消費者のニーズや生活様式が多様化するなか、小売業では個人のニーズに対応したマーケティングの重要性が増しています。
一人一人に合った情報を提供することで売り上げの底上げを目指す三越伊勢丹ホールディングスを中心に各社の取り組みをご紹介します。
「パーソナライズドマーケティング」を推進
2025年3月、「 三越伊勢丹ホールディングス 」は年会費無料のクレジットカード「エムアイカード ベーシック」の発行開始を発表しました。
既存の「エムアイカード プラス」は最大10%の高いポイント還元率が魅力である一方、初年度無料の年会費は2年目以降に2200円(税込)がかかっていました。
それに対して、「エムアイカード ベーシック」はポイント還元率を2%に抑えたものの年会費は永年無料になりました。既存の「エムアイカード プラス」同様「三越伊勢丹アプリ」と連携すると、ポイント管理やクーポンが利用できるとともに、パーソナライズされた最新情報や購入履歴などが確認できます。三越伊勢丹にとっては、利用者の増加と継続利用が期待されます。
「エムアイカード ベーシック」の発行後、約1カ月半の「エムアイカードプラス」と「エムアイカード ベーシック」を合わせたエムアイカードの獲得件数は前年比61%増えました。カード会員とアプリの併用者が増えれば、購買額の増加が期待できそうです。
この施策の背景には、顧客をマスで捉えて館=店舗に集めればそれで終わりといった従来の“館業”から脱却し、顧客ごとに深く関係を構築する“個客業”へ転換するという百貨店事業の再生への取り組みがあります。同社は、この取り組みを「パーソナライズドマーケティング」として推進しています。
「パーソナライズドマーケティング」とは
・顧客の属性や購買履歴、行動データに基づく個々の顧客に最適な商品情報やサービスを提供する方法
・顧客のニーズが多様化するなかで大衆向けの「マスマーケティング」の効果が低下、導入が加速
・個々の顧客ニーズに合った情報提供で顧客の体験価値を高め、自社サービスに対する顧客の愛着や信頼感を高める効果も
インバウンド取り込みも
三越伊勢丹は、顧客の識別化の対象を海外にも広げています。海外顧客向けアプリ「MITSUKOSHI ISETAN JAPAN」のサービスを開始し、海外顧客の興味関心に合わせた商品やイベント情報を配信するなど、店舗に足を運んでもらう仕組みづくりを構築しています。
インバウンド(訪日外国人)を顧客として定着させようとする取り組みは他の百貨店でも強化しています。
「 J.フロントリテイリング 」は、大阪・関西万博をきっかけに海外顧客の会員化を進め、そこで得た顧客情報を活用してコミュニケーションの質を高めるほか、タイのセントラル社との相互送客にも活用しようとしています。
他業態でも顧客データを積極活用
顧客データを活用し、売り上げを伸ばそうとする動きはあらゆる企業に広がっています。
「無印良品」を展開する「 良品計画 」は9月にスマートフォンアプリを「MUJI アプリ」として全面リニューアルしました。アプリを介して顧客1人1人に最適化した情報を定期的に提供し、ネットストアでの買い物をしやすくしています。
「 東日本旅客鉄道 」では、交通系ICサービス「Suica」の機能を拡大し、乗車や電子マネー決済などで得たデータを活用して「個客」への接点を強化しようとしています。都市間移動など、より複合的なデータの集積が期待でき、個人の生活基盤に根差したサービスへの展開が実現しそうです。
広告宣伝のあり方も変化し、「個客」分析を基盤に精度を高めようとしています。
「 伊藤忠商事 」や「 NTT 」の子会社NTTドコモなどが出資するデータ・ワンは購入者のスマートフォンやコンビニエンスストア、キャッシュレス決済の利用履歴をもとに、より精度の高い顧客像をもとにしたマーケティング支援を手掛けています。
個人の趣味嗜好が多様化するいま、「パーソナライズ」された体験を提供することが、売り上げ拡大や消費喚起の重要テーマになっています。