投資や資産形成をもっと楽しくするためにピッタリの書籍を、著者の方とともにご紹介する本連載。前回は、会社を知るのに役立つ損益計算書・貸借対照表などの「決算情報」についてお話ししました。今回は、その決算書にも限界があることを、公認会計士の木村俊治さんと見ていきます。[PR]
決算書は会社を知るために大変便利なツールですが、限界があるのも事実。この限界を知ってもらうことで、決算書をより効果的に利用することができると思います。
おカネに換算できないものは表現できない
決算書は会社の経営成績や財政状態を報告してくれますが、損益・資産・負債項目のうち金額で換算できるもののみが計上されています。
例えば、会社が被った損害によって、将来損失を支出する可能性があったとします。一種の負債なのですが、これが貸借対照表には必ずしも計上されないのです。支出されることが決まっても、その支出金額が明確になるまでは決算書に計上されることはありません。せいぜい、貸借対照表とは別の、貸借対照表への注記情報で記載されるくらいです。
また、同じ事業を運営していても、他社より高い収益を生み出せる会社がありますが、こうした会社は何か他社にはない収益を生み出せる価値ある資産を持っています。それは顧客基盤かもしれませんし、組織体制・人材・ノウハウなのかもしれません。しかし、その資産は決算書をいくら探しても出てきません。
ただ、これが決算書に計上されることもあります。それが「のれん」と呼ばれるものです。会社や事業を買収するときには、買収先が持っている資産そのものの値段に加え、その会社の特別な収益力に見合った、余分なおカネを支出して買収することが多いのです。このプラスした価値分が「のれん」です。
買収されると、その会社や事業の収益力価値が計上されることはあります。しかし、それ以外の場合で、会社の特別な価値が、のれんとして決算書に計上されることありません。
私は仕事上、貸借対照表に計上されていない「のれん」を計算することがありますが、かなりの金額になることがあります。ときには、決算書にある資産の金額よりも「のれん」の資産金額の方が多いことすらあります。
どれだけの金額になるか、1つの参考値ですが見ていきましょう。簡易な見方ですが、株式時価評価額と純資産額の比較で「のれん」の価値を見てみましょう。

貸借対照表では純資産40ですが、市場ではその価値を70と評価されていると、決算書にのっていない価値として30が隠されていることになります。
もちろん、株式価値が会社の価値を完全に評価できているという前提ですが、現実には株式評価は様々な要因で変化しますから、差額そのものが「のれん」にはなりません。が、貸借対照表に計上されない会社の価値があるということを知っていただければと思います。
真実をあらわさない
決算書を読むことで会社を理解するためには、重要な前提があります。それは、決算書は会社の経営成績や財政状態を適切に表現しているという前提です。
「そんなの当たり前のことでは?」と思われるかもしれませんね。
確かに、上場会社や大会社はこの前提が成り立っていると言ってもいいでしょう。なぜならこのような会社は監査法人や公認会計士といった第3者にチェックを受けるからです。
ただ、日本の会社の9割以上は、監査法人等からチェックを受けているような大きな会社でなく、いわゆる中小企業です。そして、この中小企業の決算書では、会社の状況を正しく表現できてないことがよくあります。
このように説明すると「中小企業は粉飾をしているのか」と思われるかもしれません。確かに一部には、嘘の売上を計上したり、存在しない在庫を計上したりしている会社があるのも事実です。ただ、粉飾をせずに真面目に決算書を作成しても、①税務会計の弊害や、②金融機関の脅威、③決算書への無関心、といった理由から、中小企業の決算書は歪んで真実をあらわさなくなることがあるのです。この3つの理由について、少し説明していきます。
①税務会計の弊害
中小企業が決算書を作る理由は何でしょうか?
会社である限りは、法律上、決算書を作る必要があるのですが、法律で必要だから作っているというより、むしろ、税金を納めるために作っているのが現実です。税金を算定するための会計を「税務会計」と言います。
中小企業では、この税務会計で決算書が作成されてしまうので、決算書は歪んでしまうのです。
税務会計と違い、会社の経営成績や、財政状態を適切にあらわそうとする会計が「財務会計」です。
税務会計で大切なことは「所得」を算定することです。
ここでいう所得とは、税務上の収益である「益金」と、税務上の費用である「損金」を差引いた金額です。この所得は会計上の利益と似ていますが、違いもあります。その違いは、会計上の「収益・費用」と税務上の「益金・損金」は違うことから生じてきます。
税務上では、会社の所得が少なくならないように、様々なルールが決められています。なぜなら、法人税はこの所得に税率を乗じて税金額が算定されるので、国からすると所得が多ければ多いほどいいからです。このいくつかのルールが会計上の利益と税務上の所得に違いを生じさせています。
例えば、財務会計上は費用となるものでも、税務上は損金にしないものがあります。
財務会計上では、資産の価値が下がってしまった場合や、債務として確定していなくても将来の支払義務が確実で金額が見積もれる場合、費用として計上します。
一方、税務会計上では、資産の価値下落が売却や除却等で実現したり、将来確実に失うおカネであっても、債務として確定していなくては損金として認められません。
基本的にはこのような傾向があるため、税務会計に基づいた損益計算書は、財務会計と比較して費用が計上されない傾向にあり、貸借対照表上は過大な資産と過少な負債になる傾向にあります。
社歴の長い会社で、資産・負債が多い会社ほど、適切に税務会計で決算書を作り続けた結果、真実をあらわさない歪んだ決算書になる傾向があります。
②金融機関の脅威
中小企業が恐れる先の1つは税務署、そして、金融機関です。借入していなければ恐くないのですが、多くの会社が金融機関と借入という形で付き合っています。
「中小企業の決算書は何のために作っているのか?」と先ほど質問しました。答えは、納税に必要な税金計算のためですが、その次の理由としては、金融機関に提出するためです。
金融機関はおカネを貸している会社を定期的に評価します。会社の安全性は問題ないか? 収益力はどうか? そして、会社が提出する決算書を分析して、会社の格付けをしていくのです。格付けが低くなると新規貸出がしてもらえませんし、場合によっては、借入を引き揚げられてしまいます。
多くの中小企業は「安全性が高く、収益力は高い」と判断してもらえる決算書を提出したくなるでしょう。税務会計で決算書を作れば、その意に適います。財務会計に基づいて決算書を作るより、税務会計で決算書を作った方が、会社としては費用が計上されない傾向にありますから、望ましいと考えることになるでしょう。
ただ、裏話ではないですが、会社が決算書を提出しても、金融機関では受け取った決算書に歪みがあれば是正して分析して、評価しています。
③決算書への無関心
中小企業経営者が決算書に無関心であれば、さらに決算書は歪んでしまいます。経営者は経営をするにあたって、決算書を見ることで、会社の状況を数字で把握することができます。そして、決算書を利用して経営しようとすれば、会社の状況を正しく映し出す決算書を求めるはずです。
ただ、経営者が決算書に興味がなければ、おそらく顧問税理士に任せると思いますが、顧問税理士は通常、税務の考えに基づいて決算書を作ってきます。
別に税理士が間違っているわけでなく、税理士は自分の職分に従って、適切に税金計算をした結果の決算書を作成しているだけです。経営者が決算書に関心がなければ、歪んでいても関係ありません。見ないのですから。
そして、歪んだ真実をあらわさない決算書だけが残っていくのです。
このように、中小企業の決算書は歪んで真実をあらわさなくなる仕組みが組み込まれています。そんな決算書をいくら読んでも、会社の理解などできません。むしろ、間違った判断をしてしまうことになります。
例えば、損益計算書は利益が少しですが、自己資本比率を見ると50 %もあるから大丈夫と考えて取引を開始。取引開始後しばらくたって倒産。倒産後わかったことは、棚卸資産は売れない価値のない資産ばかり、不動産もバブル時代に高く買ってしまい、今ではそのときの価値の10分の1になってしまっていた、といったケースも現実に存在しています。
こうした可能性があるということを、決算書のもう1つの限界として、利用する上では留意ください。

