといって株式投資をする理由にはならないんじゃないですか?
叔父 株に投資するということは、企業に投資するということだよね。企業があげる収益というのはインフレになることによって名目的には上昇するし、保有する土地などの資産価値も上昇することになる。だからインフレが進むことだって、株価の上昇要因になるんだ。もちろん、株価はそれ以外の要素でも動くのだけれどね。
ユリコ なるほど。じゃあ「夢がある」っていうのは?
叔父 つまり投資というのは「今この瞬間にエネルギーを投入して、未来からのお返しをいただく」ことなんだ。
ユリコ ……どういうことですか?
叔父 ユリコちゃんは、日本にどれくらい株式会社があるか知ってる?
ユリコ えーと……。
叔父 だいたい190万社ある。そのうち、誰でも株式が買える「上場企業」は3600社くらい。
ユリコ そんなにたくさん!
叔父 そう。そして「株を買う」と、その3600社それぞれの株券が手に入る。まあ、最近は紙の券自体は渡されることが少ないんだけど。そこにはちゃんと「リアルな価値」があるんだよ。
ユリコ でも、株券も結局、現金といっしょじゃないですか? みんなが「1万円の価値がある」と思うと価値があるってことでしょう?
叔父 いいや、そんなことはない。なぜならば株式は現金と違って、株式会社そのものと紐付いているんだ。たとえば株式を100株発行している会社の1株がユリコちゃんのものになったとしよう。そこには会社が持つすべての資産の100分の1が乗っかっているんだ。
ユリコ 会社の持つ資産っていうのは……従業員とか、持ってるビルとか、商品の在庫とか?
叔父 そうそう。それに会社が培ってきた知的財産や過去の業績、ブランドの魅力、そういったものもすべて。もちろんその価値をどう評価するかが人によって違うので、株価は変動する。けれど、お金と違って、本当に実体があるわけだよ。ね、株式は現金よりも「リアル」な存在だろう?
ユリコ そうか。株ってバーチャルなものかと思ってたけど、違うんだ。たしかに、そんな気がしてきたかも……。
株式市場に「差別」は存在しない
叔父 そのうえ3600社のなかには、女性の洋服を作っている会社もあるし、ITの会社もあるし、土管を作ってる会社もあるし、学校を作ってる会社もあるし、教材を作ってる会社もある。どの上場企業も、僕らが生きるうえで目にしているものの何かしらにかかわっているんだ。そしてユリコちゃんがその会社の株式に投資するというのは、単に自分のお金をどう使うかということだけでなく、その会社が掲げるビジョンやミッションを達成するために必要なお金の調達を応援することを意味するんだ。
ユリコ そう聞くと、ちょっとワクワクしますね。しかも、上場企業の株は「誰でも買える」ってほんとですか?
叔父 そう。僕が株式市場を本当に素晴らしいと思っているのは、差別がないところ。ユリコちゃんが就活したときは、いろいろな「差別」があったわけだよね。イケメンと美女しか入れない会社とか、偏差値が高くないとダメって会社とか、コネがないとダメな会社とか。
ユリコ うっ、悪しき就活の記憶がよみがえってしまう……二度とやりたくない!
叔父 でも、ユリコちゃんが残念ながら落ちてしまった会社でも、株を買えばオーナーのひとりになれるんだよ。そして、その会社を応援してみごと会社が成長すれば、株価の上昇や配当というかたちで利益を得ることもできる。つまり、「今この瞬間にエネルギーを投入して、未来からのお返しをいただく」ことができるんだ。
ユリコ 誰でも、今チャレンジすれば未来からのお返しが得られるかもしれない……それが「夢がある」ってことなんですね。なんとなくまだうさんくさい気もするけど、ちょっと興味がわいてきました。叔父さんも東京で働いてるんでしたよね? もしよかったら、もっとくわしく話を聞きにいってもいいですか?
叔父 ぜひ。ちなみにぼくの仕事柄「株式投資」をすすめたけど、株式投資だけじゃなくて、ユリコちゃんが自分のお金や時間や情熱、エネルギーをかけて日々行ってるあらゆることは、ユリコちゃんの人生にとっての「投資」と言えるんだよ。だから、もし株よりも石油王に会いたいと思ったら、アラブへの旅行に50万円を「投資」するのも全然アリ。
ユリコ そう言われるとアラブにも心揺れるけど……。自分でもちょっと「株式投資」について調べてみます。今日はありがとうございました!
こうして、野心だけはあるユリコと、ファンドマネージャーの叔父さんの株式投資をめぐる問答が始まったのだった……。