歯医者でも金属加工でも……~“ものづくり”を支える黒子企業
千葉・柏市の「柏の葉総合歯科」では、虫歯などの治療に使う歯の被せ物を、歯科技工士の中村芽吹さんが作っている。患者の歯の画像データをもとに被せ物を設計。スタートボタンを押すと、ドリルが自動でセラミックを削り始める。細かな凹凸も忠実に再現していき、設計図通りに被せ物が完成した。
ところで、ドリルがセラミックを削る前、必ずタッチする部品があった。
「ドリルの長さをミリ単位で測らないと、仕上がり、大きさに支障が出るので。上から当てる形で長さを測ります」(中村さん)
ドリルを長く使っていると、刃先が削れたり欠けたりして、短くなってしまう。それを感知するのがセンサーだ。ドリルは毎回一定のスピードで降りてくる。センサーに触れるまでの時間で長さを割り出す。ドリルが短くなっていたらエラー表示が出る。それが交換のサインというわけだ。
「0.1ミリずれたら被せ物が入らなくなる」(中村さん)
精密な被せ物作りを支えているのがセンサーなのだ。
一方、千葉・松戸市の昭和精機ではさまざまな金属部品の加工を行っている。
金属の溝の側面を削る作業では、機械を使って円盤状の砥石で精密に削っていく。ある程度削ると、細い棒のセンサーが出てきた。まずは削った部品の外側に赤い球がふれた。続いて内側にも球が触れると、その間の長さを測れるのだ。機械についた電子パネルに「9.0638ミリ」という数字が出た。ここまで細かく測ることができる。
センサーがついていない古いタイプの機械では、途中で機械を止めて部品を取り外し、長さを手作業で測る。これを何度もくり返すために人手も時間もかかってしまう。その問題を解決するのがセンサーなのだ。
「部品をのせれば全部終わる。完成まで機械がやってくれる。加工者はこの作業から離れて違う作業に入れるので、効率が圧倒的に上がります」(風間謙吾部長)
これまで手作業で測ってきた81歳の野村昌利さんも「これはすごいな。とにかく正確ですよね。これは間違いないよ」と舌を巻く。
東京・立川市。約20社が入る工業団地の一角に、これらのセンサーを作っているメトロールがある。社名は測定を意味する「メジャーメント」と制御を意味する「コントロール」を組み合わせたものだ。
メトロールが作るセンサーは約1000種類。強みは最高2000分の1ミリという精度だ。精密位置決めセンサーでは世界トップシェアを誇る。
先ほどの歯科医院で使っていたセンサーは世界ナンバーワンの出荷実績を誇る。また、直径4ミリと世界最小のセンサーは、ホンダ、シチズンなど名だたる企業の工場で使われている。
“すご腕”パートが1人で作る~驚きの「オーダーメード」
細かい部品を機械で組み合わせたパーツがセンサーの核となる。これを使って製品に仕上げるのが約80人のパートの女性たちだ。
メトロールは大量生産ではなく、企業からの注文に合わせて必要な量をオーダーメードで作っている。
「使う場所によって、『狭い場所ではこれで使いたい』とか『長いコードが欲しい』とか、そういうので選べる製品になっています」(パート・松本史)
流れ作業ではなく、製品の組み立てから完成までを1人で行うセル生産。ピンセットを使って、細かいパーツを手際よく組み上げていく。太さ1ミリにも満たないコードをハンダ付け。組みあがったセンサーをテストし、画面にOKの表示が出ると完成だ。
「責任感はわきます。全部に携わっているので、作り手としては楽しい」(松本)
この日メトロールに海外から客がやってきた。アメリカとカナダで工業用の機械を販売している「AUTOMATION DIRECT」のアンドリューさんとキースさん。メトロールのセンサーも取り扱っていて、商談に訪れたのだ。
2人を驚かせたのが組み立て前の部品を洗う機械。「部品を組み立てる前に洗う会社なんて聞いたことない」と言う。2人が注目したのが、松戸の町工場で見た部品の長さを測るセンサーだ。このセンサーを新たにラインナップに加えたいと言う。
「メトロールの製品は海外でも高評価です。工場も見ましたが、とても素晴らしかった。我々の販売数も右肩上がりですよ」(アンドリューさん)
工場から歩いて200メートルのビルの5階にメトロールの本社がある。創業1976年、従業員約120人、売上高約23億円。
社長・松橋卓司(65)は年2回、仕事を休んで1週間の断食プログラムに参加。英気を養い、仕事への意欲を高めているという。
「リラックスするというか“整える”感じ。人と話をする時でも、『早く』ではなくて、ゆっくり話ができる方がストレスも少なくなるし、創造的な仕事ができます」(松橋)
創業したのは松橋の父・章。オリンパスで胃カメラを開発した技術者だった。52歳で独立してメトロールを創業。企業からの依頼でさまざまな検査装置を作っていたが、採算はとれず、経営は厳しかった。
「いつやめてもおかしくないという状態が7年くらい続きました。最悪な時は、創業のメンバーが全部離れて、父が1人になっちゃった」(松橋)
そんなある日、とある機械メーカーから依頼を受けて開発したのが、4方向に接触面がついたセンサー「ツールセッター」。通常は一方向からしか工具の長さを測れないが、これは工具や削る物の位置に合わせてさまざまな方向から測れる。人手も時間も減らせると、多くの工場で採用され、爆発的にヒットした。
「父の開発したセンサーを付けると、24時間、寝ている間も夜中でも機械を自動でまわせるので、ものすごく生産性が上がったんです。これでようやく会社が立ち上がった」(松橋)
息子の松橋は大学卒業後、日清食品に入社。「カップヌードル」などの営業を担当していた。培った営業力を活かして父を支えようと、1998年、40歳でメトロールに入社。2代目として数々の改革を断行すると、その手腕が多方面から評価される。今年1月には日刊工業新聞から「最優秀経営者賞」を贈られた。
定年なし、リーダーは若手~社員イキイキの人材活用術
メトロールには他のメーカーで活躍してきたシニアが大勢いる。日立製作所出身の須藤康雄は、「2年目。今月60歳になります。年寄りになっても、もっと今の時流に乗って技術的な面も勉強していきたい」と言う。
メトロールには定年がなく、何歳まででも働ける。だから、やる気のあるシニアが続々と集まってくるのだ。
あるプロジェクトの会議が行われていた。経験豊富なシニアがずらりと並ぶ中、リーダーを務めるのは32歳の栗田遼だった。
「『若いのでどんどん失敗してもいいよ』と言ってくれているので、『さあ、やっちゃるか』という感じです」(栗田)
栗田を見守るシニアの1人は「心配な部分はあるが、栗田が一番得意な分野で引っ張ってもらって、栗田が足りないところは補う」と言う。
新しいセンサーを開発するプロジェクトチームでも、シニアが顔を揃える中、リーダーに抜擢されたのは32歳の杉田広貴だった。
この日やっていたのはセンサーの防水性能を確かめる実験。サポートするのは62歳の石永博之。水につけたセンサーに電気を流して、水が染み込んでいないかを確かめるが、実験は失敗した。
石永が仕事終わりに杉田を連れ出した。落ち込む杉田を励まそうというのだ。メトロールに入社して1年半になる石永は、かつてキヤノンでプリンターを開発していた。ビールを飲みながら、2人はこんな会話を交わしていた。
「予期せぬことしか起こらない。そうなると当初の開発スケジュールから延びていき、多方面に迷惑をかける……」(杉田)
「それこそが開発の仕事。開発は誰もやったことのないことをやるから開発であって、それで世にない製品を出す。どんどん新しいことに挑戦すればいいと思う。ヤバそうなところは年寄りがカバーするから」(石永)
シニアがサポートして若手リーダーを育てる体制を作っているのだ。
一方、80人いるパートのモチベーションを上げるための取り組みもある。
パートの松沢由賀が書いていたのは、仕事中に気付いたことを会社に報告するシート。松沢は滑って部品を掴みにくいピンセットの改良を求めた。こうした提案がどんどん出され、多い時には年間1000件を超える。これらをできるだけ早く改善していくのだ。
松沢が提案したピンセットはわずか1日で改良された。先端の部分に、縦に溝が掘られている。部品が溝にピッタリはまり、落ちにくくなった。
表彰式が年2回あり、良い提案には商品券がもらえる。こうしてモチベーションアップにつなげているのだ。
「うれしいです。娘にバッグを買ってあげたり、食費に使います」(松沢)
働きやすさは「雑談」から~授業員の壁をなくせ
メトロールでは毎朝8時半に朝礼があるが、月曜の朝だけは、ちょっと変わったことが行われる。
出席者が話していたのは、子どもの結婚式の話や髪の毛を切った話。コミュニケーションを取りやすくするため、週末の出来事などを交えながら、今の素直な気持ちを語り合うのだ。
社員の1人は「人によっては、技術者は気難しい、『この人にものは言いにくい』というのが多少あった。僕もあったが、『自分が今これに困っている』というのをさらすことで、心の距離が近くなったという感覚から、話しやすい感じにはできている」と言う。
午後3時、2人の女性社員が会議室へ。今から1時間、ひたすら雑談するという。これもコミュニケーションのトレーニングだ。
1人が「伝えたいという思いが強くて言い方が強くなっちゃう。私の話に『圧』を感じたことない?」と切り出した。ここでのルールは「相手を否定しない」ことだ。
聞いた側は「仕事の内容で言いたいことが言えるのは、会社にとっては生産的だしいいと思います」。「言い方が強いのは長所」とポジティブに返した。ここで攻守交替。
「自分が思っている自分と他人が見ている自分が乖離していると感じる。踊ったり歌ったり、それが自分だと思っていたんですけど、でも他人には『サイボーグ』と言われて……」と、悩みを打ち明けた。
それを聞いた側は「会社でも心を許せる人には、ちょっと自分を出してほしい。みんな喜ぶと思う」。もっと自分らしさを出せばいい、とアドバイスした。
このトレーニングでは、1年かけて約40人の社員全員が2人きりで雑談。信頼関係を深める。「共感しながら話をすることで、もう少し仕事でも深いことができたりするなと思いました」と言う。
ある日の午後3時、年3回行われるビアパーティーが始まった。勤務時間中に120人の従業員が全員参加。社員・パートが垣根なく親睦を深めている。
緊張している新入社員の綿貫朝葉には、ベテランのパートたちが声をかけていた。
「楽しかったです。話したことがあると仕事もやりやすくなりそうです」(綿貫)
~村上龍の編集後記~
精密工学科卒の父親が起業した会社名がメトロール。父親は、海外の客が一人もいないのに世界を見据えていた。松橋さんは、漁師になる夢をあきらめ、大卒後は日清食品に。20年後「後継者がいなくて困っている」と父親が。精密機械式センサーという製品は完全な畑違い。40歳で1から勉強。眠れない夜が続き、医者が軽い鬱だと。入社時の売上高5億円、それが23億円に。主婦パートも図面読みから組み立て・検査までを一貫して担当。管理部門も持たない、オフィスも工場も賃貸。親子が、見事なハーモニーを奏でた。
松橋卓司(まつはし・たくじ)
1958年、東京都生まれ。1980年、日本大学農学部卒業後、日清食品入社。1998年、メトロール入社。2009年、社長就任。
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