投資や資産形成をもっと楽しくするためにピッタリの書籍を、著者の方とともにご紹介する本連載。今回は、「財務諸表の見方」を事例も絡めてざっくり解説しつつ、投資における「ROE(自己資本利益率)の重要性」について、投資顧問会社を経営し、投資系YouTuberとして13万人以上のチャンネル登録者を擁する栫井駿介さんと見ていきましょう。[PR]
財務諸表とストーリー
損益計算書、貸借対照表、キャッシュ・フロー計算書は、当然ひとつの企業のものなので、それぞれが関連し合っています。
商品を売ろうと思ったら、まずそれを仕入れるところから始めなければなりません。メーカーだったら、商品をつくる前に工場を建設しなければなりません。工場を建設するためには、お金を調達しなければなりません。このように、最終的には数字の羅列として出てくるものでも、その裏には必ず「ストーリー」があります。
例えば、同じ計測機器のキーエンスとオムロンでは、2022年3月期の売上高営業利益率がそれぞれ、キーエンス55%とオムロン11%です(損益計算書)。どちらもFA(工場自動化)関連のセンサや制御機器を販売しているにもかかわらず、なぜこれだけの違いが出るのでしょうか?
その答えは、貸借対照表を見ると分かります。オムロンでは、貸借対照表の借方(左側)で「有形固定資産」が一定割合を占めるのに対し、キーエンスはそれがほとんどありません。同様に「棚卸資産」も比較的少ないことが分かります。
さらに深く踏み込むと、両者のビジネスモデルの違いに行き着きます。オムロンは一般的な工場を持って製品をつくるメーカーなのに対し、キーエンスは「ファブレス」と言って、工場を持たないビジネスを行っているのです。だからこそ、キーエンスに工場などの有形固定資産はほとんどないのです。
ただし、それだけでは営業利益率が高い理由にはなりません。商品を売るためには、当然それをどこかにつくってもらい、仕入れる必要があります。単に横流ししていただけでは、これほどまでに高い利益率を出すのは難しいでしょう。
しかし、そこが腕の見せどころです。キーエンスという会社をよく見ると、営業に非常に力を入れていることが分かります。従業員一人当たり2,000万円を超える平均年収を誇り(有価証券報告書に記載があります)、一人ひとりの営業が徹底的に顧客に対する「提案力」を磨くことで、顧客の要望にあった商品を開発側に提案し、顧客に納得して購入してもらうことで、結果として仕入価格に対して大幅な利ざやを乗せて顧客に商品を販売することができているのです。
もちろん、オムロンもよい企業です。メーカーとして営業利益率が10%を超えているのは立派です。
重要なのは、それぞれの「違い」を知ることです。オムロンは、優れた商品をつくることに重きを置いた企業であるように見えます。それに対し、キーエンスは顧客との接点に重きを置き、営業人員への投資を惜しみません。どちらも社会にとって必要な企業です。
投資家的な見方をするのであれば、キーエンスは「資本効率」を意識した会社であることがよく分かります。大きな工場を抱えることは、資本効率の低下や財務リスクを抱える可能性があります。一方、顧客との接点に重きを置く「ファブレス」であれば、高い機動力で最も収益性の高い商品に絞ることができ、また大きなお金(資本)も必要としないことから、同じ元手からより多くの利益を生み出すことができるのです。
もちろん、それができるのは優秀な営業社員がいるからであり、単なる「御用聞き」でやっていたのでは、これほどまでに高い収益性を維持することは難しいでしょう。
一方で、働く側の観点からすると、オムロンは製品そのものが好きな人に向いているでしょうし、キーエンスは高い給料に見合う相応のプレッシャーの中での営業成績達成が求められるでしょう。
物事には常に表と裏があります。その両方を見て、最終的には自らの判断で「投資するならこっち」「就職するならこっち」という判断を行っていくことが、企業分析の目的です。
「目先のROEの高さ」より、「ROEの持続性」が重要
資本効率の話が出たので、ここで改めて「ROE(自己資本利益率)」について触れておきたいと思います。
ROEは投資家として最も重要視する指標のひとつです。なぜならこれが、企業の長期的な成長を予測する大きな要素になるからです。
計算式だけ取り出すと以下のようになります。
すなわち、現在の自己資本に対し、当該決算期にどれだけの利益を生み出したかという意味になります。この数値を上げようと思ったら、当期純利益の金額が増えるか、自己資本の金額を減らす必要があります。
当期純利益の額を増やすには、頑張って事業を成功させる必要があります。これはすぐにできることではありません。一方で、自己資本は、自己株式取得や配当により株主還元を行うことで減らせます。ROEの重要性が叫ばれるようになってから、後者のような動きを行う企業も増えてきました。しかし、それは必ずしもROEの本質を捉えているとは言えません。
それでは、なぜ長期投資家がROEを重視しているのか? その答えは、「複利」にあります。
複利と言うと、一般的には債券の利息や配当を再投資することで、雪だるま式にお金が増えていくことを意味します。これを意識する人は、株式投資においても「配当がないと複利効果が働かない」と考える人も少なくありません。
しかし、企業への投資の本質はそこではありません。なぜなら、企業はその利益を事業に「再投資」することで、企業そのものが複利的な成長を遂げることができるからです。
学校の授業で「拡大再生産」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。事業で生み出した利益を再び事業に投資し、さらに大きな利益を生み出すことです。これぞまさに企業投資における複利効果に他なりません。俗に言う「内部留保」もこの意味合いであり、決して現金を溜め込んでいるわけではないのです(中にはそういう企業もありますが、基本的には将来の成長のために「留保しているもの」ということになります)。
この概念において、ROEは債券でいうところの「利子率」に該当します。要するに、毎年8%のROEを計上し続ける企業は、年8%の定期預金に再投資し続けているのと同じなのです。
8%の複利がずっと続くと、10年で2.2倍、20年で4.7倍、30年で10倍に成長します。時間が長くなればなるほど、この数字は大きくなります。だからこそ長期の視点で重要なのは、「目先のROEの高さ」より、「その持続性があるかどうか」ということになるのです。
なお、利益の再投資で用いるべき数字は、ROEよりもROIC(投下資本利益率)の方が適切ですが、複雑になるため、ここでは省略します。さらに詳しく知りたい方は、ぜひファイナンスの本を手にとって見ていただければと思います。