「1日中いたい」と客大満足~シニアに寄り添うデイサービス
埼玉・さいたま市で人気の生はちみつ食パン専門店「ROSEMAY」。「生はちみつ食パン」(620円)は混じりっ気なしの純粋ハチミツを使用。自然な甘さが評判でどんどん売れていく。ただし、ここはただのパン屋ではない。店の奥へ進んでみると、そこは美容室だった。
この美容室がシニアに人気なのは「動かなくていいから」。床に電源と水回りのジョイントがあって、そこに移動式シャンプー台をはめ込むだけで、移動せずにシャンプーしてもらえる。また店内は手すりと段差のないバリアフリーで高齢者も安心。スタッフが足の不自由なお客を、送り迎えするサービスもある。
さらにここは地域のコミュニティーの場にもなっている。フラワーアレンジメントや麻雀が楽しめ、利用者は「みんなと会えておしゃべりするのが楽しい」と言う。
この店を運営しているリハプライムは、2011年創業の埼玉県を中心に展開する介護の会社だ。
その核となる事業が「コンパスウォーク」というデイサービスの施設だ。デイサービスとは、要介護認定された人が介護保険を使って、日帰りでリハビリや、食事、入浴などのサービスを受けられる施設のこと。利用料は介護が必要な度合いや受けるサービス、自治体によって変わる。たとえば「要介護1」の人が、さいたま市の「コンパスウォーク」で半日型のリハビリを受けた場合、自己負担額は530円から550円になる。
コンパスウォークは埼玉県では評判の高い、歩行のリハビリに特化したデイサービスだ。脳梗塞で倒れて以来、10年間、ここのリハビリに通っているという男性は「ここに入会する前にいくつかの施設をまわった。ここが一番誠実な感じがした」と言う。
「コンパスウォーク」の特徴は充実したスタッフ体制にある。デイサービスの規則では理学療法士、柔道整復師といった機能訓練指導員が、施設に最低1人いることが必要とされる。だが「コンパスウォーク」には4、5人が常駐。利用者は充実したリハビリが受けられる。
実際に回復したという人も多い。よくなる秘密はこの施設ならではのモチベーションづくりにもある。
たとえば歩行訓練の場合、ただ「歩けるように」ではなく、「またソフトボールをやりたい」「もう一度奥さんと横浜でデートしたい」など、利用者が一番やりたいことを聞き、それに向けてサポートする。
1人では遠くに出歩けない人も、「自分で買い物をしたい」という声に応えて、スタッフが連れ出して隣接する利用者専用のスーパーで買い物を楽しんでいる。
人生の大先輩を敬わって護る~親に寄り添うような優しさで
「コンパスウォーク」では、どの店にも「敬護」という言葉が掲げられている。
「普通のデイサービスはお年寄りを介助して護る『介護』ですが、私たちは人生の大先輩を敬って護る『敬護』。介護やリハビリをやりたいわけではない。人生の大先輩が意欲的に生活していくために意欲を引っ張り出したい」と言うのは、リハプライム社長・小池修(58)だ。
12年前、両親が病で倒れたことを機にサラリーマンを辞め、リハプライムを創業した。その理由は介護業界への強烈な違和感だった。
「70歳、80歳を過ぎた利用者を『よっちゃん』『しずちゃん』と下の名前で呼んでいた。ご飯に白い粉をかけていたので栄養剤かと思って聞いたら粉薬だという。これは自分の親と同じようにできるサービスを根本からつくっていかないと無理だなと」(小池)
そう思って、人生の先輩を敬う「敬護」を理念にした施設を自ら作ったのだ。
敬護の精神はスタッフと利用者の会話からも伺える。ここでは敬語が絶対。ため口や幼児言葉を使う施設もあるが、それが利用者の自尊心を傷つけることもあるからだ。
敬護の理念を発展させた「コンパス娘息子代行サービス」という取り組みも行っている。「コンパスウォーク」のスタッフが利用者の自宅を訪問。庭の草刈りや病院への付き添いなどを息子や娘に代わって行う介護保険外の有料のサービスだ。
廣井友之はコンパスウォークの整体師。この日は利用者の自宅のエアコンの掃除(3850円~)を行った。もう8年の付き合いになるという利用者は「安心感があります。知らない人が家の中に入るのは抵抗がある。知っているから頼みやすい」と言う。
一方の廣井は、整体師以外の仕事をすることについて「介護の仕事とは思っていない。高齢者の方が住み慣れた地域で生活するために必要なサービスだと思っています」と言う。
「娘息子代行サービス」はこんな使い方もできる。利用者同士で食事会をしたいというので、老舗の懐石料理店をセッティング。海老を食べようとするが、殻がついているので諦めた利用者の様子を見て、スタッフが持参のハサミで食べやすいようにカットしていた。
敬護の理念をもとに、リハプライムはデイサービスを中心にパン屋や美容院などを集約。シニアが過ごしやすい地域づくりを目指している。こうした取り組みで今や全国に136店舗。売り上げも右肩上がりで、今年度は20億円に達する勢いだ。
「利用者が大切にしていることを大切にするのが我々です。自分が利用者だったら『絶対に行きたいよね』というものを作ろうと」(小池)
両親の同時入院を機に~上場企業を辞めて起業
小池は仕事の合間を縫って毎日、さいたま市の実家に足を運んでいる。そこには母・百代さん(80)が。2010年に脳梗塞で倒れ、今もリハビリを続けている。父はすでに他界し、近くに住む小池が食事や掃除など身の回りの世話をしている。
「母親も80歳なので、10年後にはどうなっているか分からない。やれることはやって、万が一の時に『やっておけばよかった』と思わないように。それだけです」(小池)
そんな息子を、百代さんは「男の子は当てにならないと思っていたら、大変当てになる。気を使いすぎて困ります。うるさいくらい」と笑う。
1989年に早稲田大学を卒業した小池は野村不動産に入社。フィットネス事業を展開する子会社の執行役員にまで出世。順風満帆なビジネス人生を送っていたが、45歳の時、転機が訪れる。
「父親と母親が1週間のうちに同時に倒れた。父親が末期の肺ガン。1週間以内に今度、母親が脳梗塞で倒れて喋れなくなった」(井上)
その後、リハビリのための施設を探し始めたが、見学に訪れた先で大きなショックを受けることになる。
「『私、おばあちゃんかわいくて大好き』と言って、頭をなでていた」(小池)
シニアを敬って介護してくれる施設を何十軒も探し回るが、安心して預けられるところは一軒も見当たらない。そこで小池は「ならば自分で施設を作ろう」と思う。小池は会社に辞表を出し、起業を決意した。
とはいえ開業には3000万円ほどが必要になる。金融機関に融資を頼みまわったが、どこも門前払い。小池は妻に内緒で、建てたばかりの3階建ての自宅を売却。さらに自慢の高級外車も手放し、なんとか3000万円を捻出した。
資金が尽き倒産危機の後は~「ブラック企業では働けない」
こうして2011年、元いた会社の後輩と4人でリハプライムを創業。「敬護」の理念を掲げて1号店をオープンした。だが、「全然利用者さんが増えない」(小池)。開業資金はすぐに底をつき、早くも倒産の危機に見舞われた。
転機が訪れたのはある休日、「コンパスウォーク」で遊ぶ娘に水を飲ませるため、施設で使っている茶色いコップを手にした時だった。「このコップ、本当にきれいなのかな」という思いがよぎった。
「コーヒーが入っているのか水が入っているのか分からないし、汚れているのか汚れていないのかも分からない。そんなコップで自分の親にも飲ませているし、他人の親にも『飲んでください』と言っているわけです。いろいろな施設を見学してこれダメだなと思ったことを知らないうちに自分がやっていた。こんなことやっているから潰れそうになるんだと思って、もう涙が止まらなくなって」(小池)
資金繰りばかりが気になって、いつしか「敬護」の理念をおろそかにしていた。自分の愚かさに気づかされた小池は、施設のあり方を一から見直していく。
茶色いコップをやめて、汚れが分かる白に交換、施設内の衛生面も徹底した。待ち時間でも利用者が喜ぶアイテムを充実させるなど、考えつくことはなんでもやった。こうした取り組みが口コミで広がっていき、3カ月後には利用者で満杯のデイサービスになった。
しかし、そこに新たな落とし穴が待っていた。創業2年目に入社してきた新入社員のひと言に、小池はショックを受ける。
「『こんなブラック企業では勤められません』と。『この会社って有給取れないですよね』と言われた。有給休暇をとらせようと思ったら、問題は人が足りないことでした」(小池)
そこで小池は大胆な策を打つ。当時、店は基準ギリギリの4人で回していたが、それでも利益は月10万円。そこで、店を一軒増やして20万円の利益を出し、従業員をもう1人雇うことにしたのだ。
「後先を考えずにどんどん進めていったら、2店舗目が大ブレークして3カ月で黒字化しました」(小池)
1人を雇い入れることで、交代で有休がとれるようになる。すると就職希望者が増えてくる。それによって業績も拡大。平均年収(30歳)437万円と、一般のデイサービスの平均(約330万円)より高い給料を払えるようにもなった。
利用者だけでなく、スタッフにも寄り添うことで、「コンパスウォーク」は成長した。
恩返し研修に親元での開業支援~ベースは「親を大事にする」
一輪一輪が太陽に向かって咲くひまわりの花。小池が目指すのは、そんなひまわりのように、一人一人のスタッフが「敬護」という太陽に向かって進んでいく会社。そのために力を入れているのが研修だ。
「『自分の親は関係ない、人の親には優しくしています』という人を誰が信頼しますか。自分の親を最大限に幸せにしている人だから『自分の親を任せたい』と思う」(小池)
敬護の第一歩は自分の親を大切にすること。それを身をもって体験する研修がある。
神奈川・湯河原町にやってきたのは、入社5年目の鈴木悠平(33)と母親の千枝美さん(61)。「恩返し研修」と言って、入社5年目の社員に課せられる親との一泊旅行だ。
「息子が大人になって初めての旅行です。特に男の子はそばに来てくれないので」(千枝美さん)
費用はすべて会社持ちだ。泊まる「エクシブ湯河原離宮」は湯河原でも指折りの高級ホテル(1泊2食付き1人3万1445円)だ。部屋は広いリビングに和室もついた豪華版。湯河原の名湯を引いた部屋風呂もついている。
「小さい時から母に助けられてきたので、今度は私が母を助けていこうという気持ちになりました」(鈴木)
社員と親とを繋ぐこんな取り組みもある。
静岡・御前崎市に2022年12月オープンした「コンパスウォーク」御前崎店。ひときわ勢力的に動き回る女性スタッフは代表取締役社長・阿部史花(30)だ。
阿部は2022年、リハプライムから独立した。リハプライムでは社員の独立を支援、資金調達から物件選びなど、さまざまなサポートをしている。しかし独立には条件がある。
「親への恩返し。親が住み慣れたところで充実した生活ができるようにする」(阿部)
条件は親が住む町に出店すること。親の近くに店を構えることで、敬護の意識をより高めてもらうのが狙いだ。
阿部の父はすでに他界し、母・利江さん(64)は独りで暮らしている。娘が地元でデイサービスを始めたことを利江さんは喜んでいた。
「やはり何かあった時に、年々歳を取っていくと、娘が近くにいるのは心強いです」(利江さん)
この制度でこれまで3人が独立。敬護の精神を全国へ広めようとしている。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
2010年、両親が一週間以内に2人とも倒れる。施設を探し回ったが、ほとんど「ちゃん付け」で名前を呼ぶ。自分で作るしかない。賛同した3名のスタッフと2011年、1号店をオープン。しかし翌年、新入社員から「こんなブラックな会社では働けない」1店舗には4人が必要最低限。そこで2店舗目を出店することに。利益を得ることでスタッフを大切にする。直訴した新入社員は、その後重要な地位に。ひまわりは大きいものから小さいものまで太陽に向かって咲く。全員が太陽である理念に向かって仕事に取り組んでいく。
1965年、埼玉県生まれ。1989年、早稲田大学卒業後、野村不動産入社。営業職を経てフィットネスクラブ、メガロスで執行役員を務める。2011年、リハプライム創業。
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