この記事は2024年9月12日に「テレ東プラス」で公開された「過去最高益!データ主義で顧客を振り向かせる「三越伊勢丹」の戦略:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。今回、「カンブリア宮殿」に登場されたのは、三越伊勢丹ホールディングスの細谷敏幸社長です。
百貨店は終わっていない!~屋上からデパ地下まで客殺到
創業350年になる三越。三越日本橋本店の歴史を感じさせる塔がそびえる屋上には緑あふれる庭園が。その横にあるのは、分厚い肉を炭火で焼く「グリルテラス日本橋」(2024年10月14日まで開催。レギュラーBBQコース/3時間飲み放題、大人6270円、など)だ。
年配客が多いイメージの三越本店だが、若い世代も多く来ていた。定番だったビアホールでなく、屋上バーベキューが新たな客を呼び込んでいる。
中央の吹き抜けに巨大な「天女像」がそびえる日本橋三越。日本の百貨店は三越から始まった。実は今、新たな客層を呼び込むことに成功している。
週末の朝、開店前の地下1階の食品売り場に集まっていたのは何組もの家族連れ。子どもたちはさまざまな店のユニフォームに着替える。向かったのは人気のサンドイッチ店「メルヘン」。
デパ地下で行われるイベント「夏休みこどもお仕事体験」(小学校1~3年生対象)だ。実際の店舗を使ってプロの仕事を体験できるとあって、家族連れに大人気。こうしたイベントで、三越はさまざまな客層を集めている。
一方、伊勢丹新宿本店。入口には開店前から行列ができ、「百貨店の時代は終わった」と言われていたのが嘘のような驚くほどのにぎわいを見せる。年間売り上げは3800億円と、バブル期を越えている。
2008年に老舗百貨店の三越と伊勢丹が統合した三越伊勢丹HDは、コロナのどん底から急回復し、過去最高益と絶好調だ。
財布のヒモが思わず緩む~三越伊勢丹絶好調の秘密
〇三越伊勢丹絶好調の秘密1~「急拡大!お得なカード戦略」
伊勢丹新宿本店本館6階の特設会場で大盛況だったのは貴重なワインが一堂に会したイベント「世界を旅するワイン展」。
世界20カ国以上から集められた見たこともないような商品の数々に、ワイン好きが殺到していた。会場の一角には、そんな貴重なワインを絶品のつまみとともに楽しめるコーナーもある。
来場者からは「数量限定のワインがあるので、先に買えるのはすごくお得」「ウイスキーの抽選も会員のみ参加できる」という声が。この日の来場者は「エムアイカード」の会員たち。翌日から開催されるワインイベントに、ひと足早く入れたのだという。
会場の入り口でチェックしていたのは「エムアイカード」。これこそが三越伊勢丹、好業績の秘密だ。実際に館内で聞くと、客の多くが「エムアイカード」の会員だった。
その魅力はポイントやクレジット機能以外にある。会員は「興味のある催事を選んでくれて案内される」「ふだん買っている情報に応じて最適な情報をもらえる」と言う。個々の会員に合ったさまざまなイベントに招待されるのだ。先述のお仕事体験イベントも「エムアイカード」会員限定のものだった。
毎週水曜の開店前、伊勢丹新宿本店をチェックして回るのが、三越伊勢丹HD社長・細谷敏幸(60)のルーティンだ。
「各階にいろいろなイベントスペースがあり、そこが水曜日に新しくなるんです。新しいことがちゃんと表されているかを見ます。新しいものを出し続けないといけない。文化を売る商売なので」(細谷)
そう語る頭の中には売り場のデータが徹底的に叩き込まれているという。
「平米あたりの売り上げ、利益がどのアイテムがどれぐらいなのか、科学しながら計算して。歩いてみると『なぜいいのか』が分かる感じがします」(細谷)
「百貨店を科学する」と言う細谷。最も重視しているのが「エムアイカード」やアプリに加入する会員を増やすことだ。会員であれば、何歳で、年間にいくら購入し、どんな趣味嗜好(しこう)があるかなどデータを分析し、より精度の高いサービスを提供できるという。
三越伊勢丹改革の現場で、細谷が繰り返し口にする言葉が「マスから個へ」だ。
「スタートは『マス』ですが、1回でも館内に入っていただいたら『個』にする。これが『マスから個へ』。人の力とデジタルの力を使って、そのお客さんは何が必要なのかを考えて、新しい提案をし続ける」(細谷)
大勢の来店客=マスから、個人一人一人を狙った商売への転換だ。
「隠れ個室」を特別取材~極秘データで売り上げアップ
〇三越伊勢丹絶好調の秘密2~「買う気をアップさせる隠れ個室」
三越日本橋本店や伊勢丹新宿本店には、限られた人しか入れないという「ザ・ラウンジ」がある。
年間購入額が300万円以上の顧客向けのラウンジだ。中は驚くほどの広さで、飲み物やお菓子も無料。今、利用者が急増しているという。
「平日で500~600名、土日で700~800名、ご利用いただいています。席数も拡大しました」(グローバルカスタマー担当・田澤光太郎)
このラウンジの効果で客たちの購入金額も増えているという。
「来店頻度が高まり館でのお買い上げ金額も高まっているので、相乗効果は高まっていると思います」(田澤)
さらに、店内のいたるところに常連客だけを案内する、「隠れ個室」と呼ばれる空間も。例えば来店前に要望を伝えれば、好みの服を揃えておいてくれるという。
「短時間でお客様が希望するアイテムを集めてご提案できます」(シニアカテゴリースペシャリスト・渋谷早甫子)
高級腕時計の接客専用の個室。吟味していた商品は、世界に6本だけ、価格1300万円のものだった。細谷は顧客を識別し、客に合わせたサービスを徹底的に磨いているのだ。
〇三越伊勢丹絶好調の秘密3~「極秘データで館全体で勝つ」
最近、売り上げが伸びているという1897年設立のイギリスの老舗鞄メーカー「グローブ・トロッター」日本橋三越店。
「ありがたいことにお客様の認知度が少しずつ上がっている実感があります」(ストアマネージャー・堀田佳衣子さん)
好調を支えているのが、担当の三越日本橋本店セールスマネージャー・松林孝樹と定期的に行うミーティングだ。
百貨店側が持つ会員データを分析し、どんな客層が「グローブ・トロッター」を買ってくれそうなのか、販売戦略のアドバイスを行なってくれるのだ。
「すごく分析していただいている。データを基に弱みを教えていただけるので、ありがたい」(堀田さん)
百貨店ビジネスを徹底的に科学し、勝てる館を作り上げる。それが細谷流だ。
他にはないソファ&家電~デパ地下がここまで進化した
伊勢丹新宿本店本館5階のインテリア売り場。カラフルな色合いのソファに思わず惹きつけられるが、セットで620万円する。
「フランスの『ロッシュ ボボア』というブランドの『マジョン』というソファです。95センチ角のシートを1枚1枚、色や柄をお選びいただき、世界に一つしかない自分のソファを組み合わせて作っていきます。百貨店では伊勢丹新宿店のみのご紹介となります」(新宿ライフデザイン商品部・渡邉駿)
さらに、他ではお目にかかれないというのがキッチン家電。1683年創業のドイツのキッチン機器メーカー「ガゲナウ」の商品は「百貨店では初登場となります」(渡邉)。都心の超高級マンションなどで人気があるという。
伊勢丹新宿本店には、こうした商品を楽しみにやってくる客も少なくない。客をワクワクさせる商品へのこだわりを、細谷は「高感度上質なこだわった消費を狙いたい。全てのお客様の『高感度で上質でありたい』という思いをどうやって捉えていくか」と表現する。
名付けて「高感度上質戦略」。誰もが持つ、ちょっと特別な消費へのマインドを刺激する。細谷はそれこそが百貨店の存在価値だと考えている。
三越日本橋本店のスイーツ売り場にも、オンリーワンがいくつもある。「ヒューモルガン」はバニラビーンズにこだわりぬいたスイーツ店。日本でこの三越日本橋本店にしか存在しない。チョコレートで有名な「ティール」も、百貨店等への出店は三越日本橋本店のみだ。
「ティール」を口説き落としてきたのが、三越日本橋本店バイヤー・井上孝だ。この日、訪ねたのは日本橋兜町に本店を構える「ティール」。
重厚な建物を使った店内、詰めかける女性たちのお目当ては、「チョコレートプリンにミルクアイスをどーん」(1210円)だ。
三越とは至近距離にあるため、「熱烈なラブコールを受けなければ出店しなかった」(シェフパティシエ・眞砂翔平さん)と言う。
「すぐに決断をいただけるわけではないので、悩みに悩んだ末に出店していただけるのは、毎回うれしいことです」(井上)
2024年8月22日、準備中の企画をメディア向けに発信する食品プレス展示会が開かれていた。
「お客様が自由に4つ選んで、箱に詰めてお渡しします」(三越日本橋本店バイヤー・藤澤龍生)と言うのは、デパ地下に集まる店に協力を求めた「組み合わせ弁当」だ。
80種類の味わいを自由に組み合わせることで、150万通りの弁当が作れるという。
「うなぎの『ての字』さん、牛すきの『浅草今半』さん、江戸前寿司の『九段下 寿司政』さん、京料理の『美濃吉』さん……これだけのブランドの商品がないとなしえない。それを一堂に会して、選ぶ楽しさをお客様に体感していただける企画になっています」(藤澤)
百貨店にしかできないことで暮らしを豊かにする。その挑戦に終わりはない。
1階フロア大改装で復活~福岡の百貨店で何が起きた?
細谷が伊勢丹に入社したのは1987年。その後、厳しい時代を迎える百貨店でさまざまな店舗の改革を行った。30代の時には、マレーシアのクアラルンプールにあった伊勢丹の店舗で5年間勤務。業績を一気に改善して見せる。
細谷の百貨店改革の仕事は福岡でも。経営難に苦しむ中、2009年に三越伊勢丹HDの完全子会社となった岩田屋だ。
2018年、岩田屋三越の社長を任された細谷は、客を呼び戻すべく、1階フロアの大改装に踏み切る。中央を占めていた日常使いの雑貨売り場を撤去。広大な化粧品売り場に一変させた。
「同じ日常的に使うものでも、化粧品は高揚感が高まる。『スピードをもってやりなさい』と変えていったのが一番大きかったところです」(岩田屋三越営業本部長・原一征)
細谷が目指したのは九州最大級の約50ブランドの化粧品売り場。すると客が徐々に戻って来た。さらに館内に、高感度の新たな店を次々に誘致する。
見て回るだけでも飽きない商品が並ぶ「島村楽器」岩田屋福岡店。400万円のバイオリンまで品揃えしている。六本木でも人気を呼ぶ入場料がかかる書店「文喫」福岡天神(大人平日2時間1100円、コーヒーなどおかわり自由)にも、常連客がついている。
百貨店改革で細谷が最も大切にしてきたのが、現場社員との対話だ。
この日の相手は食品スーパー「クイーンズ伊勢丹」の店長たち。
「スーパーマーケットで『マスから個へ』をどう考えています?」など、なんでも質問を受け付けるのが細谷のスタイルだ。こうした対話をすでに3000人以上と行ってきたという。
参加者の一人は「ありがたいです。社長の口から『世界に』という言葉が出たので、そこを目指していけるんだと感じました」と言う。
百貨店の未来形が見えた~「館」全体で盛り上げる
三越が百貨店の名を掲げて120年。客に尽くすというその決意は続いている。
三越日本橋本店の食品売り場のお酒コーナーをのぞいてみると、並んでいたのはユニークなデザインのカップ酒。漫画家・水木しげるさんが育った鳥取・境港市の蔵元「千代むすび酒造」のものがあれば、インパクトのあるデザインの新潟・佐渡市「北雪酒造」のカップ酒もある。
これは食品売り場の社員たちが考えたミニ企画。より楽しく酒を飲んでもらおうと全国からカップ酒を集めた。
一方、本館6階で客を集めていたのは、1927年に会場した三越劇場。この日は、さだまさしさんプロデュースの落語会という、ユニークな企画が行われていた。
館をあげて客を楽しませる、その努力に終わりはない。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
三越伊勢丹は客を識別している。選んでいるのは単なる金持ちではない。岩田屋三越時代、年300万円以上の買い物をする富裕層向けのラウンジを作ったが、それは客とのコミュニケーションだったように思う。「マスから個へ」という考えは時代にマッチしている。新宿伊勢丹はファッションで若年層からも高い人気を誇り、百貨店の店舗別売上高において日本一であり、小売業全体でも日本一だ。百貨店をブルーオーシャンと評する細谷さんは、上質な客を求めている。上質な客の数は増えていくだろう。「マス」から「個」が生まれる。
1964年、東京都生まれ。1987年、早稲田大学法学部卒業後、伊勢丹入社。2015年、三越伊勢丹執行役員就任。2018年、岩田屋三越社長執行役員就任。2021年、三越伊勢丹HD代表執行役社長就任。
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