連載完結! 板谷さんからの旅を楽しむ「8つのアドバイス」

思わずドヤりたくなる! 歴史の小噺/ 板谷 敏彦

「この県といえばこれ!」というとっておきの歴史の小噺をご紹介してきた「思わずドヤりたくなる! 歴史の小噺」は全47都道府県を踏破して完結いたしました。

作者は、証券会社出身の作家・板谷敏彦さん。大の旅行好きで、世界中の主な証券取引所、また日本のほとんどすべての地銀を訪問したこともあるそうです。連載を終了した板谷さんに、これから旅に出る際のアドバイスをいただきました。

ドヤりたくなる知識はドヤらない

私が日本全国を旅するようになったのは20年ほど前、地方金融機関向け証券営業の管理職になった時からです。在任期間は長くはありませんでしたが、各地区を担当するセールスと共に地元の金融機関を訪問して、金融業界の動向など情報交換するためでした。

訪問する前に準備しておくべき基本的な知識として、先方の地域経済や金融の状況、さらに訪問先金融機関の歴史や成り立ちなどがありました。それらも知らないようでは、先方のお役に立てる情報を提供できるわけがありませんからね。

現在では手に入りにくいのですが、『日本地方金融史』という都道府県別の地方金融の歴史論文を編纂した本があります。当時、各地域への出張前には必ずその都道府県の部分を事前に読んで訪問したものです。そして、ほどなくして全都道府県の地域金融史を読破することになりました。

各都道府県の金融にはそれぞれ独自の歴史があり、その背景となる個別の事情があるものです。

各都道府県に出張する前に必ず事前に読んだ

出典:日経金融新聞 編、地方金融史研究会 著『日本地方金融史』(日経BPマーケティング)

しかし、これらの知識はしょせん書物からにわかに獲得したもの。この程度の知識でドヤ顔をしていては、薄っぺらな人間だと思われてビジネスなどできません。

「思わずドヤりたくなる! 知識」というのは、あくまで相手のことをしっかりと理解するための基礎知識でしかありません。基礎知識があって初めて相手の話を理解することができ、こちらの話も伝えて、会話を成立することで新たな情報を引き出すことができるのです。

これはビジネスだけではなく趣味の旅行でも同じことです。せっかく旅行で見知らぬ土地を訪ねるのですから、その地域を理解し自身が高い満足度を得るためには、事前に十分な基礎知識を備え、先入観のない謙虚な気持ちで新しい発見をしていきたいものです。

『地方証券史』はインタビュー形式のオーラルヒストリー。地方金融を知るための参考になる

出典:公益財団法人日本証券経済研究所[企画・監修]深見 泰孝/二上 季代司[編著]『地方証券史』(きんざい)

都道府県別に語る意味

各都道府県を特徴づける最大の要因は「地勢」です。

寒冷な北に位置するのか温暖な南なのか、太平洋側なのか日本海側なのか、あるいは海のない内陸の県か。中央構造線(vol.16愛媛県)が走っているのかいないか、火山はあるか、大きな山脈はないか、河川は流れているか、耕作可能な平地の面積はどうか。これらが基本的な地勢の諸条件です。

関東地方から始まる中央構造線は、各県の地勢に大きな影響を与えていて、愛媛県では別子銅山となり、大分県では別府温泉を湧出させています。

こうした条件の下に人が住み、歴史を刻み続けることで、現在の産業や交通、人口が定まっていきます。そのため、「思わずドヤりたくなる! 歴史の小噺」では、毎回、最初にその都道府県の地勢の話から始めました。

また、現在の都道府県の地域割りは江戸時代の幕藩体制の国割りの名残を強く受けています。したがって、江戸時代の藩や天領(幕府直轄地)の歴史は、都道府県それぞれの歴史を理解する上で欠かせません。

現代ではあまり意識されませんが、江戸時代には戸口の基礎台帳である宗門人別改帳(しゅうもんにんべつあらためちょう)によって各人の宗派と戸籍が管理され、藩境を越えての移動は制限されていました。そのため、例外とされていた成田山(vol.18千葉県)や伊勢参り(vol.28三重県)などが江戸時代の大衆の娯楽として大流行したのです。

峠をひとつ越えれば言葉(方言)が違う。そんな時代なので各藩では独自の文化が育まれました。現在も城や町並みだけではなく、郷土料理や和菓子などにその名残を感じることができます。だからこそ、都道府県別に話をまとめるのは意味のあることなのです。

明治初期に発足した銀行制度も、江戸時代の幕藩体制が大きく影響しています。

各地の藩主や武士団は、給料である禄の代わりに最後の一時金として金禄公債(きんろくこうさい)を受け取りました。例外はありますが、地方銀行の創業はこの金禄公債を資本金としているケースが多くあります(vol.44鳥取県)。さらに第二次世界大戦時の大蔵省(現財務省)による「一行一県主義」もあいまって、地方銀行は主に県単位で活動しているのです。

新潟県の第四北越銀行による「だいしほくえつ金融資料室」や山口銀行による「やまぎん資料館」(vol.3山口県)など、地方銀行の中には素晴らしい資料館を付属する銀行もあります。その地域を知るという意味で、旅行した際には見逃せません。

本連載でも何度も触れてきた中央構造線。各県の地勢に影響を与える

※この地図はスーパー地形アプリを使用して作成しています。

旅のアドバイス

では、参考までに私なりの旅行前のアドバイスを書いておきましょう。

1 「思わずドヤりたくなる! 歴史の小噺」を読む

2 訪問先の地勢や人口、観光案内のホームページ、いわゆるお堅い情報を見て概要を把握しておく


3 公式だけでなく個人配信も含めて各都道府県のYouTubeの観光案内を見る

ーーおすすめは単純に視聴回数が多い投稿。わかりやすくて参考になります。

4 書籍から情報収集したい方向けには地図出版の大手昭文社が発行している「地図で読み解く初耳秘話 ○○県のトリセツ」シリーズがおすすめ

ーーこの本も地勢の解説から歴史へと知識が広がるので、訪問する際に非常に参考になります。

昭文社トリセツシリーズ。各県版が出版されている

出典:『沖縄のトリセツ』(昭文社)

5 グルメは「食べログ」などで上位の店をリストアップする
ーー高得点の店は手堅いものの、その土地を知る上で必ずしもベストとは限りません。YouTubeなどの地域毎の投稿も参考にして決めるとよいでしょう。なお、有名店は地方ほど予約必須の場合が多いので、行ってから後悔しないように準備しておきましょう。

6 ショットバーのバーマンに情報を聞く
ーー良いショットバーはバーマンの知識が豊富で、観光客では気づけないその土地の情報をたくさん持っています。例えばB級グルメの銘店だったり、伝統的なお菓子の話であったり。毎日、客と話をしているプロだからこそ、観光客が欲しがる情報を熟知していることが多いものです。とはいえ、地方の良いショットバーを見つけるのはなかなか大変。おすすめのやり方は、一般社団法人日本バーテンダー協会のホームページで各都道府県の支部長をみつけ、その店の名を探ること。支部長であればバーテンダーの技術を研鑽している人で、さらにその地域で人望のある人物であることが多い。中には偏屈な感じがウリになっているバーマンもいるので絶対ではないのですが、この方法だとハズレは少ないと思います。

サントリー角ハイ(濃いめ)のレシピとなった、松山市の「バー露口」 2022年9月惜しまれながら閉店した

7 訪問先に資料館・博物館があれば必ず寄ってみよう
ーー展示物もさることながら、ミュージアムショップにその地域に関連した他では買えない面白そうな本があることが多い(vol.1山梨県の『甲斐の歴史を読み直す』網野善彦など)。お土産物もなかなか希少なものが手に入ったりします。ただ、県立博物館の場合、公共交通機関の便が悪いケースが多いので、注意しましょう。

8 わざわざ遠くに行かなくても、身近なところに面白い場所はたくさんある
ーー首都圏に住んでいるのであれば、国立の博物館が多数あります。また東京であれば、区立博物館などもあり、地方の博物館と同等かそれ以上に充実しているケースも多いものです。これに神奈川、千葉、埼玉県を加えればその数は膨大です。まずはそうした手近な場所から旅を始めると、ほかの地域を訪れた時に何を見れば良いのか見当がつきやすくなるでしょう。

連載「思わずドヤりたくなる! 歴史の小噺」は、これから旅行する人たちのために、金融の歴史を絡めながら各都道府県の基礎知識を提供することを意図して書いてきました。記事を読んでその地域に旅行をしたいと思ってくれる読者がいれば、それは大変うれしいことです。

長い間のご愛読、ありがとうございました。