世界初のレトルトカレーを開発した徳島のグローバル企業

思わずドヤりたくなる! 歴史の小噺/ 板谷 敏彦

47都道府県、「この県といえばこれ!」というとっておきの歴史の小噺をご紹介する連載です。作者は、証券会社出身の作家・板谷敏彦さん。大の旅行好きで、世界中の主な証券取引所、また日本のほとんどすべての地銀を訪問したこともあるそうです。

第41回は徳島県。オロナイン軟膏、オロナミンC、ボンカレー……みなさんお馴染みのこれらは、それまでなかったジャンルの先駆けとなった商品です。これらを生み出した大塚グループは、グローバル企業でありながら、今でも徳島の地域活性化に貢献しつづけているのだそう。
「明治時代に株式市場の大暴落! 救ったのは『香川県独立の父』」を読む

粟が採れた「粟国」から「阿波の国」へ

徳島県は四国の東南部に位置し、高知、愛媛、香川の四国全県と接している。また、鳴門海峡を挟んだ兵庫県の淡路島とは橋でつながっており、紀伊水道(きいすいどう)を挟んだ対岸の和歌山県とはフェリーでの往来がある。

県北部の讃岐山脈と四国山地の間には、関東から西の日本列島を貫く中央構造線が走っている。高知県を源とする吉野川は中央構造線に沿うように流れ、河口付近で徳島平野を形成している。県庁所在地の徳島市は徳島平野にあり、律令時代からの地域の中心地であった。

古代の徳島では粟が採れたため、「粟国(あわこく)」と呼ばれ、「阿波の国」になった。ちなみに、淡路島はその阿波の国へと向かう路だから「淡路島」となったという説が有力だ。

淡路島は「阿波の国」へ向かう路(みち)だからとの説が有力

※この地図はスーパー地形アプリを使用して作成しています。

染料の藍や塩のおかげで実質50万石! 四国最大だった徳島藩

江戸時代の徳島藩は蜂須賀(はちすか)家25万7000石の表高(おもてだか※)だった。当時は淡路島も徳島藩領だったこともあり、四国最大の藩だった。

さらに吉野川流域の阿波藍(染料)、鳴門の塩、阿波和三盆糖、さらには煙草にお茶の商品作物による産業活動が活発で、実質石高は50万石ともいわれるほどに裕福な藩だった。

※編集部注:表高…幕府から認知された大名の所領の表面上の石高

とくに阿波藍は、全国で木綿生産が拡大する中、競合する染料があまりない状況から、全国の染料市場を席巻して大いに繁盛したのである。

日本で市町村制が施行されたのは1888(明治21)年。新生・徳島市は江戸時代からの繁栄を引き継ぐ活気のある都市で、人口は6万人。東京、大阪、京都、名古屋、神戸、横浜、金沢、仙台、広島に次ぐ全国第10位の都市だった。

ところが明治時代中期に入ると、外国産の安価な藍や化学染料に押され、染料市場を失ってしまう。さらに、塩は日露戦争の膨大な戦費の調達のため国によって専売化され、砂糖は植民地化した台湾から大量に輸入されるなど、徳島の古くからの特産品は総じて衰退の途をたどることになってしまった。

現在の徳島市の人口は24万9040人で全国第91位である(令和5年1月1日住民基本台帳人口、東京23区含む)。

西洋名画を原寸大で陶板に再現・展示する大規模美術館

2018年大晦日のNHK紅白歌合戦。普段はTVに露出しない歌手の米津玄師がこの年大ヒットした『Lemon』を歌い話題になった。紅白への出場に乗り気でない米津にNHKの担当者が粘り強く交渉し、彼の故郷である徳島県の大塚国際美術館 からの中継であればと受けてもらったとの話もある。

大塚国際美術館は、徳島県を拠点とする大塚グループが1998年に徳島県鳴門市に設立した美術館である。世界の美術館から許諾を受けた西洋名画を、陶板で原寸大に再現したものが約1000点展示されている。

鑑賞のために歩く距離は4キロメートルにものぼる大規模な美術館で、コロナ前だった2019年の入場者数は年間65万人を記録した。

米津がロケをしたのは、美術館の中心部、バチカンの礼拝堂を模倣したシスティーナ・ホールで、ホールの壁画や天井画が陶板で実物大に複製されている。この陶板を複製したのは大塚グループの大塚オーミ陶業株式会社で、陶器の性質上その色調は2000年以上保たれるといわれている。

米津はイラストレーターでもある。彼が描いた『Lemon』という絵も陶板化されてシスティーナ・ホールの入り口付近に飾られている。

今では、この美術館は鳴門の観潮(渦潮)と並ぶ徳島観光の重要なコンテンツとなっている。

徳島特産の塩を活用し創業「大塚グループ」

この大塚国際美術館を作った大塚グループ(大塚HD)とはどのような会社なのだろうか。

オロナインH軟膏、オロナミンC、ボンカレー、ポカリスエット、カロリーメイト、SOYJOY、OS-1など我々は大塚グループの商品をよく知っている。その一方で、どこかつかみどころがない会社であることも事実だろう。

1921年、創業者の大塚武三郎(おおつか ぶさぶろう)は塩田から出る苦汁(にがり)を使った炭酸マグネシウムなどの化学・薬品メーカーとして「大塚製薬工業部(現・大塚製薬工場)」を鳴門に設立した。これがグループの始まりである。国によって専売化された徳島特産の塩を上手く利用したのだ。

その後大塚は各種注射液やリンゲル液などを通じて輸液(点滴注射薬)事業に参入。この分野でのリーディングカンパニーとなる。1953年には接点ができた徳島大学医学部と協力してオロナイン軟膏を発売した。産学連携が成功した早い時期の事例である。

1965年には栄養ドリンクのオロナミンCを発売。ところが当時は炭酸栄養ドリンクというジャンルが存在しなかった。このため清涼飲料水に分類され、得意としていた薬局系ルートでの販売に困難する。

さりとて新規参入になる飲料系問屋でも扱ってもらえず、食系小売店、交通機関、病院、学校、スポーツ施設、遊技場、浴場販売ルートなどを独自に一軒ずつ開拓することになった。そして、この経験によって強固な販売力も養われたのである。

1968年には世界初の市販用レトルトカレーの「ボンカレー」を発売。しかし、うどん屋のうどんが50~60円の時代だったため、80円のボンカレーは高すぎてあまり売れなかったそうだ。

しかし、ここでも独自で販売力を発揮する。女優・松山容子さんがボンカレーを勧めるホーローの看板を見たことがある人もいるだろう。あの看板は全国で9万5000枚も取り付けられた。

そうした粘り強い営業努力があって、レトルトカレーは今や当たり前の商品になった。参入企業が相次ぐ中で、ボンカレーは業界をけん引し続けている。

ポカリスエットも、清涼飲料水のように甘くないことから、販売当初は「不味い」と評判でなかなか売れなかったのだそうだ。それが今ではスポーツドリンクの国内市場を席捲し、アジアや中近東、メキシコなどまで販路を広げて同社のグローバル商品として育っている。

このように、前例のないユニークな新商品を世に出せるのは、同社の地道な活動による強力なマーケティング能力があったからこそなのだ。

また、大塚グループは大衆の目が届きにくい医薬品分野でも成長している。日々の健康の維持・増進をサポートする「ニュートラシューティカルズ関連事業(栄養「Nutrition」と医薬品「Pharmaceuticals」の造語)」だけでなく、「医療関連事業」との2本柱でトータルヘルスケアを展開しているのだ。

日々の健康の維持・増進、疾病の診断から治療までを担う「トータルヘルスケア企業」。そう捉えれば同社の事業の全体像と一貫性が理解できるだろう。

「徳島回帰」で地元に貢献

大塚グループは、2022年通期売上高1兆7379億9800万円の大塚ホールディングスを中心に国内51社、海外145社、従業員数は約4万7000人と日本を代表するグローバル企業となっている(2023年10月1日現在企業HPより)。

一方で、大塚グループは「徳島回帰」を常に考えており、徳島にグループ企業の本社、工場、研究所をおき、5000人の従業員が働いている。文化、スポーツを通した地域活性化にも貢献しており、その代表が徳島に建設した壮大な観光資源である大塚国際美術館なのである。

文字数の関係で書ききれないが、大塚グループの他に、青色発光ダイオードで世界的に有名になった日亜化学工業株式会社も非上場ながら徳島県阿南市の企業である。

徳島は明治中期に失った藍や塩などの特産品に代わって、健康産業やダイオードなど新しい産業で賑わっているのだ。

徳島県鳴門市のおすすめ観光スポット&グルメ

大塚国際美術館があるのは、鳴門海峡を隔てて兵庫県淡路島と対峙する鳴門市大毛島。近くには鳴門観潮観光船の発着場もある。徳島市から車があれば便利だが、バスなど公共交通機関でも十分に回ることができる。

徳島観光の定番、鳴門大橋と鳴門海峡の渦潮

特産品の鳴門わかめは2〜3月が旬。この方面出身の友人たちは、この時期に鳴門ワカメを取り寄せる人が多い。驚くほどおいしい。

お隣の香川県はコシのある讃岐うどんで有名だが、鳴門のうどんは「鳴ちゅるうどん」と呼ばれるうどんで知られている。不揃いの短い麺で日本一やわらかいうどん(筆者経験)でもある。刻み揚げが入っていて大変おいしい。うどん通を自認するならば一度は食べておきたい。

やわらかい麺が美味しい鳴門なるちゅるうどん
写真は「舩本うどん」本店

徳島県徳島市のおすすめ観光スポット&グルメ

徳島市は阿波踊りで有名だ。眉山のふもとには「阿波おどり観光会館」があり、通年で阿波踊りを見学することができる。また会館からは、徳島市を一望できる眉山の山頂行きのロープウェイも出ている。

全国的にも有名な徳島ラーメンの「いのたに」は駅からも観光会館からも徒歩圏内。徳島市立徳島城博物館なども、各方面へ運航している路線バスを使えば効率的に観光できる。

全国的に有名な「いのたに」の徳島ラーメン

徳島での晩御飯は大体どこで食べてもおいしいはずだが、繁華街・栄町の居酒屋「はる坊」がおすすめ。豊富な魚介類に阿波牛など徳島独自の食材が美味しい。

居酒屋「はる坊」の阿波牛

オーセンティック・バーでは老舗で全国的にも有名な「BAR TOYOKAWA」がおすすめ。マスターから徳島観光の情報が仕入れられるだろう。

老舗バー「BAR TOYOKAWA」のハイボール