上司の「何作ってもいいよ」から生まれた、革命ボールペン【前編】

発表!あの会社の気になるランキングNo.1!/ 日興フロッギー編集部

世界約60か国、年間1億本以上を販売する三菱鉛筆の「ジェットストリーム」。「濃い、なめらか、速乾性」の三本柱で油性ボールペンの常識を変え、低粘度油性インク流行の立役者となりました。ブランドの生みの親であり、2006年の発売まで5ケタ以上のインクを試作した市川秀寿さん、国内営業を経て、現在は商品企画の担当を務めている岡本達也さんにお話を伺いました。

カエル先生のデータバンク

今回は、三菱鉛筆株式会社の売上ランキングを発表!
※大手流通POS年間販売金額実績(2023年)全国GMS/SM/CVS/DRUG計(三菱鉛筆集計)より

3位 替芯ユニ(約2000万円)
独自成分配合により芯粉が紙面に高密着。くっきり濃い文字を書くことができ、かつ、こすれに強いため筆記後のノートをキレイに保ちます。何度も見返すノート作りに最適なシャープ替芯です。
2位 クルトガ(約4000万円)
書くたびに芯が少しずつ回転することにより、芯が均一に磨耗してトガり続けます。ずっと細い文字を書き続けられるので、ノートもすっきりします。
1位 ジェットストリーム(約1億5000万円)
超・低摩擦ジェットストリームインク搭載。従来の油性ボールペンと比較して、摩擦係数が最大50%軽減されています。顔料と新しい色材を組み合わせることにより、くっきりと濃い描線を実現。速乾性にも優れています。

高級モデルも150円モデルも同じエンジンを積む

ーー「ジェットストリーム」はスタンダードモデルから高級ボールペンまでシリーズ展開が豊富です。ジェットストリームというブランド名はどういった商品に付けられるのですか?

岡本さん:専用のインクを使っているかどうかですね。リフィルと呼びますが「ジェットストリーム」と冠するボールペンには、すべて専用の低粘度が特徴である「ジェットストリーム」インクを使っています。ちなみに、今回、シリーズ総数を数えてみたのですが、1つのデザインに対しボール径や色展開が複数あり、セット展開もありと売り方も変えています。販売の現場で対応しているものまで含めると何百という単位になるかと。現在は、担当者レベルでも把握できないほどのバリエーションになっていますね。

商品開発部商品第二グループ次長の岡本達也さん。「ジェットストリーム」の発売当時、国内営業を担当

市川さん:売れ筋の150円モデルから5000円の高級モデルまで書き味は一緒です。中のリフィルをエンジンに喩えることが多いのですが、言ってみれば、150万円の軽自動車から5000万円の高級自動車まで同じエンジンを積んでいるという具合です。ニーズにより単価を変えていますが、お客様にご満足いただけ、「ジェットストリームなら」と評価してもらうことも多いです。リフィル開発に相当の年数と工数をかけたことが良かったのだろうと考えています。及第点で出したものであれば、ここまで育たなかっただろうと感じますね。

研究開発センター品川執行役員・研究開発フェローの市川秀寿さん。
「ジェットストリーム」インクを開発

ーー開発スタートは1999年の暮れとのこと。当時、油性ボールペンは成熟市場と見られていましたが「三菱鉛筆が改革せよ」といった空気感があったのでしょうか。

市川さん:そんな大層なテーマはありませんでした。私は当時、部署を異動したばかりで油性ボールペンのことは何も知りませんでした。個人的には「ユニボール」に代表されるような水性ボールペンばかり使っていました。油性ボールペンの書き味が好きではありませんでした。書き出しは渋くて重く、乾きにくく手についてしまう。それならば、自分が使いやすい、水性のようにサラサラ書ける油性ボールペンを作ってみよう、と考えたのがスタートでした。当時の上司に「何でもいいから自分で考えてやってみてよ」と言われたのも大きかったですね。

年1億本を販売! 2006年に日本での販売スタートした「ジェットストリーム」

「漢字が書けない!」最初の会議は怒号が飛んだ

ーー最初の試作品は社内で評判が悪かったとお聞きしました。

市川さん:第一回のプレゼンでは怒号が飛び交いました(笑)。原材料が多くコストも嵩みすぎたのですが、そもそも「こんなものは売れない」と一蹴されました。スラスラなめらかに書けるペンを目指しましたが「いくらなんでも滑りすぎるだろう」と。最初の試作品はなめらかすぎて漢字が書けなかったんです。筆記体やサイン用途であれば良かったのかもしれませんが、トメハネ文化のある漢字とは相容れません。この時は、なめらかを追及するあまりペン先のボールが回転しすぎる仕様になっていました。2006年の日本発売の際はインクにブレーキをかける形で抵抗感をつけました。

「試作品はなめらかすぎて評価はさんざんだった」と語る市川さん

ーー日本スタート前に、2003年に欧米で「ジェットストリーム」を発売しています。私たちがよく知るノック式ではなくキャップ式なんですね。

市川さん:ノック式ボールペンが3年で開発できなかったからなんですよ。「ジェットストリーム」には従来の油性ボールペンでは使われていない成分が多いんです。低粘度インクでなめらかさを出したり、速乾性を高めるために溶剤を変えたり。テストにかなりの時間を要し、試作品だけでも5ケタ以上は作っています。ノック式の場合、ペン先が露出しているので乾きやすく外界からの影響を受けやすい。インクそのものが崩壊するリスクもある。直流といってインクが垂れないように設計する必要もありました。

一方、キャップ式の場合、ペン先が暴露しない前提なのでインクとしては設計しやすいんです。ノック式とは似て非なるリフィル形態で、これならば3年でできそうだと。ただ、日本市場ではキャップ式は受けないので、まず海外で先に展開し反応を見てみようということになりました。

日本では購入できないキャップ式

市川さん:蓋を開ければすごい勢いで売れました。少ない数量しか見込んでいなかったので品薄状態が2年くらい続いたんです。というのも、「ジェットストリーム」はさほど期待されていなくて、余っている工場のラインを使っていたほど。日本でのスタート時も、設備投資を最小限にするため「キャップ式とノック式」兼用機に改造しましたね。キャップ式のリフィル、ノック式のリフィルとも同一のものを使うのは弊社でも「ジェットストリーム」が初めてだったと聞いています。現在は専用のラインがありますが、山形の工場では兼用機も未だ稼働しています。

代表電話では「ジェットストリームの三菱です」

ーー「ジェットストリーム」が期待されていなかったとは意外です。営業サイドから見るとまた違う声もありそうですが。

岡本さん:むしろ、すごく期待していましたよ。当時、私は「ジェットストリーム」の国内営業担当だったのですが開発サイドと見ていた世界は異なる気がします。当時、覚えているのが「今までにないボールペンができた! よし、大々的に仕掛けよう!」という空気を感じていたこと。弊社にしては珍しくCMを打っていますし、ラッピング電車もやりました。代表電話の応対が「はい、ジェットストリームの三菱鉛筆です」だった時代もあるんです(笑)。立ち上がり時期から販促活動を多数仕掛けた記憶があり、日本全国の文具店やショッピングモールなどの一角を借りて「試し書きキャラバン」をやったり。実際に書いてもらって「このペン、すごい!」という声をいただき、幸先の良さを感じていました。

市川さん:私も店頭に行きましたが、盛り上がっていましたね。開発者として「書いてもらえばわかる」という自負はあったものの、お客さんの反応はとても嬉しかったです。

ーーちなみに、当時の油性ボールペンは1本100円のものが多かったそうですが「ジェットストリーム」は150円。価格も攻めていました。

岡本さん:「ジェットストリーム」の機能的価値を踏まえて150円にしたわけですが、この50円の差って大きいですよね。2006年当時は、企業がボールペンを備品として支給するケースが多かったんです。1本買うのならば50円の差でも、大量購入だともっとシビアに見られます。ですから実際に書いてもらってファンを増やしていく戦略で、徐々に口コミでも広がり「会社でも使いたい」という声も出始めました。「ジェットストリーム」には、これをきっかけにブレイクしたという大きな転換点はありません。地道な活動でここまで来た感じなんですよね。

後編では「ジェットストリーム」の売れ筋とともに「海外では黒より青が売れる」など、知られざるボールペン市場も紹介していきます。

カエル先生のデータバンク

1887年(明治20年)の創業以来、「最高の品質こそ 最大のサービス」を社是として、品質向上と技術革新に努め、今では多くの人々の“書く、描く”を⽀える存在となっています。そんな三菱鉛筆のモノづくりの指針が、「Unique」を由来とするブランド名、uniに込められています。「生まれながらにすべての人がユニークである」という信念のもと、“書く、描く”を通じて、世界中あらゆる人々の個性と創造性を解き放つ「世界一の表現革新カンパニー」となることをビジョンとして定めています。

市川秀寿(いちかわしゅうじ)さん
執行役員 研究開発フェロー
1990年入社。サインペン、印章開発を担当。1999年油性ボールペンインクの開発担当となり、今までにない油性ボールペンの開発を考え始め、ジェットストリームを2006年に発売。現在は研究開発フェローとして、幅広い知見を用いて、インク全般の研究開発を包括的にサポート。
岡本達也(おかもとたつや)さん
商品開発部 商品第二グループ グループ長
1998年入社。国内営業部を経て、2011年より商品開発部。シャープペンやゲルインクボールペンの企画担当を経て現在はジェットストリームとクルトガの商品開発を中心に担当。
次回は11/27(水)配信予定です。
三菱鉛筆