うどん屋から真珠へ! いち早く海外進出したミキモト

思わずドヤりたくなる! 歴史の小噺/ 板谷 敏彦

47都道府県、「この県といえばこれ!」というとっておきの歴史の小噺をご紹介する連載です。作者は、証券会社出身の作家・板谷敏彦さん。大の旅行好きで、世界中の主な証券取引所、また日本のほとんどすべての地銀を訪問したこともあるそうです。

第28回は三重県。古くから大商人を出している三重県。真珠で有名な宝飾メーカーの創業者もそのひとり。世界を相手に真珠ビジネスを展開したその戦略とは。
「初代日銀副総裁は、海外で実力をつけた『賊軍』の武士」を読む

近畿地方かつ東海地方。複数の文化圏に属する三重県

三重県は日本のほぼ中央部に位置する。愛知、岐阜、滋賀、京都、奈良、和歌山県と県境を接し、一般にイメージされるよりは南北に長い地形である。中心部には関東から九州までを貫く中央構造線が走っており、その北と南とでは地質は全く異なる。伊勢神宮はちょうどその線上にある。

北側は四日市、津、松阪などの主要都市がある平野と伊勢湾に臨む砂浜が広がっている。一方で南側はリアス式海岸の複雑な地形をなしている。このため三重県の海岸線は約1083㎞もあり、全国第8位の長さである。

三重県は近畿地方に属するが、関西地方には含まれない。また中部地方には入らないが、気象庁の区分では東海地方である。三重県知事は中部圏知事会、近畿ブロック知事会どちらにも参加している。ちょっと特殊な立場である。

三重県の文化もひとくくりにはできない。伊勢湾沿いの諸都市は名古屋文化圏の影響が強いが、奈良・京都に隣接する伊賀では関西文化圏の影響を受けている。また江戸時代、伊勢国(いせのくに)は和歌山に本城がある紀州藩の領地だった。ゆえに県の南側では和歌山の文化的影響も大きい。

三重県は多様性が高いのである。

「伊勢神宮」は中央構造線上にある

※この地図はスーパー地形アプリを使用して作成しています。

「真珠を買うのは世界のお金持ちである」

三井財閥の三井家は三重県松阪の出身である。またイオングループの岡田家も四日市の出身である。江戸時代、全国の航路を整備した河村瑞賢(かわむらずいけん)も南伊勢町の出身で、三重県は古くから多くの大商人を輩出してきた。

その中でも真珠のミキモトの創業者・御木本幸吉(みきもとこうきち、1858-1954)の経歴は面白い。御木本は一般に真珠養殖の成功者として知られているが、根っからの商売人でもある。まだ半円真珠(編集部注:半円形の真珠)の養殖に成功した段階という、養殖事業が発展途上だった1899年に早くも銀座に御木本真珠店を開店している。

また1905年に真円真珠(玉)の養殖に成功すると、1907年には御木本金細工工場を東京に開設。真珠本体の供給だけではなく台座も含めた装飾品として一貫生産をするようになった。

1913年、日本企業の支店といえば三井か三菱ぐらいしかなかったロンドンに、支店を開設。そして、1927年にはニューヨーク、1928年パリ、1829年ボンベイ、1931年ロサンゼルス、1933年にはシカゴと、次々と海外支店をつくった。「真珠を買うのは世界のお金持ちである」と正しく認識して、完全に世界に目を向けたビジネスを展開していたのである。

御木本幸吉の生家はうどん屋だった。しかし、幸吉はうどん屋ではいくらも儲からないと真珠のビジネスに進出。学者を呼んでアカデミックに養殖技術を研究開発し、高い品質の養殖真珠を生み出した。さらに市場を求めて早々と海外に進出する。改めて御木本の経歴を眺めると、当時の実業家としては破格のスケールだったことがわかる。

現在は伊勢神宮の近くの鳥羽駅に、島全体がリゾート施設の「ミキモト真珠島」がある。そこに開設されている博物館には、御木本幸吉の生家であったうどん屋が再現され、幸吉の生涯と業績を知ることができる。御木本の生涯を知る展示は、イコール日本の真珠産業の歴史が展示されているといっても過言ではない。

修学旅行で訪ねたことがある人もいるだろうが、あらためて大人目線で見学したい。かつての真珠生産のライバルが中近東のクウェートだったこと、真珠養殖業者はピークの1966年には3103軒にも達したことなど、産業史の側面から真珠の歴史を観察するのも面白いだろう。

幸吉の明治時代から世界の市場を相手にした視野の広さや思考の柔軟さには感心させられる。

早くから世界に目を向けていた御木本

一生に一度の大旅行だった伊勢参り

三重県を代表する観光地は何といっても伊勢参り、伊勢神宮である。平安時代までは一般庶民に伊勢参りは許されていなかったが、鎌倉時代に入って朝廷の権力が衰えると、次第に伊勢参りは大衆化していく。江戸時代、庶民は用も無く国境は越えられなかったが、神社仏閣参りは許された。よって、当時の旅行は寺社の参拝に結びつく。

江戸時代は国民の多くが百姓の時代である。百姓は村で「講」という団体を作り、普段から少しずつ代金を積み立てる。関東地方であれば、山形の月山講や羽黒山講、山梨の富士山講や身延山講、神奈川の大山講、それに三重の伊勢講があった。一定の金額が貯まると村人は何人かの代表を選んで順番で参拝旅行に出かける。代表者がお参りすることで村人全員がお参りした御利益を受けるという考え方である。

これが遠隔地への参拝であれば、一生に一度の大旅行になることもあった。

伊勢参拝の宣伝、旅館経営、ガイドをした「下級神職」

伊勢では下級神職が御師(おんし)を名のり、全国に旅だって村々を回り伊勢参拝の宣伝に奔走した。宣伝の効果で予約をしてくれた村の代表が伊勢に到着すると、御師が出迎え、宿(御師の自宅)を提供し、観光案内をし、豪勢な酒食でもてなした。

御師は観光プロモーターであり、旅館経営者でもあり、観光ガイドでもあったのだ。村の伊勢講は代々同じ御師のお世話になることになる。これは修学旅行と同じで、旅の共通体験が村人たちの仲間意識を養うことになった。江戸時代の百姓にしてみれば生涯のうちで数少ない贅沢を楽しむ旅の象徴が伊勢参りだったのだ。

1830年、日本の人口がまだ3000万人の時に、この年は最初の半年だけで458万人もの人が参拝したそうで、当時の伊勢参りの人気のほどがうかがえる。

伊勢神宮はもちろん昔のままだし、内宮の長い参道も昔の面影を残している。さらに近くには江戸から明治時代の伊勢参りを再現したおかげ横丁があり、名物赤福餅、伊勢うどん、買い物などが楽しめるようになっている。

こうした歴史のある場所を訪れる時は、事前に知識を得ておくと何倍も楽しめる。伊勢参りはWEBサイトも充実しているので是非予習してから行こう。

内宮の参道は商店が並び昔の面影を残す

三重のおすすめ観光スポット&グルメ

伊勢うどん
伊勢うどんはコシがなく、ふにゃふにゃである。讃岐のコシが効いたうどんチェーン店が全国的に展開する昨今、「コシの無いうどんは美味しくない」という先入観を持っている人も多いのではないだろうか。

筆者は先入観をできるだけ排除して料理を食べる主義ではあるが、一度東京で伊勢うどんなるものを食べて以降、あまり美味しくないものと決めてかかっていた。

ところが、ご当地で食べてみると、確かに麺は柔らかいことに変わりないが、ふにゃふにゃではない。食感が少し違う。ふわふわでもちっとしている。これが実にうまいのである。麺好きは、何軒か回るために腹を空かせて行ったほうが良いだろう。

ご当地で食べる伊勢うどんの食感はふわっとしている。写真は「名代伊勢うどん山口屋」(上)と「ふくすけ」(下)

近鉄と志摩観光ホテル
第二次世界大戦が終わりGHQ(General Headquarters:連合国最高司令官総司令部)で働く外国人達が観光で伊勢を訪れるようになると、富裕層相手の本格的なリゾート施設が必要となった。彼らは特にミキモトの真珠を欲したので、英虞湾(あごわん)の辺りまでやってくる。そこで行政と鉄道路線を持っていた近畿日本鉄道、地元の三重交通が協議して建設したのが、英虞湾に面して建つ志摩観光ホテルである。

このホテルでは、英虞湾で採れる伊勢エビとアワビの料理が有名である。当初宿泊客の8割は和食を選んだそうだが、次第にフランス料理が人気を得るようになる。筆者が学生の1980年代には既に、このホテルは海鮮のフランス料理を食べに行くホテルとして有名であった。オーベルジュ(料理が自慢のホテル)という言葉がまだ認知されていない頃からオーベルジュだったのだ。

『白い巨塔』や『華麗なる一族』を執筆した作家・山崎豊子は、新作を執筆する際には必ずここを利用していた。また亡くなられた安倍元首相も、幼少時に食べて感動した美味しさを振舞いたいと、日本主催の2016年第42回先進国首脳会議(サミット)をここで開催したのは有名な話である。

ディナー込みのホテルは少々値が張る。しかし食後に英虞湾を望むラウンジで楽しめるワインなどの飲み物もすべてインクルーシブなので、滞在を楽しむのであれば総合的にとてもリーズナブルなものになっている。

ホテルを代表する「ラ・メール ザ クラシック」の伊勢エビ料理

また伊勢へのアクセスは近鉄特急が便利である。

特急「しまかぜ」はJRでいうならばオール・グリーン車で、大阪、京都、名古屋発の三種類がある。座席配置は新幹線のグランクラス並みのゆったりとした横3列で、新幹線ではすでに無くなったビュッフェ車両も連結されている。観光地に到着する前からわくわく感があって、旅を楽しむことができる。

伊勢はどちらかというとベタな観光地である。しかし、一度訪ねてみれば奥深く、おいしいものとの出合いが多い。特急「しまかぜ」に志摩観光ホテル、どうせ行くならちょっと贅沢するのがおすすめだ。

「しまかぜ」はゆったりした横3列で贅沢な気分に