都会の屋上がジャングルに~「現代のプラントハンター」
東京・青山のファッションビルのはしりと言われた「青山ベルコモンズ」。3年前に建て替えられ、ホテルやレストランなどが入る複合ビルへと生まれ変わった。中でも4階にあるカジュアルダイニング「THE BELCOMO」が人気だ。
この日、地下駐車場には1台のトラックが。大型の植物がどんどん降ろされる。運ばれていったのは20階にある屋上テラス。夜は「青山グランドホテル」のバーになる。より魅力を高めるため、改装することになった。その主役に選ばれたのが植物だった。
「ホテルは、なかなか自然を感じられない。植物の生命力を感じられる空間が足りない。今回、建築物には手をつけず、植物だけでどこまで変わるのかっていうチャレンジを」(「青山グランドホテル」掛井智也さん)
そのチャレンジを託されたのが、そら植物園代表・西畠清順(42)。短パンにビーサン、髪は無造作に束ねたまるで野人のような男だ。西畠はさまざまな植物を自在に操り、商業施設などの空間づくりを手がけている。
「例えば『タコノキ』は別名『ウォーキングプラント』と言って“歩く”んですよ。面白いですよね。日陰から日当たりのいい方へ、根をのばして、何年もかけて動く。『オーガスタ』は南アフリカの植物ですけど、曲がっている。日本の市場には真っすぐな“優等生”の植物ばかりですが、これが真っすぐだったら何も面白くない。そういう植物を意識的に使ったりしています」(西畠)
扱うのはほとんど市場に出回っていない珍しい植物。世界中を巡って自ら探し出し、輸入している。かつてヨーロッパで、王侯貴族のために世界中から植物を集めた男たちになぞらえ、「現代のプラントハンター」と呼ばれている。
西畠の手にかかり、シンプルだった空間も、50種類を超える世界中の植物で溢れた大都会のジャングルへと姿を変えた。
改装をホテルから任され、西畠を起用したイベントプロデューサーの小橋賢児さんは西畠について、「心から自然が大好きな男です。単純に植物ができる人はいっぱいいると思いますが、地球や植物に対して愛がある人がこういう場にエネルギーを注ぐことが大事なんじゃないのかな」と言う。
西畠が房総半島の千葉・鋸南町にオープンするリゾートホテルにやって来た。目玉は緑に囲まれたプール。施設全体の植物選びからデザイン、空間作りまでを任されたのだ。
「幹の曲がりを生かして、“顔”がこちらを向くように」と指示する西島。植物の姿かたちはひとつひとつ異なる。西畠はその個性を「顔」と呼び、見る人に最大限に伝わるよう配置していく。
そのため、なかなかプラン通りにはいかない。この日も別の場所に植える予定だった木を急遽、移動させた。廊下の角のスペースに置いたのはプリンセスパームというヤシの一種だ。
西畠は大きな木だけではなく、小さな植物も多く使う。自然本来の姿をよく知っているからだ。
「健全な自然界というのは、高木があって中木があって低木があって地皮がある。それぞれがバランスをとっている。そうすると、根っこも深いもの、中くらいのもの、浅いものとなり、これが一番いい土中環境につながるんです」(西畠)
世界中から植物を買ってくる~大企業からも次々と依頼が
2015年創業のそら植物園があるのは大阪・池田市。植物の卸しや造園だけでなく、空間デザインや設計まで一貫して請け負うのが特徴で、売り上げは約12億円。それぞれ強みを持った40人近くの従業員がいる。
本社の裏に広がるのは植物をストックするための農場。東京ドームほどの敷地に、1000種類以上の植物が置かれている。
植物を海外から輸入するのは大変だ。厳しい検疫をクリアするため、土は全て洗い流し、根を切りおとす。枯れないよう手を施し、コンテナ船で時には数カ月かけて運ぶという。
農場での管理方法にもこだわりがある。「うちの場合はどんなに大きい植物でも全部、鉢に入っている」と西畠。鉢で管理するのは、輸入の際に弱った植物をしっかり回復させるため。地面に植えると、客に届ける時に掘り起こさなければならない。根を切るので枯れるリスクが高まるのだ。
「いい根っこの状態で植木を納めるっていうことを、ほとんどの植木屋さんがしてない。僕らはこれを日常的にやっています」(西畠)
さらに、注文が入ったらすぐに届けられるメリットもある。
4月中旬、西畠は沖縄へ。仕入れのため植物の生産農家を訪ねた。農家では驚きの植物との出会いが。沖縄を代表するガジュマルの木。無数の根が横へ横へと平面的に広がっていた。「200万円なら」と、即決で購入した。
いいと思ったら、迷わず買う。仕入れにつぎ込む額は年間2億円にのぼるという。
「生産者から植物を買うことで、その潤いがまた生産者に返って、新しい植物を生み出す糧になるんです。だから植物は買って、消費することで生産量が増えていく」(西畠)
仕入れ先は農家だけではない。訪ねたのは沖縄・南城市にある民家。面白い形に育った植物があると、聞きつけたのだ。
それは20年前に台風で倒れたまま放置されていたトックリラン。通常は、真っ直ぐ上に伸びるが、倒れたことで、幹の途中から何本もの枝が出て空に向かって伸びていた。
「『こっちが太陽だ』と言って成長点を分岐させるんですよ。だから横向きに生えている。だいぶ間抜けで面白い」(西畠)
西畠のもとには大企業からも続々と依頼が舞い込む。東京・渋谷区の「ミヤシタパーク」では、運営する「三井不動産」から「植物の魅力あふれる公園にしたい」と、見せ方や育て方についてアドバイスを求められた。
一方、「パナソニック」の関連会社「パナソニックエナジー」は、工場の敷地に『社員が一息つける』植物空間を作ってほしいという。集客目的以外の相談も年々増えている。
「植物を入れることによって『集客装置』になる、施設の『コンセプト』になるというのから、さらに先に進めて、企業が社員の満足度を高めて「健康・幸福」につなげる。『ただ植木屋さんとして木を運ぶ』ところから、もう一歩先の“挑戦”です」(西畠)
「村上龍」と「食虫植物」~運命を変えたふたつの出会い
8月下旬、千葉・鋸南町。先述したリゾートホテル「ボタニカル・プール・クラブ」がオープンした。
世界中から集めた約190種類もの植物がいきいきと共存する空間を作り上げた。沖縄で見つけたトックリランもここに。チェックインした客の目に入りやすいよう、フロントロビーのすぐ横に植えた。
オープン初日、客の反応を見るため西畠も来ていた。客が撮っていた記念写真を見て「抜群。もはやこれがどこの国か分からないですよね。こういうのを写真で撮ってもらうのが狙い」と言う。
西畠は1980年、兵庫県に生まれた。実家は幕末から続く花と植木の卸問屋。植物に囲まれて育ったものの、まったく興味が持てず、高校まで野球一筋だった。卒業後は海外へ放浪の旅に出る。
東南アジアのボルネオ島を旅した時のこと。山の中で偶然、巨大な食虫植物を発見する。オオウツボカズラ。なんとネズミまで食べるという。
「『なんじゃこりゃ』みたいな。僕みたいに植物に興味のない人間が、1つの植物との体験で、僕の言い方でいう“物心”がつく。これは可能性があるなと」(西畠)
これをきっかけに一気に植物へとのめり込んでいった。しかし帰国後、家業に入ったものの、バブル崩壊後の不景気で、植物業界は冬の時代だった。
「『大変やぞ』と。木も売れないし、花も売れないし、『臭くて汚くてキツい業界だから、そんな中で頑張らないといけないから大変だな』と言われました。それしか言われなかった」(西畠)
そんな時に一冊の本と出会う。それは村上龍の著書『13歳のハローワーク』。世界中のあらゆる仕事を網羅し、分かりやすく紹介している。
「最初のチャプター1の『自然と科学』に関する職業の1ページ目に、プラントハンターが書いてあるんですよ。ヤバくないですか、これ」(西畠)
そこには「珍しいもの、希少なものを取引すると、莫大な利益を生むことがある。誰もやっていないことをやると利益が大きいが、そのリスクもまた大きい」と書かれていた。
「ものすごく後押しされた、勇気づけられた」(西畠)
誰も扱っていない珍しい植物で勝負しよう。そう決めた西畠は、世界中のさまざまな場所を巡り、希少な植物を探し回った。
そんな中、スペインで出会ったのがオリーブの巨木。推定樹齢1000年、その存在感に圧倒された。日本で目にするオリーブはひょろっとした細い木ばかりだが、ヨーロッパには巨大なオリーブがそこかしこにあるという。
「たくさんある場所ではやはり価値が下がる。そもそもオリーブオイルの産業のために植えられた木。効率が悪くなり、大きくなりすぎると、切り倒して『まな板』や『薪』にするしかない。そこにはありふれているものが、場所を変えるだけで価値が変わる」(西畠)
2009年、西畠はオリーブの輸入を決意。身につけてきた知識や技術を総動員し、輸送に耐えるよう万全の手当を施した。こうして日本に運んだ20本のオリーブは全国のさまざまな施設に植えられ、訪れる人々を楽しませている。
今年5月、東京・青山にオープンした「イデアルビル」にも西畠が輸入した圧巻のオリーブがあった。1階に入居するのはオープンと同時に引っ越してきたインテリアブランド「トム・ディクソン トーキョー」。この木のパワーを感じているという。
「この木のおかげで、店を知らないで来てくださる方が増えたという印象です。お店としてもすごくうれしいなと」(「トム・ディクソン トーキョー」水野千沙さん)
豊かな地球を取り戻す!~「植物ハンター」新たな戦い
9月上旬、フィリピン・ルソン島にやってきた西畠。ボートに乗って向かったのは、海水と淡水が混ざり合うところに生息するマングローブの林だ。
100年前に比べ、フィリピンのマングローブ林の面積は半分ほどに減ってしまった。そこで西畠は豊かな緑を取り戻すため、植林に挑むことにした。しかも、ただ植えるだけではない。
「『カーボンクレジット化』してそれを管理して販売する」(西畠)
植林することでCO2を削減し、その分を排出権として販売するというもの。CO2を排出する企業はその権利を買うことで、排出分を削減したことにできる。
だが、そこには課題もある。マングローブが減った主な原因は、エビの養殖や建築材の利用のために伐採されたこと。周辺に暮らす人々の生活もかかっているのだ。
するとビジネスパートナーの「グリーンカーボン」代表・大北潤さんからこんな提案が。
「水産業をやっている方の年収がいくらくらいか。僕らのマングローブからのカーボンクレジットの収入を渡せば、彼らの収益にもなると思います」
地域も潤う仕組みをつくり、早ければ来年にもスタートさせる計画だ。
命がけのハンティングに密着~新種“巨大植物”の正体とは?
フィリピン最後の秘境と呼ばれるパラワン島。島の中部にあるビクトリア山に西畠がやってきた。ここにしか生息しないとされる植物を探すためだ。
「ヒルにやられるから気をつけて」と言う。一歩間違えれば、命さえ危ういハンティングの旅。総勢15人のパーティで山中に2泊する。
山に入って2日、その植物が生息する山頂付近に辿り着いた。それは西畠が植物の世界に入るきっかけとなった巨大な食虫植物。この山で見つかった新種「ネペンテス・アッテンボロギ」を自らの目で確かめたいと、やってきたのだ。
探すのは大きくて美しい個体。西畠はこの植物を使って世界でも類を見ないチャレンジを考えていた。さまざまな角度からカメラに収めていく。
「これを取り込んで3D素材にしようと思っているんです。そうすると立体の植物図鑑なども作れる」(西畠)
最近注目のNFTアート。唯一無二のデジタル資産として所有権の証明や売買ができる。地元政府とも連携し、利益の一部を保護活動にもつなげたいと考えている。持ち出し禁止も多い希少な植物。西畠なりの新たな届け方だ。
「『植物の価値が見直されたな』と、50年後でも100年後でもいいのですが、『植物の世界が変わったな』と言われているような仕事を生きている間にしたいですね」(西畠)
~村上龍の編集後記~
子どものための職業図鑑で「プラントハンター」を1番目に持ってきた。ロマンチシズムを刺激されたからだ。国王などの要求に応え、はるか未開の地から、花の種や苗を持ち帰った。「今ではそういう職業は存在しない」と書いたのだが、現代の日本にいた。西畠さんは、ボルネオの高山で、食虫植物の王と呼ばれる植物を見つけた。以来、世界中の木々・花々を、日本に持ってきている。スタジオで、桜が嫌いだと私が言い、嫌いなのは桜ではなく、桜に集まる人々だとわかった。植物に関して、西畠さんに嘘はつけない。
1980年、兵庫県生まれ。2010年、実家の卸問屋「花宇」取締役就任。2015年、5代目として「花宇」代表取締役就任。2015年、「そら植物園」設立、代表就任。
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