この記事は2024年10月24日に「テレ東プラス」で公開された「働きやすい工夫が詰まった“次世代オフィス”!社員がやる気になる大改革の舞台裏:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。今回、「カンブリア宮殿」に登場されたのは、イトーキの湊宏司社長です。
働く人が憧れる「次世代オフィス」とは~創業134年の老舗が大変貌
結婚披露宴にも使われるお洒落な雰囲気の社員食堂を作ったのは越前織の老舗メーカー「松川レピヤン」。社屋のコンセプトが「福井で一番大きなお家」で、そのダイニングというわけだ。じゅうたんに座ってゆったり食事ができるコーナーも。奥の階段の先には昼寝もできるくつろぎスペースがある。
社員食堂だけではなく、オフィススペースもこだわって作った。どの位置に座っても社員同士の顔が見え、コミュニケーションが取れるようになっている。
2022年、7億円を投じてこの本社を作った常務・松川博美さんは「福井県だけでなく県外からも就職先に選んでもらえる場所にしたい。社員がご家族に自慢できる場所にしたくて見栄を張りました(笑)」と言う
新オフィスの効果は絶大。社員のモチベーションが上がっただけでなく、入社希望者が3倍に増えたという。
この社屋を丸ごと手がけたのが、「明日の『働く』を、デザインする。」を掲げるイトーキだ。
イトーキは日本で初めて学習机を作った創業134年のオフィス家具メーカー。本社は東京・日本橋の巨大なオフィスビルの中にある。
現在の主力事業は次世代オフィスのプロデュース。コンセプト作りから内装工事まで請け負うビジネスで成長してきた。「カルビー」や「サントリー」など大手企業からも引っ張りだこで年間4万件のオフィスを手掛けている。赤字に苦しんだ時期もあったが、V字回復した。2023年の売り上げは1300億円を突破し、過去最高を記録した。
〇オフィス革命1~働き方を変える家具
イトーキの本社は3フロア。毎年1フロアずつ順繰りに改装し、最新オフィスの使い勝手を試している。入社2年目の営業本部・大塚真純は転職組だが、オフィスが会社選びの決め手になったと言う。
「他の会社さんからも内定をいただきましたが、『ここで働けたら素敵だな』と思って志望度が上がりました」(大塚)
オフィスは照明や家具、インテリアで「屋内」と「屋外」を表現。その日の仕事の内容や気分に合わせて好きな場所を自由に選べるようにしている。
集中したい時は私語禁止のエリアへ。デスクは昇降式で、立ったままの作業も選べる。大きなモニターが付いていて細かい作業にも集中できるという。
大人数で話し合うスペースは「キャンプファイヤーみたい。外側からも参加できるから盛り上がりやすい」(大塚)。中心に据えられたのは360度カメラ。これ1台でリモート参加者からは全員の顔が見える。
独自開発した「サウンドソファ」はリモート会議にありがちな音の悩みが解決できると言う。離れているとリモートの相手の声はほとんど聞こえないが、近づくと声がクッキリ。
「ヘッドレストが指向性スピーカーになっていて、空間の外には音が漏れない」(営業本部・大熊隆司)
一方、こちら側の声は集音マイクが1メートル以内の音しか拾わないので、相手も周囲のざわつきが気にならない。個室を探す必要がなくなるのだ。
こうした家具を求めてイトーキの本社には年間2万人がやってくる。この日は「東横イン」のスタッフが来社。本社はショールームの役割も果たしていて、実際に家具を使っているところを見学できる。
「なんか羨ましい。こういうところで働きたいです」(「東横イン」・田中知子さん)
「離れられない」椅子がヒット~オフィス3.0とは?
〇オフィス革命2~人の動きにフィットする家具
イトーキの技術の粋を集めた椅子「アクトチェア」(13万1100円)は累計16万脚を売ったヒット商品。「腰の部分がフィットするのでサポート力が高く、離れられない」と言う。
この椅子を作っている滋賀・近江八幡市の関西工場では、特殊なカメラで、センサーをつけた社員を撮影。これをCG化して人の動きをデータに落とし込み分析している。
「肩を叩かれて振り向くとか、人の動きに合わせた椅子を作りたいです」(開発設計統括部・河本誠太郎)
人がどう動くかを突きつめて作った「アクトチェア」は、背もたれは一本の柱で支える構造だから、座りながら上半身を捻ることもできる。
「何か声をかけられたら振り向けるし、物も取りやすい」(河本)
肘当てはワンプッシュで上下左右と自由自在、好きな位置で止められる。さらに小柄な人に優しい機能もある。サイドのレバーで座面の長さを調節し、腿裏の圧迫を解消できるようにした。いずれも日本初のこれまでなかった機能だ。
「開拓精神を持って新しい技術、素材、機能にチャレンジするという意気込みでやっています」(河本)
耐久性にもこだわっている。椅子の背もたれを捻る動きの左右5万回の耐久実験は国の基準の5倍以上。壊れ方まで記録している。
「いくつも試験体をスクラップにしてきました。椅子は徹底的に追い込んで壊れるまで見ないと、カタログには載せられない」(品質保証統括部・十時康)
イトーキではこうした厳しい耐久実験を150種類以上にわたって実施している。
この日、千葉市の関東工場で懇親会に参加していたイトーキ社長・湊宏司(54)は外資系IT企業「オラクル」出身。イトーキの歴史の中では初めて外部から社長になった。就任からわずか2年で利益を5倍に増やした躍進の立役者でもある。
社員たちは「社長といえども従業員と同じ目線で話しかけてくれるので接しやすい」「今までの社長の中で一番フランク。みんなのやる気が上がる」と言う。
湊はIT技術を使って今までにない検証も始めている。デスクに置いてあったのは、会社支給の携帯に反応し社員の位置情報を把握するセンサー。このセンサーをオフィスの300カ所に設置し、データをとっているのだ。
モニター上の家具についている色は稼働率を表し、最も使われていると赤になる。家具の横の、棒の色は生産性。仕事がはかどるかどうかを社員に聞き取りし、加えた。
これらを分析し、仕事がはかどる人気の場所やレイアウトを導き出す。
こうしてオフィスの生産性を高め、「オフィス3.0」と称してビジネス展開している。
「オフィスの究極の目的は生産性を上げること。利益を生むオフィスになるということです」(湊)
外資系IT企業からオフィス家具の老舗へ2年連続赤字から復活
この日は社員の家族が本社に集まっていた。始まったのは職場の見学会。なぜか昭和風の出し物もある。
家族のおもてなしに当たるのは、湊や役員たちだ。社員とざっくばらんに接している湊だが、社長になった2022年は様子がまったく違ったと言う。
「抵抗勢力ってすごい。『オフィス家具業界が初めてだから分からないかもしれないけど、この業界はこれでいいんです』と」(湊)
1970年、大阪府生まれの湊は生まれながらにして先天性の腎臓病を患い、医師から絶望的な宣告を受けていた。
「『おそらくダメだろう』と言われて救われた命だから、何か社会に貢献したいと」(湊)
もらった命を世の中の役に立てようと猛勉強。東京大学から「NTT」に就職し、その後はアメリカのIT企業、現「オラクル」で働いた。
そこは「四半期ごとに結果を出さないといけない。9カ月連続で数字をミスすると退場」(湊)という世界。実力主義の中で日本法人の副社長まで上り詰めた。すると、ある日突然、ヘッドハンターから声がかかった。
「イトーキは一切、頭になかったです。『なんでだろう』と不思議でした」(湊)
イトーキは1890年、伊藤喜十郎が創業。その名前から「イトーキ」となった。初めは事務用品や輸入品を扱う雑貨店。日本で初めてホチキスを輸入し、椅子は木製が当たり前の時代にスチール家具に目をつけ販売した。人がやっていないことに挑戦する喜十郎の信条は「旺盛な開拓精神を持ち続けよう」だった。
しかし、時を経てイトーキの企業風土は様変わりする。ヒット商品が作れなくなり、2019年からは2年連続の赤字と、どん底状態に陥った。
当時を知る社員は「どこにもないような発想はなく、『他社にはあるけどイトーキにはないから用意してくれ』という意見が多かった」(福岡支店支店長・鈴木章)と言う。
開拓精神は姿を消し、他社の後追い商品ばかり作る会社になっていたのだ。
「価格を下げて値引きをして何とか他社より安く売る。でも腹の中では『ダメなんじゃないか』と思っていました」(鈴木)
そんな八方塞がりの状態で白羽の矢を立てられたのが湊。ITを活用して現状を打開してほしいと声がかかった。
だが入社早々、工場を視察に行くと、目を疑うような光景があった。工員たちに個人パソコンは支給されておらず、7人で1台を使っていた。順番待ちの列ができることもあった。メールもろくに見ることができないので、生産スケジュールは朝礼で手渡しされた。
「『エッ、7人で1台の端末?』とびっくりしました。先輩もそうやってきたから、環境がおかしいと声を上げてはダメな文化だったと思うんです」(湊)
湊はすぐにタブレットを支給しようと提案。ところが現場から返ってきた答えは、「正直に言うと、要らないと思いました。工員一人一人がロッカーに入れて施錠して帰るとか、管理者の不安要素が増える」(滋賀第1製造部課長・竹林和弥)、「すごいお金を使って全員に渡して大丈夫なのか、使いこなして効果が出るのか。ものづくりを知らないのだろうと思った」(千葉製造部部長・村上敬哉)
今までのやり方でいい、門外漢が波風を立てるなというのが大方の意見だった。
「『今までこうやってきたからお前らもやれ』という世界なんです。これからは新しいことに挑戦していかないといけない。いかに前例踏襲主義という文化を壊していくか」(湊)
湊は反対の声を押し切り、工員一人一人にタブレットを支給し、生産スケジュールなどを全てデータで管理できるようにした。当時、反対の声を上げた社員は「もういいことしかないです。恥ずかしい限りです」(前出・竹林)と言う。
前例踏襲主義を壊せ~「出る杭」を伸ばして年収3倍も
前例にとらわれず、やり方を見直そうと、全工場で取り組んだのが、知恵を絞ってカラクリで作業を改善する「ちえくり改善大会」。
椅子の生地を裁断する滋賀第2製造部・中井杏菜もアイデアを応募した。生地を重ねて、まとめて裁断するのだが、これが重労働。カットする場所までは引きずるしかない。20キロの生地を力任せに移動させていた。「大変です。汗をかくし力尽きて(腕が)痛くなります(笑)」(中井)という作業だった。
中井は「魔法のじゅうたん」と呼ぶシートを手作りし、「ちえくり改善大会」に応募した。実は作業テーブルには穴が空いていて、ここから風が出ている。生地だけだと風が通り抜けてしまうが、下にこのシートを敷けば少し浮き上がり、軽々と移動させられる。
ちょっとしたアイデアだが、これで作業時間が1日に80分も短縮できた。中井はこのアイデアで金賞を受賞した。
「賞金は50万円でした。現金でいただいてビックリしました」(中井)
さらに湊は、社員のやる気を生み出す制度改革にも乗り出す。従来の社員の査定評価では、例年、平均より評価の高いBの社員が80%以上。ほとんどの人がBだったのだ。
「平等というのは必ずしもフェアではない。頑張っている人も頑張っていない人も平等にBと評価されれば、頑張っている人からすると『だったら頑張らなくていい』ということになってしまう」(湊)
そこで湊は5段階ではっきり差をつける評価制度に変えた。上から5%、15%、60%、15%、5%とそれぞれの割合を決め、競争心を植え付けたのだ。
また営業部員に対して、年間成績にそったインセンティブを支給するようにした。
福岡支店営業本部・吉村尚樹は「100万円近くもらいました。給与明細のメールを二度見しました」と言う。100万円は2024年に挙げた結婚式の費用になった。
「頑張ったぶんだけ報われる。ちゃんと評価してもらえることはモチベーションの一つになります」(吉村)
中には年収が3倍に跳ね上がった営業マンもいる。こうして、わずか2年でイトーキは体質を変え、かつての開拓精神を取り戻した。
保育士がすっきり! 謎のボックス~「眠れる特許」で新ビジネス
やんちゃな子どもたちと一日中向き合う保育士の仕事は想像以上にハード。休憩時間に元気をもらえるというのが、施設内に設置された高さ2.5メートルの、立ったまま眠れる世界初の仮眠ボックスだ。
高さを調節することで、足の裏、スネ、お尻、頭の4点で力を入れなくても支えられた状態になり、立ったまま眠ることができるという。利用者は「周りの音も全然聞こえないからゆっくりできます」と言う。20分ほどですっきりして仕事に戻るのだ。
仮眠ボックスを作ったのは「広葉樹合板」という会社。スーパーなどで使う什器を製造している。新商品の開発にも挑んできたが苦戦続き。そんな時に出会ったのがイトーキの「立ったまま眠れる」特許とのコラボだった。
「驚きでした。普通は横になるのに、立って寝るとはどういうことかと、興味が湧きました」(社長・山口裕也さん)
イトーキはこうした特許を811件も取得している。その一部を他の企業とコラボして使ってもらうことで新たなビジネスを生み出そうとしている。
「世にない物を果敢に考えている会社のイトーキさんと巡り合えて、中小企業にとって大きな刺激になっています」(山口さん)
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
イトーキはアートを扱う子会社を持つ。現代アートを取り扱う会社だ。社員のコミュニケーションツールにもなる。出勤とリモートを併用する「ハイブリッド勤務」が広がると、社員同士のコミュニケーションが薄くなる。オフィスで人と会って話すことの重要性が高まる。アートは話題になるわけではなく、背景となる。美というのはそういうものだ。湊さんは1143件の国宝全てを見るのが目標だそうだ。美を求めている。オフィスも美しくなるらしい。オフィス「3.0」は家具にセンサーを付けるのだそうだ。
1970年、大阪府生まれ。1994年、東京大学経済学部卒業後、NTTに入社。2008年、サン・マイクロシステムズ入社。2010年、統合により日本オラクルに。2019年、日本オラクルCOOに就任。2021年、イトーキ顧問に就任。2022年、社長に就任。
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