今回は、ESGの中でも「G」を意味するガバナンス(Governance)に注目していきます。ビジネスの場でもよく耳にする「ガバナンス」。具体的にはどんなことなのでしょうか。日興リサーチセンター株式会社社会システム研究所の杉浦所長にお話をお伺いします。
日興リサーチセンターは、SMBC日興証券のシンクタンク部門で、私が所属する社会システム研究所は、企業や投資家が影響を受ける環境や社会、ガバナンスといった社会全般について、様々な調査研究を行っています。具体的にはESG投資の調査研究や統合報告書の評価分析、それから今回お話しするコーポレート・ガバナンスに関する調査研究、企業のコーポレート・ガバナンスの評価などです。部署としては、主に上場企業等の発行体や、機関投資家に情報提供を行っています。さて、今日のテーマであるコーポレート・ガバナンスは、株主の利益を守る一つの手段です。
投資をする上で、個人投資家も知っておくと、投資先の企業に対して、違う見方ができるかと思います。
まず、そもそもですが、個人投資家などのように多くの少数株主※にとって重要なことは、株主の利益を守ることです。そのための一つの手段がコーポレート・ガバナンス(企業統治)です。
例えば、投資先の経営者がリスクを取ることで得られた利益から最終的に株主が配当を受け取る、ということを想定しましょう。ところが、その経営者が会社のお金を自分自身の借金返済に使ったり、適切なリスクを取らないで競争に負けてしまったとして、本来得られたはずの配当が受け取れなかったら、株主はどう思うでしょうか。特に、年金基金、保険会社などの機関投資家は、株式を長期的に保有せざるを得ないため、経営者の行動に対して、規律を与える必要があると考えます。その観点からガバナンスはスタートしました。つまり、海外に限らず、長期投資家であれば、投資先企業のガバナンスがどうしても気になります。
元来のガバナンスの考え方は、企業が起こす不祥事の問題をいかに防ぐかという視点です。不祥事に経営者が関与していた場合、経営者自身がすべてのパワーを持つのは良くないという観点から、業務を執行する側と、それを監督する側にちゃんと役割を分担しましょうということで、ガバナンスは強化されてきました。海外ではこの視点からガバナンス改革が行われてきました。
日本ではどうかというと、いわゆる「失われた30年」※で、長い間、経済が低調でした。安倍政権の時に、経済対策の一環で、一橋大学の伊藤邦雄教授(当時)が中心となって、今ある日本の経済問題の原因を調べた「伊藤レポート」が公表されました。この「伊藤レポート」では二つのことが指摘されました。一つは、資本効率性とかROE(自己資本利益率)という指標で見たとき、その効率性の悪さです。
そして、もう一つは投資家側が企業ときちんと対話をしてこなかった点です。この二つのことがレポートで取り上げられ、2014年ごろから本格的な日本のコーポレート・ガバナンス改革がスタートしました。
ただ、海外の機関投資家は、日本のガバナンスに関してはそれ以前から指摘していました。2008年に、海外投資家の団体が「日本のコーポレート・ガバナンス白書」を公表し、独立(社外)取締役を導入することなどを含め、日本のガバナンスに関連した問題点と解決方法を提示していました。
こんな背景があって、ガバナンスは、全てのステークホルダーとの信頼関係を築く管理体制となっています。中でももっとも重要な点は、少数株主と経営者の利益を一致させることでしょう。しかし、経営者の行動を株主自身が全部見るのは、まず不可能ですよね。経営を把握するにはコストも時間もかかりますので、経営者が株主の利益を無視するような行動を行わないように、誰かが監督する必要があります。あるいは株主と利益が一致するような、報酬の与え方を提供するということも考えられます。コーポレート・ガバナンスは、よく「飴と鞭」という言葉で例えられていて、飴がインセンティブ、鞭が監督です。この二つを使って、経営者が株主のためにちゃんと行動してくれることを期待する、というのがガバナンスの考え方と思います。
そうですね。この監督機能としては、独立社外取締役の存在が必要です。日本には、上場企業がガバナンスを適切に運用するための方針を示した「コーポレートガバナンス・コード」というものがあります。これは、安倍政権の時に、コーポレート・ガバナンス改革の一環として2015年に制定されました。現在のコードでは、「独立社外取締役が取締役会全体の中の1/3以上となるように構成してください」と書かれています。企業はそれを必ずしも遵守する必要はありませんが、それくらいの人数がいると、経営者の行動を監督・チェックできると考えられています。
独立社外取締役の役割には、経営者に対して必要な助言を行うことと経営者を監督することが挙げられます。特に、ちゃんと株主のために働くように経営者にプレッシャーを与えるというのが、独立社外取締役の重要な仕事の一つかと思います。
株主には、定時株主総会のときに、投資先企業の経営者を含めた取締役の選任について投票する権利があります。ですが、株主にはわからないことも多いのも事実です。ですので、その手前のところで、つまり取締役会の中で経営者の行動をウォッチし、もしその人が十分に働いていないのであれば、最終的には解任してもらうことも必要です。独立社外取締役はとても重要な役割を果たしていると言えます。
私が思うコンプライアンスは、「何かを遵守させる」ということなので、ある意味では「こんな企業文化を作りたい」という意図が、そのコンプライアンスという言葉の中にあると思います。例えば企業で働いている人たち、取締役も含め、すべての役社員が様々なステークホルダーとの関係性の中で、どのような行動を求めて、それを遵守してもらうか、というのがコンプライアンスの考え方だと思います。もちろん、コンプライアンスの中には法的な要件も含まれています。それを含めて、企業文化として、会社はこういう方向性でいきますよ、ということをベクトルとして表すことがコンプライアンスの考え方だと思っています。
一方、ガバナンスは、日本語では「統治」とも訳します。この「統治」には、コンプライアンスの遵守状況を含め、企業の中で行われている様々な施策がちゃんと回っているのかどうかを監督し、求めている方向性に沿っているのかどうかをチェックするという意味が込められていると考えています。これこそがガバナンスの役割だと思います。
例えば、製品の品質という場面においても、コンプライアンスとガバナンスが両方含まれていると思います。製品に対して何かしら自分たちのクライテリア(評価や判断を行う際の基準や指標)があって、しかしそのクライテリアを遵守しない形で製品を提供していたとしたら、それもひとつの会社としての方向性、企業文化だと思います。もし、「それではダメだ」となれば、企業は改善が必要となりますし、その運用状況などを監督していくことがガバナンスということになります。
・ガバナンス(governance)とは、英語で「統治」を意味する言葉で、株主の利益を守るための一つの手段
・コンプライアンス(遵守)とは、企業で働いている人(取締役、社員)が、守るべき考え方で、法令も含めて企業文化として会社の方向性を示したベクトル(行動指針や行動規範)のこと
・ガバナンスは、それを監督し、守っていくための意識づけや機能をチェックすることを指す。