この記事は2024年8月22日に「テレ東プラス」で公開された「小さな港町にナゼ行列!? 廃館危機から大逆転! 弱小水族館のサバイバル術:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。今回、「カンブリア宮殿」に登場されたのは、蒲郡市竹島水族館の小林龍二館長です。
なぜ? レトロな水族館に客殺到~アイデア満載の節約術
愛知・蒲郡市。三河湾を臨む人口8万人ほどの小さな港町に意外な人気施設がある。どこか昭和レトロなたたずまいの竹島水族館(入館料大人900円、子ども500円)。取材カメラが入ったのはオープンから5時間後だが、入り口から長い行列が続く盛況ぶり。館内は大勢の客でごった返している。
展示しているのは、2億年前から同じ姿をしており「生きた化石」とも呼ばれている「カブトガニ」、甲冑の具足に似た「グソクムシ」……竹島水族館の売りは深海魚をはじめ、見た目はキモチ悪い生物たち。小さな水族館だが、深海生物に限れば全国トップクラスの140種類を展示している。
一番人気の水槽がタッチOKの「さわりんぷーる」。足を広げれば3メートルを超える世界最大の甲殻類「タカアシガニ」や「オオグソクムシ」などに直接触ることができる。
館長の小林龍二(43)が飼育員になった20年前、竹島水族館は廃館の危機にあった。イルカやペンギンといった人気者を購入する財源はなく、入館者数の採算ライン、年間20万人を下回る赤字の年がずっと続いていた。しかし、さまざまな改革を行った結果、入館者数は急増し50万人近くに到達。今や地方水族館では優等生とも言える黒字経営となっている。
〇どん底からの復活作戦1~金がないなら頭を使え
竹島水族館の外で飼育員・酒向穂がクズの葉を採っていた。「無料で手に入る食材として採っています」と言う。「ケヅメリクガメ」の餌になり、1カ月1万円の餌代が浮くという。
岩場に波が寄せた時の泡を再現している水槽のバックヤードには、100円ショップのバケツを二つくっつけた手作り感満載の装置が。「『ししおどし』の原理で、水が溜まると倒れていく」のだ。別の水槽の中で動くサーチライトの光は、扇風機の首振り機能だけ利用していた。
「100円ショップやホームセンターで材料を見つけて作ります」(小林)
水槽の横にある説明看板も手書きだ。例えば「フグ」のタイトルは「なぜアナタは1人なの?」。「イタズラ・悪さがひどくて単独水槽で暮らすことになりました」と答えが書いてある。「温かみがあるイラストが好き」「読んで楽しい」と、魚ではなく看板の写真を撮る客もいるほどだ。
午前3時、小林が向かったのは水族館から車で15分の形原漁港だ。三河湾に面した蒲郡市は深海魚の漁が盛ん。あまり見かけない300種類もの魚が水揚げされている。
小林のお目当ては展示用の深海生物。この日は「タカアシガニ」を1匹3000円で2匹購入したが、これは本来の取引価格の半分以下だと言う。地元の漁師たちの元に通い、水族館に展示する深海の生物を安く譲ってもらっているのだ。
協力している「順風丸」の船長・加藤辰也さんは「やはり自分が獲った魚が展示されているのを見てお客さんが喜ぶのはうれしい」と言う。
「怖いもの見たさ」を刺激&個性派揃いの飼育員たち
〇どん底からの復活作戦2~「キモチ悪い」を逆手に取る
深海生物の売りはそのキモチ悪さ。ならばその特徴をもっと強調すれば、より盛り上がると小林は考えた。
例えば「ウツボ」の水槽。以前は数匹入れていただけだったが、今は土管を吊るし「ウツボ」の数も倍に増やした。その結果、土管から「ウツボ」がウジャウジャ顔を出すホラー映画顔負けの展示となったのだ。
ホームセンターで買ってきたコンクリートブロックを組み上げて作ったのは魚のマンション。「アオハタ」の岩場に隠れる習性を利用し、出入りする様子を楽しむ。
土産用の煎餅はオリジナリティにこだわった。香りづけにグソクムシパウダーを使用した「超グソクムシ煎餅」(1200円)は、キモチ悪さをリアルに表現したパッケージにして売り出した。
ここでしか買えない煎餅は話題となり、土産物の中で売り上げナンバーワンとなっている。
〇どん底からの復活作戦3~飼育員も展示物
竹島水族館でよく見かけるのが飼育員と客が会話している光景だが、これも小林が狙ったものだ。
「竹島水族館は小さくてラッコもイルカもセイウチもいない。人気の生き物がいないんです。ここでは飼育員がそのポジションになっています」(小林)
飼育員には熱烈ファンまでついている。「サンちゃん」と呼ばれる三田圭一も人気者の一人。三田は魚を実際に食べてその味を解説看板で発表している。人呼んで「深海魚グルメハンター」。例えば「オオグソクムシ」は、食べてみるとエビやシャコに近い味だそうだ。
三田に限らず、竹島水族館の飼育員は個性を発揮しながら思い思いの活動に取り組み、ファンを掴んでいる。
「お金も知名度も人気もない。ないからこそいろいろな知恵が浮かんでアイデアが生まれて可能性があるんです」(小林)
魚好き少年から経営者へ~どん底で気づいた水族館の本質
この日、小林が訪ねたのは地元のアクアリウムショップ「ポセイドン」。小学生の頃から毎日のように通い、店の人や常連客と魚の話をするのが楽しみだったそうだ。
魚を好きになったきっかけは漁師の祖父・善吉。漁から戻ってくる時に珍しい魚を持ってきてくれたと言う。その後、熱帯魚を自分で繁殖させ、店に持ち込んでは月に4~5万円稼ぐこともあった。
「小学生とか中学生の時には水族館に勤められたらいいなと思っていました」(小林)
飼育員を目指して大学は水産学部に進んだが、当時、水族館の飼育員は欠員が出ない限り募集はなかった。2003年、なんとか潜り込んだのが、廃れていた地元の竹島水族館だった。
「水族館に入る夢はかなったのですが、反面『しょうがない』という諦めの気持ちもありました」(小林)
ところが入社3年目の2005年、入館者数が12万3000人と過去最低を記録した。水族館は蒲郡市立で、事態を重くみた市は廃館を検討する。
このままでは天職を失ってしまう。そこで小林は立て直しのヒントを求め、自腹で全国の人気水族館を見て回ることに。しかし、資金のない竹島水族館が真似できるようなことはなかなかなかった。
そんな中、小林は水族館に共通するある課題に気づく。それは水槽の横にある習性などを書いた解説看板だった。どこの水族館に行っても、誰も解説看板を見ていなかった。
「水族館というのはそもそも楽しむ場所。わざわざ休日にお金を払って魚の勉強をする人はそうはいないことに気がついたんです」(小林)
そこで思いついたのが、客が興味を持ちそうな手書きの解説看板だったのだ。しかし張り出した翌日、出社すると剥がされデスクの上に放られていた。
「『そんなことするな』ということ。手で書くなんてみすぼらしい。貧乏くさい水族館がもっと貧乏くさくなるから『やめなさい』と先輩に言われて」(小林)
それでもめげずに看板を書いては貼っていると、次第に小林に共感する仲間が現れる。
2015年にはそんな仲間たちと一般社団法人「竹島社中」を設立。水族館の運営権を獲得し、館長にも選ばれた。これまでとは違い、業績が悪ければ職を失うリスクを自ら背負ったのだ。
「『責任を取らないといけないからやめておけ』と全員に言われました。『言ったやつを見返してやりたい』『いい水族館に勝ちたい』という気持ちが心の支えになりました」(小林)
ここまでやる? 飼育員の奮闘~「客を楽しませたい」
ここから小林は、お金がなくてもできる、客が喜ぶ展示を推し進めていく。並行して始めたのが飼育員の意識改革だ。
海水魚担当の飼育員・平松涼太郎がノートに書いていたのは購入した魚とその金額。小林は飼育員に1年分の予算と水槽を自由に作れる裁量を与えたのだ。
「自分で選んだからには責任を取らないといけない。重く受け止めながら生き物を選んでプロデュースしています」(平松)
その平松がウェットスーツを着込んで海へ。
自分の理想の水槽を作ろうと魚の調達まで行っているのだ。ターゲットは浅瀬にいる小さな魚。「ハタンポ」という魚が獲れた。岩陰などで群れを作って生活する小魚だ。
「問屋さんにお願いしてもすぐに入ってくる魚ではない。簡単に手に入らない生き物は自分たちで採取しています」(平松)
別の日、平松は新しい水槽作りに動き出した。主役は鮮やかなコバルトブルーの体を持つ「ルリスズメダイ」。沖縄に旅行し、珊瑚の海で見た光景に心を打たれたと言う。同じ水槽を受け持つ桃井駿介とともに作業。珊瑚の海に映えるコバルトブルーの魚という沖縄の光景が見事に再現された。
「どうすればお客さんが楽しんでくれるか。難しいところですが、うまくいった時はうれしいです」(平松)
借金6億円の大勝負~リニューアルの目玉は?
竹島水族館では今、大掛かりな工事が始まっている。リニューアルに向けて動き出したのだ。
「今の水族館は混雑しすぎていて、お客さんがゆったり見られない。特に市内の人たちが『混んでいるから嫌だ』と、来てくれなくなってしまっているので、ゆったり見られるように敷地面積を広くする増築をしています」(小林)
銀行から6億5000万円を借金し、2倍の広さにして10月にリニューアルオープンしようとしている。目玉は7メートルの巨大水槽だ。
「『タカアシガニ』がたくさん入って見ごたえのある水槽を作る予定」だという。
「大勝負ですね。お客さんが喜んでたくさん来てもらえたら、それで万々歳なので」(小林)
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
「水族館は生きものを見てもらう施設なのに誰も見てくれない。すごく可哀想」館長になる前の小林さんの言葉だ。「水槽を眺めているほうが好き」という小学生だった。学生時代には「イルカの飼育係になりたい」当時は水族館の求人は圧倒的に少なかった。狭き門を突破して竹島に。「こんなところはいやだ」セイウチもラッコもいない。「生きものに触れる水槽が欲しい」という客の声。3億円必要だったが、予算は2500万円、成立したのは、タカアシガニのさわれるプール。自分たちの資源を活かすという戦略が、ごく自然に決まった。
1981年、愛知県生まれ。2003年、竹島水族館に就職。2015年、館長に就任。
ほかの経済ニュースに興味がある方はこちらでご覧いただけます。