投資や資産形成をもっと楽しくするためにピッタリの書籍を、著者の方とともにご紹介する本連載。今回は、著者の藤野英人さんがいま、「先の先を読むために非常に重要」だと考えている「ウェルビーイング」について見ていきましょう。[PR]
人間にとっての「快・不快」は重要な意味を持つ
さまざまな学びや体験から私がなにを得ているかというと、ひと言で言えば「人間にとってなにが快で、なにが不快か」ということです。
「先の先」を読んで未来を予測していくとき、大前提となるのは「人間とはなにか」についての洞察です。未来というのは、人間の行動の積み重ねによってつくられるものですから、人間とはなんなのか、人間はどんな理由でどんな方向に向かっていくのかを考える必要があります。
そこで重要なのが、近年注目を集めている「ウェルビーイング」です。ウェルビーイングとはbeing well、つまり「well」な状態であることを言い、「心身ともによい状態を目指す」という考え方です。
「お金持ちであること」や「長生きすること」などは、それ自体が直接的に人を幸せにするとは限らず、そういったものを目指すことで不幸になるケースもあります。それよりももっと本質的な「よい状態」を目指すことこそ、大きな目標であるべきだということです。
ウェルビーイングという概念を難しいと感じる人もいるかもしれませんが、これは英語で言えば「How are you?」です。「あなたはどんな状態ですか」と尋ね、聞かれた人は「I’m fine(元気だよ)」とか、「Not too bad(そう悪くはないよ)」などと答えます。もちろん日本でも、あいさつに続いて「調子はどう?」「元気にしてる?」などと尋ねることはごく自然です。人間は洋の東西を問わず、beingを確認し合う生き物なのです。
ウェルビーイングが重要だというのは、そもそも当たり前の話だと言っていいでしょう。ウェルビーイングの重要性を考えると、これまで以上に価値が高まるのは「体験」です。なにかの情報を文字や映像として知っているということではなく、体験を通じて「それがどのような状態なのか」を感じ、人間の快・不快への想像力を高くできる人ほど「先の先」を読む力は上がるのではないかと考えています。
数十億円を儲けてなにを思ったか
ウェルビーイング、主観的幸福感を目指すなら、金銭的な豊かさを追求することが必要だと思う人もいるでしょう。「お金では真の幸せは測れない」という言葉を、きれいごとだと感じる人は少なくないかもしれません。
しかし、きれいごとでもなんでもなく、お金というのは「たくさん持っていれば幸福感を得られるもの」ではありません。
当たり前のことですが、どんなお金持ちであろうと、突然、死んでしまうこともあります。配偶者と反りが合わず家の中が冷え切っていたり、子どもが引きこもってコミュニケーションが取れなくなったりしていたら、どんなに大金を持っていても幸せとは言えないでしょう。
じつは私は、数日で数十億円を儲けたことがあります。投資していた未上場企業が上場したことで莫大なリターンを得たのです。
それまでは「普通のサラリーマンよりは多く稼いでいる」という程度の収入だったのが、働かなくても一生のんびり贅沢をして暮らせるほどのお金を手にしたわけです。そして実際に大金を手にして改めてわかったのが、「お金を得たことで幸せにはならない」という事実でした。
もともと私はファンドマネージャーとして100億円、1000億円単位のお金と向き合ってきた経験がありましたから、自分が数十億円を手にしたからといって戸惑うことはありませんでした。また、創業経営者のような超大金持ちの人と接する機会もありましたから、自分が大金を手にするということも頭で具体的にイメージできていました。それが、自分がお金を手にしたことで、真実として深く理解できるようになったと感じます。
「富」や「健康」より「PERMA」
お金ではないとすれば、なにがあれば人は「ウェルビーイング」だと感じられるのでしょうか? ウェルビーイングについて学びを深める中でわかったことの一つは、ウェルビーイングには社会学、心理学、経済学、人類学、生物学などのさまざまな要素があり、あらゆる分野の学問を総動員して考えなければならないということです。
また、ウェルビーイングの定義はさまざまありますが、要素を分解して研究を深めていくほど、「wealth(富)」と「health(健康)」は中心的な要素ではないこともわかります。富と健康は、いかにもウェルビーイングのど真ん中というイメージがありそうですが、じつはいずれも副次的なものとされているのです。
最新の分析の一つに、「PERMA(パーマ)」が揃っていることがウェルビーイングであるというものがあります。
PERMAの「P」はPositive emotion、「E」はEngagement。「R」はRelationship、「M」はMeaning、「A」はAchievementの頭文字であり、ポジティブ心理学で著名な心理学者のマーティン・セリグマンが提唱したものです。
つまり、ワクワクしたり楽しかったりするようなポジティブな感情があること(Positive emotion)、没頭したりよい意味でのめり込むことができるものがあるなど物事に積極的に関わっていること(Engagement)、他者とよい関係性を築いていること(Relationship)、自分の人生に意味を感じられること(Meaning)、達成感を持てること(Achievement)、という5つの要素がそろっているとき、人は「ウェルビーイングだ」と感じるということです。
5つの要素の中にはwealthもhealthも入っていませんが、もちろんいずれも幸福度にまったく関係がないわけではありません。wealthについて言えば、年収がゼロから500万~600万円くらいまでの間は収入が増えれば増えるほど幸福度が上がると言われます。しかし500万~600万円を超えると、幸福度におけるwealthの占める割合は低下し始めます。
世界的に見ても、年収が2000万~3000万円を超えた場合、そこから年収が100万円上がっても幸福度にはまったく影響しないのです。「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、衣食住について危機感がない状態であれば、幸福度を決定するのはwealthではなく、PERMAになっていくということなのでしょう。
お金や権力よりもずっと大切なこと
PERMAについては、それがウェルビーイングのための手段なのか、あるいはそれ自体が目的なのかが議論されているのですが、私は、PERMAは手段ではなく目的ではないかと考えています。
例えばPositive emotionなら、「ポジティブな感情を持った状態である」ということそのものが人生の目的なのだと思います。1億円持っていてネガティブな感情に支配されている人と、貯金はないけれどポジティブな感情に満たされている人と、どちらをウェルビーイングかと考えるとわかりやすいかもしれません。
なにかワクワクできるものを持つこと――例えばそれはパートナーといることかもしれませんし、勉強や仕事かもしれませんし、趣味かもしれませんが、なんにせよ没頭できることがあることそのものが幸せな状態だと思います。ですから、Engagementも手段ではなく目的だと思うのです。
PERMAの5つの要素の中でも私が重要だと思うのが、Relationshipです。大昔からシェイクスピアが『リア王』や『リチャード三世』で描いていたように、たとえお金持ちであったり権力を持っていたりしても、家族との関係がめちゃくちゃで誰からも信用を得られないような状態にあるとすれば、その人は不幸せでしょう。よい仲間、よい配偶者、よい子ども、よいきょうだい、よい友達がいることは、お金や権力を持つことよりもずっと大切です。
そして、自分がやっていることに意味づけ(Meaning)が感じられるかどうか。「自分がやっていることはなにかの役に立っている」と感じて誇りを持てることや、自分がやっていることについて「なぜ自分がこれをしているのか」が明確で自己確信を持てる状態であれば、人は満たされた気持ちになれるのではないでしょうか。
さらに、やり切ったという思いや、なにかを自分の手で獲得したというような達成感(Achievement)を得ることも、それそのものが人生の目的でしょう。
PERMAという目的を意識したときに自分が欲するもの、好きだと思うもの、やりたいと思うことを一人ひとりが考えることが、自分のウェルビーイングを追求していくことにつながるのかもしれません。