久遠チョコレートの奇跡~20年の格闘の物語

読んで分かる「カンブリア宮殿」/ テレビ東京(テレ東BIZ)

カエル先生の一言

この記事は2024年1月18日に「テレ東プラス」で公開された「久遠チョコレートの奇跡~20年の格闘の物語:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。今回、「カンブリア宮殿」に登場されたのは、久遠チョコレートの夏目浩次代表です。

久遠チョコレート 代表 夏目 浩次(なつめ ひろつぐ)

150種類の味わいに客殺到! ~ショコラティエは障害者430人

東京・池袋から電車で30分。埼玉・川越市の街の一角にある「QUONチョコレート」小江戸川越店。冬でも売れまくるのが生チョコソフトクリームの「QUONクリーム」(530円)だ。本格的な濃厚ビターチョコが味わえる逸品で、コーンの内側がチョコでコーティングされている。

だが、圧倒的看板商品はカラフルでさまざまな種類がある「QUONテリーヌ」(270円)という手作りのチョコレートだ。「ベリーベリー」にはいちごのドライフルーツ、「抹茶」には黒豆など、チョコとの絶妙な組み合わせが客を魅了している。リピーターが多い理由はその味わいの多彩さで、150種類以上ある。チョコレートは本来の風味を楽しめるよう、必要以上の油脂を加えないピュアチョコレートだ。

そんな魅力が口コミで広がり、久遠チョコレートは急拡大中。開業10年で北海道から九州まで全国40店舗を展開している。その様子は『チョコレートな人々』という映画にまでなっている。

兵庫・芦屋市の県立芦屋高等学校で開かれた上映会。映画を観た生徒たちは「なかなか見ない形の働き方で成功していることに感動した」「『すごい』としか言いようがない。尊敬のひと言に尽きる」「今までにない会社で難しい面もたくさんあると思うので、こういう会社が増えればいいと感じた」などと、感想を語る。

愛知・豊橋市の商店街の一角に「QUONチョコレート」豊橋本店がある。久遠チョコレート代表・夏目浩次(46)は「全ての店がガラス張りになっています。厨房の中の働く様子を見てもらうためです」と言う。

実は、久遠チョコレートの秘密は商品の生産体制にある。チョコレート作りを担うのは多くが障害者なのだ。全国の久遠チョコレートでショコラティエとして製造に携わる障害者は、700人中430人にのぼる。

さらに夏目が豊橋市内に作ったのが「パウダーラボ」。チョコレートに混ぜ込む食材を加工する工房だ。

「障害が重度の方たちの働く場として3年前にスタートしました」(夏目)

「パウダーラボ」で行われていたのは石臼で材料をパウダー状にする作業。その中で、重度の知的障害とダウン症の荒木啓暢だけ違う機械を使っていた。

「水平移動が苦手なので、縦型にして石臼と同じ構造にした。最初はじっとしていられなかったが、今は1日5時間働いている」(夏目)

障害者が働けるよう、さまざまな工夫で作業を可能にしているのだ。

また久遠チョコレートは、障害者に通常ではありえない高い賃金を払っている。

この直営店では重度の障害者には月給5万円以上。中度・軽度の障害者には約17万円を支払っている(フルタイムで働いた場合)。これは全国平均の10倍の金額だ。

「賃金が高ければいい、安ければダメという怒りということではなく、同じ人間なのに、極端に選択肢がなくなり、しかも『仕方ない、そういうものだ』とするあり方に、ナンセンスだと思ったんです」(夏目)

全国のこだわり食材で絶品量産~「思い」を後押しする企業も

夏目が商品作りで注力するのは、高い付加価値を生み出す食材探しだ。

「面白そうな食材があったら全国どこでも行きます。この後は山奥へ入ります」(夏目)

見えてきたのは豊橋市から2時間の場所にある愛知・東栄町の茶畑。標高は700メートル近く、雲海が出るほどの高さだ。

夏目は、ここで独自の製法にこだわる「おもてや園」代表・尾林威行さんのお茶作りに感動し、チョコレート作りに使い始めた。

「霧や湿度で葉のやわらかさを保ちやすいんです」(尾林さん)

農薬などは一切使わず、摘み取るのも1番茶のみという「雲上茶」。それ以降の茶葉は切り落とし、自然の肥料として使っている。

「できる限り自然の力を生かして、『いいお茶にしてください』と頼むような感じの農法です。チョコにしたことはなかったので、すごくおいしくてうれしかったです」(尾林さん)

尾林さんの茶葉を丁寧に臼で引き、厳選されたチョコと混ぜ合わせたのが「東栄町雲上一番茶テリーヌ」だ。

夏目が見つけ出した食材を使い次々に商品を生み出すのが、10年近く久遠チョコレートの開発を担う山本幸代と餅田有希子。この日、試作していたのは酒粕パウダーのチョコだ。

チョコに混ぜ込んだ酒粕も普通のものではない。数々のコンテストで金賞を取る栃木・市貝町の「惣譽酒造」。ここでは、今ではほとんど行われなくなった天然の乳酸菌で時間をかけて発酵させる「生酛(きもと)づくり」という製法の酒造りを行っている。

「うまみや酸味が出やすい飲み飽きないお酒です」(「惣譽酒造」河野道大さん)

このこだわりの酒粕もパウダーラボで粉にして、今までにない久遠テリーヌを作るべく、さまざまな配合を試していく。試行錯誤の末、「……香りがきていますね」(餅田)。そこに玄米とナッツを乗せると「完璧、めちゃくちゃおいしい」(山本)。

日本各地のこだわりの食材を障害者たちが丁寧に加工し、他にない最高の味わいに仕上げていく。そんなユニークな手法で、年商は18億円にまで拡大した。

久遠チョコレートはさまざまな企業からも注目されている。

全国でコールセンターを展開する「ベルシステム24HD」。オフイスの一角にあるカフェでは「久遠のテリーヌ」など久遠チョコレートの商品を扱っている。

そのチョコレートを作っている豊橋市内の工場には「ベルシステム24」の文字が。久遠チョコレートの取り組みに感銘を受けた「ベルシステム24」が出資し、久遠チョコレートの製造に乗り出したのだという。作った商品は久遠チョコレートの店舗で販売。障害者も雇用し、久遠チョコレートの生産体制を支えている。さらに多様性を学ぶ場として、「ベルシステム24」の社員研修の場としても活用している。

社員のひとりは「作っている方とコミュニケーションできたり、体験もさせてもらって楽しいです」と言う。企業が夏目の思いを後押しし始めていた。

「夏目さんとお会いして、『こういう思いがあるので何かできないか』と。『やりませんか』『やりましょう』と意気投合しました。9~10人の弊社の社員が働いています。『多様性のある働き方を、全ての社員に全ての働き方を』と、取り組んでいます」(景山紳介常務執行役員)

障害者の賃金を10倍にした男~伝説的経営者に挑んだ20年

岐阜・高山市。観光客が詰めかける古い町並みの中に夏目の新店「ABCDEfG~タケシとQUONのお菓子な関係~」飛騨高山店がオープンした。世界的に活躍する有名パティシエ、「シェ・シバタ」の柴田武さんとのコラボ業態。チョコをふんだんに使ったソフトクッキーの店だ。半年前にオープンし、まるでケーキのような柔らかい食感が人気を呼んでいる。

久遠チョコレートと同じコンセプトで、障害者を積極的に雇用。足の不自由な島尻和美もオープン時から働いている。「楽しいです。『できることを中心にやっていこう』というスタイルだから働きやすい」と言う。

障害者が働ける競争力のある店を次々に作っていく夏目だが、その原点はある経営者に言われたひと言だった。夏目が尊敬してやまない経営者が「ヤマト運輸」の故小倉昌男。「宅急便」という画期的なサービスを作り上げた伝説的経営者だ。

小倉が晩年、私財を投じて開業したのが「スワンベーカリー」。障害者の自立を目的とし、その働く場としてベーカリーを展開した。夏目は大学院生だった24歳の時、「スワンベーカリー」について書かれた本に出会う。

「小倉昌男さんという経営者が大好きで、『小倉昌男の福祉革命』という本に『平均月給1万円からの脱出』とあって、『えっ』と思いました」(夏目)

夏目は、障害者の月給がわずか1万円であるという事実に衝撃を受けた。

「障害者が働く場所がないということで、ほとんどが福祉事業所に行って働いても、1ヵ月1万円ぐらい。それを小倉さんが『経営の力を使って変えていこう』と」(夏目)

多くの障害者は、就労支援施設で作業を行い、時間や出来高に応じて工賃を受け取るが、平均月収は現在でも全国平均で1万6507円(厚生労働省)だ。実情を知った夏目は、「スワンベーカリー」を自分も手がけられないかと、小倉に何通も手紙を出し続けた。

すると半年後、面会ができるという知らせが。憧れの経営者・小倉昌男を目の前にして、夏目は早速、準備した名刺を差し出した。すると、夏目の名刺を見た小倉は、「会社名が書いてないが、どんな事業を手掛けているのか」と尋ねた。「まだ何も…僕一人です」と答えたところ、小倉の顔色は、一変した。

「『僕一人です』と言ったら、その名刺をさっと引いて名刺交換してくれなくて……。『帰りなさい、経営はそんな甘いものではない』と。頭が真っ白になりました」(夏目)

夏目は一念発起し、2003年、自ら豊橋市内にベーカリー「花園パン工房ラ・バルカ」を開業。障害者3人を雇用して商売を始めた。夏目は障害者に最低賃金を保障し、10年以上悪戦苦闘する。しかし、借金は増え続け、結果は出せなかった。

そんな中で出会ったのが有名ショコラティエの野口和男さんだった。初めて見るチョコレート作りの現場で、野口さんの言葉に夏目は閃いた。

「パン作りは100°C以上でやる。チョコレートはどんなに高温でも作業する時は30°C。子どもたちもやけどをしない。『障害者に向いているのではないか』と、彼はピンときた」(野口さん)

「野口さんが『正しい技術を正しく作ればチョコレートは化学できる。誰だってうまいものを作れるよ』と。複雑な技術があるわけではなく、ハイブランドのチョコレートができる」(夏目)

ひとつひとつの作業が単純なチョコレートなら、製造工程を細分化すれば、障害者にも高度な商品を作ることができる。2014年、久遠チョコレートは誕生した。

今、夏目はチョコレート作りを選んでよかったと感じている。「『失敗してももう一回溶かせばいい』というのは、チョコレートからもらった大きな力です」。

障害者が自立できる店作り~久遠チョコ驚きの採用術

夏目がやってきたのは北海道・北広島市の話題の「エスコンフィールドHOKKAIDO」。その球場内に久遠チョコレートの新業態ソフトクッキーの店「ABCDEfG~タケシとQUONのお菓子な関係~」がある。

この日は店舗で働くスタッフの面接があった。面接にやってきた土屋広太さんは軽度の知的障害があるという。

面接では「どんな作業ができるのか」など、細かく聞いていくのかと思うと、結構リラックスした雰囲気。土屋さん最後に得意なこととして「ヒューマンビートボックス」を披露。そしてあっけなく採用が決まった。

採用基準は、「働きたい意思があるか」だけだという。

「面接でずっと40分間うつむいていた人もいましたが『働きたい』という思いが伝わってきた。採用しました」(夏目)

夏目は、働く意思がある人材と向き合い、どうすれば仕事を生み出せるのかを考えてきた。

パウダーラボで働いて2年半が経つ荒木啓暢は、今では久遠チョコレートに欠かせない人材となっている。たまに様子を見に来る母親の登喜子さんやヘルパーの支えはあるが、現在では一人暮らしをしている。

「夏目さんが『どんなに重度の障害でも働きたいなら訓練します』と言ってくれた。(働いてから)ガラッと変わりましたし、親では与えられない部分だと思いました」(登喜子さん)

久遠チョコレートは全国に拡大している。福岡・直方市の「QUONチョコレート」直方店は3年前にオープンした。この店はフランチャイズ店。年商6000万円を稼ぎ、地域での障害者雇用の重要な場になっている。

かねてから久遠チョコレートのファンだったというオーナーの川口奈緒子さんは「久遠チョコレートに参画したくてたまらなかったので、楽しいです」と言う。

※価格は放送時の金額です。

~村上龍の編集後記~

働くスタッフの約6割が障がい者。障がい者は「B型事業所」と呼ばれる福祉作業所で働くことが多い。平均工賃は月額1万6千円程度。憤りを感じた夏目さんは「月額1万円」の壁を打破すべく、知的障がいのあるスタッフを3人雇い、ベーカリーを開業。借金を重ねつつ、最低賃金を保障して雇用を守った。「ただし製品化を高めると、ついてこられない人がでる」30代でショコラティエに転身。チョコは当たった。重要なのは、夏目さんが感じた『憤り』だ。いちばん底に怒りがある。底にある怒りは、あらゆる誘惑と欺瞞から本人を守る。

夏目浩次(なつめ・ひろつぐ)
1977年、愛知県生まれ。2003年、花園パン工房ラ・バルカ開設。2014年、久遠チョコレート事業開始。

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画像提供:テレビ東京