世界約60か国、年間1億本以上を販売する三菱鉛筆の「ジェットストリーム」。「濃い、なめらか、速乾性」の三本柱で油性ボールペンの常識を変え、低粘度油性インク流行の立役者となりました。ブランドの生みの親であり、2006年の発売まで5ケタ以上のインクを試作した市川秀寿さん、国内営業を経て、現在は商品企画の担当を務めている岡本達也さんにお話を伺いました。
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油性ボールペンで世界初? 0.28ミリ極細への挑戦
岡本さん:一番の売れ筋はやはりスタンダードモデルの0.5ミリ径ですね。ボール径にも変遷がありまして「ジェットストリーム」発売以前の油性ボールペン市場の主力は0.7ミリだったんです。「ジェットストリーム」ブランドでも最初に出したボール径は1.0ミリと0.7ミリでした。
ただ、同じボール径でも「ジェットストリーム」は従来のものよりも描線が濃く、くっきりとした書き味です。発売後、ちょっとした手帳ブームがあったこともあり、「手帳に書くなら細い方が書きやすいはず」との予測を立て0.5ミリを発売し、実際に売れ行き好調でした。現在は、0.7ミリより0.5ミリの描線の方が好まれていると感じます。これは主観なのですが、線が細い方が文字って綺麗に見えませんか。
岡本さん:ユーザーからは「ジェットストリームの書き味が好きだからもっと細いボール径が欲しい」という声がありました。ゲルインクボールペンには0.28ミリの市場があり、油性にも一定のニーズがあるだろうとはわかっていたこともありました。何をどこに書くかによりますが、5ミリ方眼のマス目に三菱の「菱」を書こうとすると、極細でないと書けません(笑)。開発は大変だったと思いますが。
市川さん:ボール径が小さくなるにつれ、書き味が重くなるんですよ。1.0が一番軽くて0.28になると顕著です。筆圧がペンの先端に集中しますから、その面積が小さいほど重たくなってしまうんですよ。機械で測定すると数値上はほぼ変わりませんが、人の手だとやはり書きづらくて。インクやペンの先端を変えてみたりと試行錯誤がいくつかありましたね。最終的にペン先をニードル状にすることで書き味が繊細になり、書き心地も良くなりました。
市川さん:両方やりますが、機械ではOK、でも人が試してみるとダメというパターンは珍しくありません。実は今も胸ポケットに試作品を挿していて、ペン先から液だれしないかテスト中です(笑)。機械上では「液だれはしない」という結果になっていたのに、服に垂れてしまうということはよくあります。「AとBとのどちらが優れているか」というテストでもデータ上では「Aの方がいい」となっても、書いてみると「Bの方が好き」なんて声が上がったりすることもあります。
海外インクは青が7割? 日本とは異なる売れ筋
岡本さん:「ジェットストリーム」の発売以来、油性ボールペンのインクは以前よりなめらかになりましたし、低粘度油性インクの市場ができたと思います。ただ、おっしゃる通り、国によって売れ筋は異なりますね。日本で人気の多色ボールペンは欧米ではイマイチなんですよ。
市川さん:日本ではインクは黒が圧倒的ですが、国や地域によっては青が主流のことも。欧米はだいたい青で、中国、タイ、東南アジア系も青がほとんどですね。字を書く様式も異なっていて、日本との違いを特に感じるのが中東です。「押し書き」と言いますが、われわれ開発者がやってほしくないなぁと思う書き方をするんですよね(笑)。紙にペン先を押し当てて紙を削り取るような角度で字を書く。金属接触もしやすくなるし、インクも出づらくなります。ただ、もちろんテストでは彼らの書き方を真似たりもしています。
ちなみに、開発の際はさまざまなエリアの特性を踏まえています。以前、お客様相談室に「冷凍庫の中でもジェットストリームは使えました。氷点下でも使えるって知ってました?」という声が届きましたが、温度等のテストもやっています。アラスカで書けなかったら困りますからね。
岡本さん:はい。ただし海外市場の難しさもあります。それはパック販売が中心で、試し書きのできる店頭が少ないこと。その場で書くという体験をしていただければ書き味の良さがダイレクトに伝わるのですが。ただ、価値を伝える方法は必ずあると思っていて、まだ良さを伝えきれていないからこそ、潜在的な伸び幅は大きいと思っています。
お陰さまで、日本と韓国では「ジェットストリームって知ってる?」と尋ねれば、「なめらかに書けるボールペン」と返ってくるであろうレベルまで、認知度は上がりました。韓国ではこの10年で急速に伸びていますが、他国もそのレベルまで広げたい。やれることはまだまだあると思っていますね。
一気にではなく徐々に広がるのは理想的だった
市川さん:それはもう、すごくありがたいことですよね。最初はノック式とキャップ式兼用ラインだったわけです。それが2年目、3年目と工場を訪ねるたびにノック式専用ラインが一つずつ増えていって。工場長に「手狭になってきたから建屋も変えなくちゃ」と言われた時は、非常に嬉しいものがありました。国内発売まで5、6年かかりましたが、及第点で出すのではなく、完成度を追い求めたからこそだったと。発売後のお客様の反応も今思えばちょうど良い塩梅でした。急にドカンと来るのではなく、段々と浸透して今の規模に到達して、この増え方はメーカーとして理想的だった気がします。世界市場を見据えて、今後も「ジェットストリーム」の歴史を作っていきたいですね。
デジタル化の進展に伴う筆記機会の減少、環境意識の高まりによる価値観の多様化など、変化が突発的に起きるVUCA(物事の不確実性が高く、将来の予測が困難な状況)時代に突入し、三菱鉛筆は、持続的成長を遂げるために、創業150周年である2036年に向けて、長期ビジョンを公表しています。ありたい姿は「世界一の表現革新カンパニー」。今まで提供してきたものを”筆記具”ではなく、書く・描くを通じて多くの人の「ユニーク」を表現することを応援する “価値”であると再定義し、「筆記具メーカー」から提供価値を中心とした「表現革新カンパニー」に生まれ変わることを表明しました。個性を引き出す新たな技術開発、最高品質の製品・サービス提供を通じて、あらゆる人々の表現体験を後押しし、一人ひとりのユニークで彩られた自由でボーダーレスな社会の実現に貢献しています。
執行役員 研究開発フェロー
1990年入社。サインペン、印章開発を担当。1999年油性ボールペンインクの開発担当となり、今までにない油性ボールペンの開発を考え始め、ジェットストリームを2006年に発売。現在は研究開発フェローとして、幅広い知見を用いて、インク全般の研究開発を包括的にサポート。
商品開発部 商品第二グループ グループ長
1998年入社。国内営業部を経て、2011年より商品開発部。シャープペンやゲルインクボールペンの企画担当を経て現在はジェットストリームとクルトガの商品開発を中心に担当。