「損切り」を困難にする心理バイアスの罠

投資がもっと楽しくなる!日興フロッギー選書/ クロスメディア・パブリッシングタザキ

投資や資産形成をもっと楽しくするためにピッタリの書籍を、著者の方とともにご紹介する本連載。前回は「ドルコスト平均法」の弱点についてお話ししました。今回は、投資家にとって非常に重要な「損切り」を妨げてしまう「人間の心理バイアスの罠」について、サラリーマン投資家・YouTuberとして活躍する著者のタザキさんと見ていきましょう。[PR]

損切りに失敗するのは、自信過剰だから?

「見切り千両」と言われるように、損失回避傾向がある我々にとって、損切りを学ぶことは非常に重要です。損失を確定させるのは非常に勇気のいることですが、被害を最小限に抑え、損失を広げてしまうことを防ぎます。しかし本来、さまざまな心理バイアスを持つ人間にとって、損切りは「本能に逆らう行為」とも言えるくらい、難しい行動なのです。

まずは、いくつかある「自信過剰バイアス」を紹介しましょう。

1つは「自分は他人より優秀だ」と思い込むバイアスです。ジェームス・モンティエ氏の調査では、95%以上の人が自分は平均以上のユーモアがあると答えたそうです。また、『エクセレント・カンパニー』(トム・ピーターズ、ロバート・ウォーターマン著)の中では、調査に応じた人の100%が、自分は人間関係のスキルにおいて平均以上だと答え、94%が「運動神経は平均以上」だと答えたそうです。明らかに自信過剰の人が多数いるようです。

また、「コントロール幻想」という自信過剰バイアスもあります。我々は根拠もなく「自分は事態をコントロールできる」と思い込んでしまいます。数字選択型の宝くじが人気なのは、そのバイアスが現れていると考えられます。くじはどうせランダムなのだから、自分で選ぼうが勝手に番号を決められようが同じなのですが、「自分で番号を選べる」ことを求めてしまうのです。

これは、まったく運で決まるようなことであろうとも、「自分自身の選択である程度、結果を左右できる」という幻想を抱いている状態です。このコントロール幻想は、我々をポートフォリオの「負け犬」銘柄にこだわらせてしまいます。

なぜ人はそんなに自信過剰になってしまうのでしょうか。その根拠はどこから来るのでしょう。自信過剰になってしまっている当人の中では「しっかりとした根拠」があり、それが自信過剰に拍車をかけることもあります。

私たちはいったん物事を決めると、すぐに自分の選択を正当化するための理由を探し始めます。買った銘柄が含み損になると、その銘柄の良い情報を伝えるブロガーの情報やニュースばかりを追いかけるようになるといったことです。これは、「情報収集」と言いつつ、「自分に都合の良い情報」しか集めない「確証バイアス」がかかっている状態なのです。

「後悔したくない」という心理

さらに、損切りに踏み切れない理由として、「現状維持」が大好きというバイアスもあります。人は現状維持や、もとから与えられた選択肢を選びやすい傾向にあります。損切りをしなければいけない場面では、「そのまま持ち続ける」ことが現状維持に当てはまります。

ウィリアム・サミュエルソンとリチャード・ゼックハウザー両氏による論文では、「私たちがおこなった実験の外挿によると、支持率が同じならば、現職の候補が59%対41%で勝つと考えられる。現職は、最悪39%の支持しかなくても、僅差で勝てるのである」とあります。人々が現状維持を好んだ結果、圧倒的に現職が有利になるのです。

現状維持を選びやすいのは、「後悔の大きさ」も関わっていると考えられます。ダニエル・カーネマン氏とエイモス・トヴェルスキー氏は、「人は同じ悪い結果に対して、行動しないで起こったときよりも、新たに行動したことによって起こったときのほうが後悔が大きい」と書いています。行動することは「責任」を感じさせるため、失敗したときに後悔が大きくなるというのです。

実際には、現状維持することもそれを「選んで」いるので、同じように責任は発生するはずなのですが、なぜか「現状維持という選択はそこまで後悔を感じさせない」という不思議なバイアスになっています。

「後悔回避バイアス」は投資家の心理にどう影響するか?

これを投資に当てはめるとどうなるでしょうか。今持っている銘柄を損切りするという行動をして失敗するより、持ちっぱなしにして失敗したほうが後悔を避けられるということになります。しかし、しつこいかもしれませんが、負け犬銘柄にこだわることは、心理的な後悔を減らすかもしれませんが、現実的に金銭リターンを下げる結果を招きます。

後悔回避バイアスは、「他人の猿真似」にも現れます。初心者に特に多いのが、深く考えもせずに、他人の投資方法をそのまま真似することです。先人から考え方を学ぶのは良いことなのですが、その本質を理解せず、表面的なことだけを真似しても良いことはありません。そういう人に多いのは「おすすめの銘柄だけを知りたい」という態度です。

しかし、そう思うのも仕方ないことなのかもしれません。前述した通り、責任感があると「後悔」という感情が増します。他人が決めた銘柄ならば、「自分に責任はない」と思いやすいのです(それでも最終的に決めるのは自分なのですが、心の中では他人のせいにするのでしょう)。

自らの責任で投資をおこなう以上、ときには後悔をしてしまうことはあります。どうしても後悔をしたくない人は、投資先を分散するしかありません。1990年にノーベル経済学賞を受賞したハリー・マーコビッツ氏は、雑誌『マネー』にてこう話しています。

「株式を保有していないときに株価が上がったときの、あるいは株式を保有しているときに株価が下がったときの自分の無念さを思い描いたのだ。私の目的は将来の後悔を最小化することだったので、資金を債券と株式に半分ずつ投資することにした」

他人に委ねて後悔回避をするよりは、分散により後悔回避をすべきなのです。

損切りルールのつくりかた

損切りできない理由の極めつきは「サンクコスト」、つまり撤退しても回収が見込めない資金や労力です。「その銘柄を買うまでの調査や判断にかけた時間や労力、資金を無駄にするのが嫌だ」という心理があるために、損切りに踏み切れないのです。過去にあらゆる資源を投入したことが、次の判断を誤らせてしまいます。

以上のように、含み損を抱えた状態になると、あらゆるバイアスにストレスもかかり、普段の判断能力を保てなくなります。個別銘柄の投資で生き残っている人たちは、もれなく損切りの重要性を説いています。「含み損を抱えた状態の自分は本当の判断能力を失っている」と知っていて、一定の水準を下回ったらすぐに損切りするルールを守っているのです。

それでは、どんな損切りルールをつくれば良いのでしょうか?

よくあるのは「損失率○%で損切りする」というものですが、私はあまり本質的ではないと考えています。なぜなら、「あなたの買った価格」や「あなたの買った価格からマイナス○%」なんて、本来、市場では何の意味も持たない「参照点バイアス」のかかった数字だからです。

とはいえ、「事前に損切りポイントを決めておく」という観点は重要だと思われます。多くの伝説的トレーダーの言葉を集めた『エッセンシャル版 マーケットの魔術師』では、次のような言葉があります。

入る前に、どこで出るかを決めておくのだ。――ブルース・コフナー

これは、ポジションを持った後には客観的な判断ができなくなるため、取引に入る前の冷静なときに、損失の限度を設定しておくことの重要性を示した言葉です。

購入する際の「メモ」の重要性

そう考えると、「買った理由が崩れたとき」に損切りするのも良いでしょう。そしてそれに不可欠なのが「メモ」です。購入にいたるまでの経緯や自分なりの分析、損切りすべきラインなどを購入時にメモしておくことで、後からバイアスのかかった状態でルールを変更するようなこともなくなるはずです。

「メモ? そんな簡単なことで?」と思われるかもしれませんが、「言うは易く、おこなうは難し」です。メモを残さずに売買している人は多いのではないでしょうか。

また、これが最も「自身の成長」につながる方法でもあります。一つひとつの売買を「なあなあ」にせず、分析から売却まで一連の流れを、自分自身の心情の変化も含めて振り返れるようにしておくこと。売却したときに振り返る購入時の自分の思考は、次の購入を検討するときの糧になります。

ペンを取り、じっくり自らの思考を振り返る時間は、直感的でバイアスだらけの「ファスト思考」から、論理的な「スロー思考」に切り替わる時間でもあります。本当に個別の投資をしようと思ったら、そんな地味な作業との戦いになるということです。

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