武田薬品工業【4502】シャイアー社買収による変化と今後の業績拡大のカギは?

日興フロッギー版 妄想する決算/ 妄想する決算

カエル先生の一言

音声メディア「Voicy」で、「10分で決算が分かるラジオ」を毎日配信中の「妄想する決算さん」が、日経225・グロースコア・スタンダードコアの企業を1社ずつ取り上げる人気連載を日興フロッギー版としてスタート! 読むだけで、知らず知らずのうちに主要な株価指数に採用されている企業についてわかるようになる決算解説。日興フロッギー版ならサクっと5分でチェックできます!

2023年3月期決算短信〔IFRS〕(連結)
2023年統合報告書
2022年度決算発表(2023年5月11日)
ホームページ(財務ハイライト)
個人投資家向けイベント2023年2月22日 プレゼンテーション資料
2024年3月期第3四半期決算短信〔IFRS〕(連結)
2023年度第3四半期決算発表

※以下の解説で使用したスライド及びデータは、武田薬品工業株式会社の「2023年3月期決算短信〔IFRS〕(連結)」「2023年統合報告書」「2022年度決算発表(2023年5月11日)」「ホームページ(財務ハイライト)」「個人投資家向けイベント2023年2月22日 プレゼンテーション資料」「2024年3月期第3四半期決算短信〔IFRS〕(連結)」「2023年度第3四半期決算発表」より引用しています。

今回取り上げるのは日本最大の規模を持つ製薬会社の武田薬品工業株式会社(以下:武田薬品)です。

今回は、医薬品の具体的な内容や可能性というよりも、武田薬品の事業の現状を書いていきます。

事業内容と業績のポイント

それではまずは事業内容から見ていきましょう(2023年3月期決算短信より)。

2022年度の武田薬品の疾患領域別の売上収益構成比率は以下の通りです。

消化器系疾患:27%
希少疾患:18%
血漿分画製剤(免疫疾患):17%
オンコロジー(がんなど腫瘍):11%
ニューロサイエンス:16%
その他:11%
※売上収益の構成比率は執筆者の妄想する決算氏が算出したデータ。

最も規模が大きいのは消化器系疾患ですが、特定の分野に特化しているわけではなく、多様な領域で分散した構成になっています。

続いて2022年度の市場別の売上収益構成比率は以下の通りです(2023年統合報告書 P10参照)。

米国:52%
日本:13%
欧州およびカナダ:21%
成長新興国:14%

主力市場はアメリカで、約半分を占めます。それに続くのが欧州やカナダ、日本市場の比率は13%と小規模です。従業員ベースの構成比率でも国内の構成比率は12%ほどで、米国は43%です。武田薬品は売上収益に関しても従業員数に関しても、アメリカを中心とした企業です。

そういった事もあって、為替の影響も大きく受けます。2023年度で、1%円安になった際の売上収益と(営業利益)への影響は以下の通りです(2022年度決算発表資料 財務補足資料 A-19参照)。

①米ドル:+195.9億円 (+17.0億円)
②ユーロ:+53.5億円 (▲39.1億円)
③ロシアルーブル:+5.6億円 (+3.2億円)
④中国元:+18.8億円 (+11.1億円)
⑤ブラジルレアル:+10.0億円 (+6.3億円)

円安に推移すると売上収益は大きく拡大します。

その一方で営業利益ではドルとユーロが逆の動きを見せ、ユーロのマイナスの影響が特に大きいです。

円安は売上収益面では好影響が大きいと考えられますが、営業利益ではマイナスに働く可能性もあるということです。

1%円安になった際のCore営業利益※(武田薬品が重視している非経常的な要因を除いた営業利益)への影響は以下の通りです。

※Core営業利益:当期利益から、法⼈所得税費⽤、持分法による投資損益、⾦融損益、その他の営業収益及びその他の営業費⽤、製品に係る無形資産償却費及び減損損失を控除して算出。その他、⾮定常的な事象に 基づく影響、企業買収に係る会計処理の影響や買収関連費⽤など、本業に起因しない(⾮中核)事象による影響を調整する(2022年度決算発表資料 財務補足資料A-1参照)。
①米ドル:+61.5億円
②ユーロ:▲30.1億円
③ロシアルーブル:+3.8億円
④中国元:+11.1億円
⑤ブラジルレアル:+6.4億円

こちらもドルとユーロは逆の動きを見せていますが、ドルの好影響が大きくCore営業利益では円安がプラスに働く可能性が高いです。とはいえ、どちらにせよドルとユーロで一定程度は相殺されますので、為替の変動が利益に与える影響はそこまで大きくありません。

近年の業績の推移ですが、売上収益はコロナの影響があった、2020年度には微減となっていますが、増加傾向が続いています。特に大きな伸びを見せたのが2019年度で、前期比では1兆円以上も売上収益が増加しています。利益面は2020年度に大きな伸びを見せていて、2018年度の倍以上の水準となり、それ以降は増減ありつつも2018年度の倍以上の水準で推移しています。売上は2019年度に大きく拡大し、利益は2020年度に大きく拡大しました(ホームページ(財務ハイライト)参照)。

このように推移した背景には、2019年にアイルランドのシャイアー社を買収した事が影響しています(個人投資家向けイベント資料 P6参照)。

話題となったのでご存じの方も多いと思いますが、6兆2000億円と非常に規模の大きな買収で、日本企業では史上最大、世界の製薬業界でも史上トップ10に入る規模の買収です(個人投資家向けイベント資料 P12参照)。

結果として、2021年度と2017年度を比較してみると売上収益は1兆8000億円から3兆6000億円まで倍増し、EBITDA(キャッシュを稼ぐ能力)は3777億円から1兆36億円と3倍ほどになっています(個人投資家向けイベント資料 P11参照)。

大型の買収により、大きく業績が伸びたということです。また、海外比率も非常に高いこともこの買収が影響しています。買収以前の2017年度の市場別構成比率は以下の通りでした。

米国:34%
日本:33%
欧州およびカナダ:18%
成長新興国:16%

買収以前でも海外が主力の構成ですが、日本比率も1/3ほどあり、主力市場の1つでした。そこから、海外を中心に事業を行うシャイアー社を買収した事で日本比率は大きく低下し、海外市場の依存度が増したのです。

そしてCore営業利益率※(武田が重視している、一時要因などを除いた本業のみの利益率)を見ると、シャイアー社買収の影響がなかった2017年度は18%ほどでしたが、それが2022年度3Qには31%まで改善しています(個人投資家向けイベント資料  P16参照)。

利益率の高いシャイアー社を買収した影響もありますが、統合を行ったシナジーで経費の削減など効率化が進んだ事も影響しています。こうしたことから高収益の企業に変化しています(個人投資家向けイベント資料 P22参照)。

一方で、買収のために多額の資金調達を行い、2018年度の第4四半期時点では有利子負債※が5兆9000億円まで拡大しました(個人投資家向けイベント資料 P19参照)。

※有利子負債:利息を付けて返す必要のある負債。具体的には銀行からの借入金や社債など。有利子負債が多すぎると、経営上、利息の返済が大きな負担となる。企業の健全性を測るうえで重要な指標のひとつ。

現在はその返済を進めています。ノンコア製品のポートフォリオ売却や、不動産や有価証券の売却を進めていて、2018年度〜2021年度でその額は計1兆8000億円にもなります(個人投資家向けイベント資料 P18参照)。

今後も有利子負債の返済のための売却益による好影響が出てくる可能性はありますが、ポートフォリオ売却の影響で2023年3月期には売上収益を押し下げています(2022年度決算発表 P19参照)。

今後の返済スケジュールを見ても、2026年あたりまでは年間5000億円~7000億円ほどの負担が続きます(2022年度決算発表 P20参照)。

まだしばらくは、ポートフォリオの売却などを進める可能性があり、M&Aなど大きな投資で事業が変化していく時期ではないと考えられます。財務負担が減少する2027年度以降にまた大きな変化があるかもしれませんので、その時期には注目です。

こうした環境の中で同社は成長商品・新製品に力を入れています。それら商品販売で業績を伸ばしていけるか、シャイアー社とのシナジーを高めて収益性を上げていくことができるかに注目です(2023年統合報告書 P49参照)。

シャイアー社の買収によって業績は大きく改善しましたが、買収額が6兆2000億円と多額です。この投資の成否はまだ分からず、長期的な業績を見ていく必要があります。シャイアー社の買収で大きな変化があった事がご理解いただけたと思います。

2023年3月期の業績を見ていくと、売上収益は大きく増加し、武田史上で初めて4兆円を突破しています(ホームページ(財務ハイライト)参照)。営業利益では2020年度がピークでしたが、前期比では増益ですし、Core営業利益(一時要因などを除いた本業のみの利益)に関しては2022年度が過去最高を達成したとしていて、本業で稼ぐ力は増加しています(2022年度決算発表 P16参照)。

売上の増加要因を見ていくと、ポートフォリオ売却の影響や資産売却の反動など、マイナスの影響も受けていますが、成長商品・新商品の拡大、円安の後押しを受けての増収です(2022年度決算発表 P19参照)。

営業利益を見ても、ポートフォリオ売却の影響を受けているものの、ビジネスの勢いと為替の影響が大きく、増益となっています(2022年度決算発表 P21参照)。

成長商品・新製品の販売も成長が続いていますし、さらに円安の好影響も受けていて環境は良好です(2022年度決算発表  P20参照)。一方でこの好調さが続く見込みかというと、そうではありません(2022年度決算発表 P25、26参照)。2024年3月期では、コロナワクチンの売上の反動があることに加えて、他の製品でも独占販売期間の終了による影響があるためです。

製薬業界は権利が重要です。大きな研究開発費を投じて医薬品を作るわけですが、製品が完成して発売すると、内容成分が公開されるため、他社でも作る事ができるようになります。一定期間は特許などの権利で守られるので、その期間に投資を回収して大きな利益を出す仕組みです。しかしそれ以降はジェネリック医薬品が登場し、競争原理が働くようになり、収益性が悪化します。権利関係が重要な分、その特許切れによって業績が悪化する時期が高い精度で分かる、ということです。2024年3月期からは業績悪化の懸念もあります。

さらに、有利子負債返済の負担が大きく、ポートフォリオ売却などがあり、業績が拡大する時期ではありませんので、成長が難しい時期に入ったと考えられます。2023年3月期を上回る業績となっていくには、成長商品・新製品がしっかり伸びていく必要があります。

ここまでのまとめ

・武田薬品は国内最大の製薬会社で、多様な疾患に対する商品を展開
・現在の主力市場は米国。売上収益も従業員数も国内の比率は低い
・2019年に行ったシャイアー社の買収で大きく業績を伸ばした
・有利子負債の返済負担減で、ポートフォリオ売却が進む
・2024年3月期からは独占販売期間の終了による利益面の影響が懸念
・シナジー拡大による収益性の改善や、成長製品や新製品の拡大が進むかどうかに注目

直近の業績

それでは続いて直近の業績を見ていきましょう。今回見ていくのは2024年3月期の第3四半期までの業績です(決算短信による)。

売上収益:3兆2129億円(+4.6%)
営業利益:2241億円(▲44.2%)
四半期利益:1471億円(▲48.6%)

増収ながらも大幅減益です。

武田薬品工業の2023年度3Q決算説明資料より

武田薬品工業の2023年度3Q決算説明資料より

売上の変動要因を見ていくと、独占販売権終了の影響や新型コロナワクチン売上減少はありつつも、成長製品や新製品が好調で、また円安の影響もあり、売上は増加しています。円安は大きく売上収益を押し上げますから、円安が進む中で売上収益は増加しています。

武田薬品工業の2023年度3Q決算説明資料より

営業利益は▲44.2%の大幅減益となっていましたが、これは無形資産の減損の影響も大きいです。

武田薬品工業の2023年度3Q決算説明資料より

そういった一時要因を除いた、本業での稼ぐ力を表しているCore営業利益に関しては、▲12.7%となっています。Core営業利益も苦戦していますが、本業面での悪化は一定程度に収まっていたということです。

武田薬品工業の2023年度3Q決算説明資料より

Core営業利益の減益要因としては、独占販売権終了や新型コロナワクチン売上の反動、さらに研究開発費の増加の影響を受けていますが、これは想定通りです。

武田薬品工業の2023年度3Q決算説明資料より

成長製品・新製品はしっかり成長していて、利益面にも好影響を与えていますので、こちらは堅調な状況です。

武田薬品工業の2023年度3Q決算説明資料より

通期予想では、1.2%の減収で営業利益では54.1%の減益、Core営業利益でも14.6%減の見通しを立てています。営業利益では研究開発費やデータ&テクノロジーへの投資を反映した結果、2Qに下方修正を行っています。為替の前提はドル円が137円で、ユーロ円が145円となっています。現在の為替水準からすると保守的な見通しで、これに関しては上振れの可能性があるとしているので為替動向には注目です。減収減益が見込まれており、成長製品や新製品のさらなる拡大がどこまで進むかに注目です。

※この連載は、ウェブサイト「note」で連載されている「妄想する決算」を日興フロッギー版として、一部を再編集して掲載しています。
※「日興フロッギー版」では、解説のポイントがわかりやすいようにマーカーを付けています。
※「日興フロッギー版」では、解説に使用したデータの参照元を記載しています。
※「日興フロッギー版」では、画像による説明は決算発表会資料に集約し、それ以外は、データの参照元を明記しています。
※「日興フロッギー版」では、用語解説を追加しています。
※「日興フロッギー版」では、「事業内容と業績のポイント」について「まとめ」を追記しています。
武田薬品工業